特集:カラーコーディネートの探求

“癒し”と色環境
 病を患っている人はもちろん,健康な人間にとっても,“癒し”は,健やかな人生を送る上で,近年極めて重要なテーマである。日本医科大学医学部助教授・高和江氏は,ハード及びソフト面から,医療を取り巻く環境を研究する「癒しの環境研究会」を運営,積極的な提言を行っている。今回は癒しと色環境の関わりについてお話を伺った。
  今号の特集は,「カラーコーディネートの探求」である。有識者の方々からの提言とともに,当社のカラーコーディネートへの取組みを報告する。その発言や報告に共通してあるのは,「人が中心だから,色にこだわる」という徹底した生活者主体,マーケットオリエンテッドの意識である。理想的な街づくりも,見事な建造物も,あるいは病人が回復する癒しの空間も,ここを外せば画竜点睛を欠くことを登場する人たちは私たちに伝えている。
  21世紀は間違いなく情報社会である。しかし,デジタル化が進めば進むほど,人が集まる空間という「場」の持つ意味は一層高まる。今こそ人間をもっと知るために,そしてコンセプトをもっと形にするために,カラーコーディネートへの探求を始めよう。

高柳 和江

高柳 和江氏
(たかやなぎ かずえ)

日本医科大学医学部医学科助教授 癒しの環境研究会世話人 医学博士。順天堂大学,徳島大学を経て,クウェートのイブン・シナ病院小児外科コンサルタントとして10年間勤務。帰国後,亀田総合病院院長補佐,米国アイオワ大学大学院医学部医療管理学博士過程聴講生などを経て,現職。著書に『手術の基本』『死に方のコツ』などがある。色に限らず,患者の心理をとらえた癒しの空間演出まで詳しい。

患者にぬくもりと元気を与える医療環境を
  医師として日本の医療機関を見た場合,「果たして,こんな環境で病気が治るのだろうか」という素朴な疑問が常にありました。日本の病院は,コンクリートジャングルという印象,色の面からいえばそのほとんどが白ですよね。清潔さを主張しているのでしょうが,そこには温かみもぬくもりもなく,冷たさばかりが際立ちます。そこで私は,医師や看護婦,建築家あるいはジャーナリストやアーティスト,建設業者など,様々な立場の人とともに,患者にとって最適な医療環境はどんなものであるかを考える「癒しの環境研究会」を,7年前に発足させました。あくまで患者の立場に立つことが基本です。例えば,患者が痛みを訴える,なぜ痛いかといえば,8割方“不安”が痛みをもたらしているのです。それならば,その不安を取り除いてやればいい。インフォームドコンセントや家族のサポートといったソフト面と同時に,ハードも考えていくことが必要です。ベッドの手すりが鉄製でいいものでしょうか,布団が画一的に白一色でいいものでしょうか。患者の心が穏かになり,温かくなり,そして元気になる,そのために何ができるかを緻密に考えていくことが大切なのです。

“緑”の色環境下で母乳量は最も増える

 具体的に色との関係では,「授乳室にふさわしい色環境」をテーマに,調査研究を行いました。どんな色環境で,母親は精神的安定を得,授乳のトラブルを軽減し,スムーズな授乳確立が得られるかを調査したのです。約250名の母親を対象に,「白」「赤」「緑」の色環境下で母乳量の変化を検証。結論的にいえば,「緑」の色環境下で,母乳は確立も早く安定量が出ました。つまり,緑のもたらす鎮静作用や緊張緩和作用が,産後のストレスを和らげ母親に落ち着きを与え,安定的な授乳を確立したわけです。日本の病院は白が基調ですが,私が視察で訪れたオーストリアのウィーン総合大学病院は,内科が赤,外科が緑を基調にしていましたし,またあるスウェーデンの病院では,黄色やオレンジ,ピンクなどの明るい配色を中心に病院内の色環境が構成されていました。今後色がもたらす癒しの効用に関し,科学的実証に基づいた環境作りが一層求められると思われます。

日本人の80%は“癒し”が必要

  色環境も含めて,理想的な癒しの医療環境を目指し,現在,宮城県で「こども病院」の建設が進められています。私も企画スタッフとして参画しているのですが,ここで癒しの環境の病院を作ろうとしています。アメリカのアーノルド・パーマー小児病院は,入館すると吹きぬけがあり空間に浮かぶ大きなアラジンの大魔神が迎えてくれます。そして子供たちの好きなディズニーキャラクターがサインとなって,館内をナビゲートしてくれる。テーマーパークのような,思わず入っていきたくなる病院になっています。色に関していえば,子供というのは一般にあいまいな色合いを好みません。はっきりした原色が好きなんですね。小児病院のみならず,病院は安心と元気を提供する場でなければなりません。そしてそれが患者の自然治癒力や免疫力を高めていく。そのための環境作りを積極的に展開していきたいと思っています。現在,日本人全体がストレスにさらされています。約80%の日本人は癒しが必要だともいわれています。色も含めて,根本的に医療環境を考え直す時期がきていると思いますね。

授乳室の色環境サンプル 左からカーテン,イスカバー,カ-ペットの生地サンプル
授乳室の色環境サンプル 左からカーテン,イスカバー,カ-ペットの生地サンプル



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