特集:地震―事前防災の最新技術

3 menu 事前対策技術のメニュー

ここでは事前対策技術のメニューを各フェーズで紹介しよう。
どこに対策が必要なのか,どんな対策が必要か,どうやって対策を講じるかといった地震発生の時間軸に沿って当社の最新メニューを見てみたい。
menu-3 対策はどうやって行うか
耐震性に問題がありと診断された際,どのような対策が可能なのか――,ここでは土木・建築の耐震補強の事例を紹介する。
高架橋,下水配管から道路,護岸やダムまで土木インフラの耐震補強は,地震による倒壊・破壊などを防ぐことはもちろん,復旧のための移動・輸送手段を確保するためにも重要である。
これは建物でも同様で,被害の程度を小さくし,災害時には防災拠点としても機能できるよう,既存の構造物の耐震性能を高めていく。
補強構法の違いからから耐震補強・制震補強・免震補強の種類がある。
地震が起こる前にできるだけ被害を小さくする防災技術には,さまざまなフェーズに,豊富なメニューがある。
目的に応じて最適な対策を選択して備えていきたい。
日本初のダムの耐震補強
山口貯水池
 東京都民の水瓶として都水道局が管理する山口貯水池(東京都武蔵村山市,埼玉県所沢市)は,堤高35m,堤頂長691m,堤体積140万m3,有効貯水量1,953万m3の上水道用ダムであり,1934年に完成した日本最大級のアースフィルダム(粘土・土砂などを締め固めて築造されたダム)を有する。
 阪神・淡路大震災を契機に耐震性評価を行ったところ,M7クラスの大地震が発生した場合,ダムの機能には影響はないものの,堤体堤頂部に約1mの沈下が生じることが判明。さらに,完成から約70年が経過し,ダムの下流近傍に市街化が進行しているため,既存の堤体に補強盛土(押え盛土)を築造する耐震補強工事を行った。既存のアースフィルダムへの工事は,世界にも例がなく,2002年11月に竣工した。
 堤体の基礎掘削をする際には,無発破工法を採用し,もとの堤体へ振動などの影響をできるだけ小さくする工夫をした。また,工事の際には動態観測および解析を行い,旧堤体や基礎地盤への影響度を迅速に評価し,結果を設計や施工にフィードバックする情報化施工管理を行った。
補強盛土は表面を保護するため,上流側にはコンクリートブロックなど,下流側には客土の上に芝を張った
安全性と景観性の向上
旧江戸川(東葛西)防潮堤
 東京都東部の東京低地と呼ばれるエリアには,三角州性低地で大部分が海抜1m以下という地域が広がる。ここに設けられた旧江戸川(東葛西)防潮堤では,阪神・淡路大震災での河川施設の被災状況を踏まえ,高潮発生時と地震時の安全性を確保するため,耐震補強工事を行い,2004年10月に完成した。
 東京都民を地震から守るだけでなく,水域を利用する住民の利便性と,船舶係留施設の安全性を高めている。工事は約470mにわたって護岸の海底面以下の地盤改良や,鋼管矢板の圧入などをしたほか,親水性や景観などに配慮した計画を行った。
施工前 施工後。係留しているボート・船舶を一時移動し,工事中も他の船舶の航路を確保しながら工事が行われた
補強後の景観にも配慮
耐震補強(パラレル構法)/聖学院小学校
 既存建物の耐震補強といえば,建物内部に頑丈な耐震壁やブレースが設置されるのが一般的である。これに対して,PC鋼材を建物の外側へ平行(パラレル)に張り,まるで斜張橋のように補強を行うのが,パラレル構法による耐震補強である。
 1959年竣工の聖学院小学校(東京都北区)ではこの工法を採用して耐震補強を行い,今年2月に工事が完了した。従来の工法とくらべて工期が3割短縮できた。しかし,何よりも学校施設として,“居ながら工事”が行えたこと,しかも工事中の騒音や振動が少なく,竣工後も眺望や通風・採光に問題なく授業が行えることが,好評を得た。
既存建物の外側に新たな基礎とプレキャスト柱を設置,PC鋼材を配置した校舎 補強後。室内からの眺望がほとんど妨げられていないのが利点
