特集:技術研究所の60年とこれから
Chapter 5 これからの「知識創造」の担い手たち
当社の技術研究所の所員は2009年3月現在総勢282名。
これまでに技術研究所で研鑽を積んだ技術開発のエキスパートたちは,社内各支店各部署におよそ640名いる。
合わせて約920名。実に社員の10人に一人が,「技研」のDNAをもつという勘定だ。
常に業界をリードする先進的な技術開発を重ねることができたのは,この豊富で優秀な人材の蓄積・ネットワークで「夢をかたちに」するこだわり。
「知識創造」の人材のデパートともいうべき技術研究所の若い研究者たちに,技術開発のこれからを尋ねた。
土木材料グループ 主任研究員 林 大介(はやし だいすけ)   硬いコンクリートを柔軟な発想で
土木材料グループ 主任研究員 林 大介(はやし だいすけ)
北海道の沿岸で塩害と凍害に対するマジカルリペラーの効果を検証
セメント系材料でありながら金属のように変形するECC
 コンクリート構造物の耐久性や補修・補強技術に関する研究開発のエキスパート。コンクリートを保護する材料や,コンクリート構造物のライフサイクルコスト(LCC)評価システムなどの開発に携わる。最近では,金属のように変形するセメント系材料(ECC※1)についても研究開発を行っている。
 コンクリートはアルカリ性で,中性化すると中の鉄筋が錆びてもろくなるが,「コンクリート表面の保護材※2を塗布した試験体を海辺に近い場所でさらしたら,塗布しない場合よりも中性化が進行し,事前に実施した室内試験と逆の結果に」。そこで塗布材によるコンクリート中の水分のコントロール効果について考察し,「コンクリートが中性化しても鉄筋の腐食を著しく抑制できる」との考えに至った。実証実験とそれに対する柔軟な考察により,新たな適用可能性を拡げている。
 「如何なる状況であっても,コンクリートは無くてはならない材料。世の中のニーズを踏まえ,当社独自の視点で,品質や環境負荷,コストに優れたコンクリート材料を開発していきたい」と,技術的な高みを目指しつつ,足元を固めて技術の確実性を高めている。
※1 高靱性繊維補強セメント
※2 浸透性吸水防止剤「マジカルリペラー」
地下水・地盤環境グループ 主任研究員 岩野圭太(いわの けいた)  岩盤をも見通す専門医をめざして
地下水・地盤環境グループ 主任研究員 岩野圭太(いわの けいた)
地下構造物周辺の地下水流動
 2000年に入社以来,トンネルの解析や地下発電所の現場計測など,岩盤に関する技術開発に携わってきた。
 AE法や岩盤応力測定,電磁波レーダー計測などの計測技術は,医者が診察する時の触診やエコーのようなもの。計測データを解析して岩盤の向こう側のコンディションを予測・診断もしている。「岩盤の専門医」をめざした悪戦苦闘が,現在でも客先からの受託研究業務を継続させている。
 地下構造物の周辺に存在する割れ目を地下水がどのような流れ方をするのかを解析してモデル化する研究をしている。「研究を進めていく中で,独りよがりの研究に陥らないためにも,現場からの視点,学術的な視点を常にバランスよく取るようにしています」と語る。
 最近海外留学した経験を持つ。そこで教授や学生が研究に取り組む真摯な姿勢,物事を多方面から眺める視野の広さ,自由な発想を学び,研究活動に活かしている。
 「業界最高峰の研究施設の中に,土木・建築・環境・電気・物理などの様々なエキスパートが身近にいて,分野を超えて容易に融合を図れる環境です。これを最大限活用して新たな課題に挑戦したい」とさらなる意欲をみなぎらせる。
※Acoustic Emission 
岩盤が変形・破壊するときに発生する弾性波を検出して,材料の健全性を評価する方法
地球環境・バイオグループ研究員 石川 秀(いしかわ しゅう) 衛生管理の必殺技で新領域を切り拓く
地球環境・バイオグループ研究員 石川 秀(いしかわ しゅう)
ミクロの世界から建設の未来を覗く(細菌の蛍光顕微鏡観察像)
