特集:カラーコーディネートの探求

色と心理
色が人間の心理にどのような影響を与えるのか。あるいは,空間のあり方と色にはどのような関係性があるのか。「色彩心理」の専門家である武蔵野美術大学造形学部教授・千々岩英彰氏に,世界的に実施した色彩に関する調査結果も踏まえ,“色と心理”について語っていただいた。

千々岩 英彰
千々岩 秀彰氏
(ちぢいわ ひであき)
武蔵野美術大学造形学部教授。色彩心理学が専門。日本色彩研究所研究員を経て,武蔵野美術大学教授。著書に『色彩学』『色を心で視る』『世界の色彩感情事典』などがある。最近は,CI,広告,パッケージ,ファッションなどの色彩にも関心を持ち,各種の調査研究を手がける。日本色彩学会,日本心理学会会員。日本デザイン学会評議員,日本小児科医会理事。

色の3要素である「明度」「色相」「彩度」が持つ意味
 色といいますと,多くの人が赤や青,黄色などの色相をイメージすると思いますが,色彩心理では,明るさ,暗さといった色彩の“明度”が重要な意味を持ちます。人の気分,心理に大きく影響する。明度いかんで,人は明るい気分にも暗い気分にもなります。あるいは暗いところで人は,自分の心の中を見ようとする心理が働きます。寺院などが暗く演出されているのもそのためでしょう。またデッサンは白黒の濃淡で形を表現するわけですが,その濃淡で8割方絵はできてしまう。つまり形を認知する上で明度は最大のポイントになります。次に重要なのが“色相”。これは対象物の本質的な部分を示してくれます。豊富な情報力を持っている。果物などで,おいしそうとか甘そうといった認知,心理が働くのは,この色相によるところが極めて大きい。さらに大切なのが,鮮やかさを示す“彩度”。これは生活の中では曲者で,彩度が高ければいいというものではない。鮮やか過ぎると不快な印象を与えます。建築物やインテリアなどの彩度が抑制されているのはそのためです。

赤は気分を“高揚させ”,青は“沈静させる”
 色そのものである色相について,考察してみましょう。例えば,ドイツや北欧では黄色が代表格の色であり,その対極として青がある。(ちなみに日本,アメリカは赤が代表格。)ゲーテの色彩論によるところが大きいのですが,20世紀を代表する抽象画家であるカンディスキーによれば,黄色や赤は遠心的で,周りに噴出していくイメージであり,青は逆に求心的で,中心に集まっていくイメージといいます。では緑はといえば,青と黄色でできており運動感に乏しい。紫なども赤と青の中間にあり,緑と似たようなポジション。つまり緑や紫には二面性があるのです。紫でも青の強い江戸紫は教養を感じさせ,赤が強い京紫は艶っぽいイメージがある。また,緑はスペクトルの中心に位置しているのですが,あまり使われません。緑は自然界の色であり,それを暮らしに使うと衣服や住居では不自然な感じがするからでしょう。一般に赤を中心とした暖色系は人の気分を高揚させ,青を中心とした寒色系は沈静させるといわれます。この暖色と寒色の心理的作用を生活に上手に役立てることが大切です。

世界共通で好まれる色は圧倒的に“青”
 世界20か国,約5,500人の学生を対象に色彩調査を行い,「世界の色彩感情事典」という本をまとめました。服飾,建物,部屋の色,また太陽や土などからイメージされる色を質問するわけです。具体的なモノだけでなく,例えば“幸福”という項目もあります。日本やアジアはピンクを挙げますが,欧米は黄色になる。あるいは“家庭”。日本やアジアはピンク,他の国は青も選ばれる。このことから,アジアは家庭や幸福に母性的なものを,欧米は父性的なものを求めることが見えてきます。また宗教観の違いも感じます。キリスト教では青が多用されていますからね。しかし,トータルに見た場合,国や地域による色の際立った違いはなかった。全世界共通なのは,青が好きであるということ。約7割は青を好みます。加えて,赤,緑も好まれる。人間の眼には赤・緑・青に感じる視細胞が備わっているので,この3色に鋭敏なのはわかりますが,これらを好むのは遺伝子が同じだからでしょうかね。こうした研究結果を踏まえ,色の快適性を客観的に診断・判定できるソフトウェアの開発も進めています。形には理屈がありますが,色には理屈がなく,極めてファジー。そこに数値化された明快な診断技術を導入していきたいと考えています。

色への“こだわり”でその性格が見えてくる
 色と心理に関しては,いろいろな研究がされており,色の嗜好性によるパーソナリティーの違いについて,ある程度のことはいえると思います。しかし私は,色の好みによってその人の性格や個性を判断するのではなく,色への“こだわり”の強弱をひとつの基準に置きたい。例えば,自分の服装の色を頑なに決めている人がいる,また人によってはある程度幅のある人もいる,さらに色を頻繁に変えるまったくポリシーのない人もいます。一般に年齢を重ねると自分の色というのはほぼ決まるもので,40歳ぐらいで完成するものです。若い人は体験途上にあるので,いろいろな色体験をすればいいのですが,そのやり方で性格や生きざまが見えてきますね。まず「限定型」と呼んでいる,色に頑なな人。このタイプは頑固で保守的,周囲と対決することが生きがいの人に多い。ある程度,色に幅を持っている「分化型」は,世渡りがうまい。ほどほどという中庸の精神がある。色を頻繁に変える人は「分散型」で,成長途上,自分がなんたるかをまだよくわかっていない人かもしれません。

生活者主体の空間作りが求められる
 かつて建築業界でも色彩の研究に積極的な時期がありました。鹿島もそうした研究会に参加しておられたと思います。各方面から様々な研究報告がありましたが,共通しているのは色相よりも彩度の問題です。鮮やか過ぎる建築物はいい印象を与えない。そこで彩度の目安として6以上にはならないように自主規制されています。しかし全体として見た場合,日本はにぎにぎしいですね。商業主義がベースにありますから,街の看板,サインがうるさ過ぎる。街という器のカラーが強いので,人間がかえって貧相に見えてしまうのです。そうした日本の都市の対極にあるのが,パリでしょうか。器は静謐さを保ち,あくまで人間が主体という意識が歴史的,文化的に醸成されていると思います。これからは日本においても,生活者が主体的に色について発言していかねばならない。それが豊かな生活環境を生み出していくことに繋がっていくものと思われます。

国・地域別に見た“好きな色”
国・地域別に見た“好きな色”(上位5位まで)

“配色の好み”に関する分析結果
“配色の好み”に関する分析結果(図・地域と配色の好みの布置関係)
出典:『世界の色彩感情事典』千々岩英彰 編著



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