施工性にすぐれメンテナンスフリー
制震補強(ハニカムダンパ)/岐阜県営尾崎住宅C9棟
 制震補強とは,既存建物に組み込んだ制震装置が耐力を向上させ,地震エネルギーを吸収することで揺れを低減させる仕組みである。
 1976年に竣工した岐阜県営尾崎住宅は1〜4階がSRC造,5〜9階がRC造である。細長い平面形をした建物のうち,長辺(桁行)方向にのみ耐震改修が必要なことが判明。そこで,メンテナンスフリーであり取付けが容易な,ハニカムダンパ組込ブレース架構を設置することにした。
 架構は建物の両妻側や共用廊下の外部に集約して配置することで,住民の生活を妨げることなく工事を行えた。今年3月の完了後も住戸の採光や建物の使い勝手など,以前と同じ居住環境を確保している。
岐阜県営尾崎住宅外観。妻側に制震補強ブレースが付けられている ブレースに組み込まれているハニカムダンパが変型し,建物への地震力を抑える
工事中も居住や利用ができる
免震補強(免震レトロフィット)/焼津市庁舎
 免震補強(免震レトロフィット)は,既存の建物に免震装置(積層ゴムなど)を組み込むことで,揺れを大幅に減らす効果がある。
 既存建物の上部構造はほぼそのままにして耐震性を高め,また居住階の補強工事が少ないことから,利用者が建物を使いながら工事が行える工法だ。
 当社が耐震補強プロポーザルに応募し,設計施工を行った焼津市庁舎(静岡県)は,1969年に竣工した本館(RC造6階建て)と1989年に増築が行われた部分(S造3階建て)からなる建物である。
 このように構造の異なる2棟の建物を一体化して免震補強を行うのは,日本でも初めての試みだった。工事はまず2棟の2階床レベルを接続し,1階駐車場部分の柱頭に免震装置を設置するもので,2004年6月に竣工した。
 工事中も同市役所では,平常通りの執務を行う必要があり,また付近は住宅や飲食店がある静かな場所であることから,音の出る作業には気を配りながら,“居ながら工事”が行われた。
1階駐車場部分の柱頭に免震装置を設置,2棟を一体化して免震補強した
column実証!中越地震での免震・制震効果
 昨年10月23日の新潟県中越地震では,木造住宅は雪国仕様で頑強といわれたが,多くが倒壊し,いくつかのRC造の構造物にも被害が報告された。
 震源に近い長岡市に建つ北陸学園総合本館は,学校建築では日本初の免震構造を適用した建物だった。建物の各柱下と基礎との間に免震装置「高減衰積層ゴム」を取り付けていたのである。果たして震度6弱もの強い揺れに対して,最上階では約1/4に加速度が低減していた。校舎内は書棚や机が整然と並んだまま,パソコンや大型機器の落下などがなく,優れた免震の効果が発揮された。その後の復旧時に緊急避難場所としても活用されたそうである。
 一方,信濃川河口に建つ新潟市・万代島ビルは,風揺れが懸念されるためにセミアクティブオイルダンパHiDAXなどを設置した,北陸地方初の制震超高層ビルだった。
 新潟市では震度4の揺れだったが,直後に地震計を追加設置し,その後の余震(M5.9,新潟市で震度3)記録を分析すると,屋上階の変位を約1/3に減らしていたことから,本震時にも余震時並みの効果を発揮していたようだ。当時,ビルの高層部にあるホテル日航新潟では結婚式が行われていたが,グラスなどが倒れることなく,そのまま進められていたという。
 免震構造および制震構造の建物が,まさに地震への高い効果を実証した例である。
地上8階建ての北陸学園総合本館(1997年竣工) 地上31階建て,高さ141mの超高層,万代島ビル(2003年竣工)



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2 interview
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