 「殺菌工学」の専門家。「どうすれば,どのように,どの程度,有害微生物が死ぬのか」を予測・検証している。一見,ゼネコンに無関係な技能と思われがちだが,昨今,院内感染,食品の微生物汚染,廃棄物の再利用,それにバイオテロなど様々なシーンで衛生管理が身近な問題となり,建物や施設の設計・施工でも衛生管理が品質保証のキーになる可能性が高まってきた。実験室には細菌培養や遺伝子構造を分析する最新機器などがひしめいており,その中で研究に没頭している。
 「残念ながら,これまでブレークスルーと言えるような大勝利を手にした経験はまだありません。しかし,学生時代に“失敗実験”を苦労しながら学術論文にまとめた経験があり,好敗戦処理でした」と語る。「研究に対して,また『技研』にとって常に “New Blood(新たな血流)”であり続けることが出来るように努力していきたい。いつか,教科書の内容がひっくりかえるような実験をしてみたいと企んでいます」。
 現場や営業部門にとっての最大の援護射撃となるべく,「次の自社技術の種」を求めて,研究のフロンティアに積極的にチャレンジしている。
都市防災・風環境グループ 研究員 清水友香子(しみず ゆかこ)   リスクと向き合い快適な生活をマネジメント
都市防災・風環境グループ 研究員 清水友香子(しみず ゆかこ)
建物位置(建物ポートフォリオ)と地震リスク曲線
 「リスクマネジメント」が研究領域。災害などにより将来起こりうる被害を最小限に食い止めるための研究分野で,企業が各地に所有する複数の建物の総合的な地震リスク評価・管理手法の開発などに取り組んできた。当社が保有する耐震技術などを活用し,企業の地震被害に対する支援を目的とした研究である。
 「この研究分野は幅広く,地震動,地盤応答,建物応答,経済的損失,対策最適化など多くの技術が関わります。社内に蓄積された高度な知見や要素技術を活用しつつ,確率論に基づいてリスク管理の戦略をいかに分かりやすく構築できるかがポイント」と語る。
 「リスク管理は損失から逃げるための消極的な手段と思われがちですが,むしろ企業では合理的な経営,個人では快適な生活を実現するための積極的な手段です。リスク管理の考え方が広く一般に活用されるように,手法やツールの開発に取り組んでいきたい」と,一般市民の目線でリスクと向き合う。
 いつ,どこで,どれくらいの災害が起こるのか,予測結果を検証することが難しいリスクの分野で,災害調査や各種実験などを行い,地に足が着いた知見の創出を目指す。
建築生産グループ 主任研究員 吉田知洋(よしだ ともひろ) 生産現場を支援する「見える化」技術を開発
建築生産グループ 主任研究員 吉田知洋(よしだ ともひろ)
施工図の3次元化例(原宿YMプロジェクト)
 煩雑で膨大な施工図を3次元化。建築生産分野で,現場での生産性向上を目標に,ソフト面での合理化を研究している。情報通信技術(ICT)を活用した計画・管理技術を開発してきた。
 「一貫して『見える化』をキーワードにしています。私自身一度現場を経験し,現場内での進捗状況や作業の結果を誰が見ても分かるように,それを現場内で共有することが大事だと感じました」と,現場での施工管理の経験が直感的にニーズを掴み取る。
 「ICタグやICカードなどの電波による個体識別(RFID)を使って,現地で確認した結果をその場で収集し,パソコン上で整理して表示することを考えました。3次元で立体的に見えると非常に分かりやすいとの意見も多く,3次元で表示可能なシステムへ展開していこうと考えています」。
 より分かりやすいシステム構築のため,全国各地の現場に出向く。目線は常にシステムのユーザーである現場に置かれている。今求められる課題を日々解決していく一方で,常に10年,20年先はこうあるべきというビジョンを持って研究開発に取組んでいる。
※ Radio Frequency Identification

 Chapter 1 技研のこれまで
 Chapter 2 技研のいま
 Chapter 3 技研のこれから
 Chapter 4 これからの知識創造型ワークプレイス 新実験棟 技術ガイド
 Chapter 5 これからの「知識創造」の担い手たち