特集:地震―事前防災の最新技術

2 interview いま、すべきこと 被害抑止力としてのハードの耐震化

地震リスク対策で最も必要なことは何か。
東京大学生産技術研究所・目黒公郎教授は,本当に大切なメッセージをもっているのは,亡くなった人であり,その声なき声を聞くことが最重要だと,真摯に語る。
過去の地震被害を踏まえて,建造物をつくるうえでの大切な心構えとは,そして建設会社としての鹿島に期待しているものとは――話をうかがった。
確度高い大地震の可能性
 日本全体,とくに東京から東海道のエリア周辺は,いまは地震学的に活動度の高い時期を迎えています。さかのぼれば,1850年以降の江戸幕府の末期が前回の活動期で,現在はそれから150年。今後30〜50年の間でM8クラスの地震が南海トラフ沿いや宮城県沖などで4〜5回,兵庫県南部地震並みのM7クラスの地震発生数はその数倍になると考えられています。そしてM7クラスで最も恐れられているのが首都圏直下型地震です。
 1978年,地震学者たちがわが国で地震観測を強化すべき場所を10ヵ所示しました。27年経ったいま,そのなかの8ヵ所で実際に地震が起こっています。起こっていない2ヵ所とは南関東と東海です。
 ここから分かることは,直前予知は難しいにしろ,20〜30年という時間のスケールで地震学者たちが指摘する地震発生の危険度は,かなり精度が高いと考えるべきだということです。そしてそのための対策をする時間的な余裕はあまりないのです。
1978年に出された観測強化地域および特定観測地域
建物とインフラの耐震性が最重要
 では,防災関係者,建設関係者にいま何ができるでしょうか。それは一にも二にも,地震で家やインフラが壊れ,人が亡くなるという状況を避けること。その術を早急に講じなければいけません。
 私たちができることは3つ。被害抑止力,災害対応力(被害軽減力),そして最適復旧・復興戦略。これらをバランスよく講じることが重要ですが,そのなかで最も重要なのは,被害抑止力だと私は思っています。どんなにいい事後対応システムや復旧・復興戦略をもっていても,抑止力が不十分では直後の建物被害とそれによって生じる人的被害を防ぐことができないからです。これは内外の地震被害から学ぶべき最大の教訓です。
 兵庫県南部地震の際,地震後2週間以内の神戸市の犠牲者を対象とした監察医の調査によれば,窒息死や圧死など,建物倒壊や家具の転倒による犠牲者が全体の約83%です。残りの犠牲者のほとんどは火事の現場で発見されていますが,大多数は被災建物の下敷きになっていて逃げ出すことができず,焼死されたのです。しかもその死亡推定時刻は地震直後の15分以内が92%を占めています。地震の後に繰り返し指摘された内閣総理大臣への被害情報の早期伝達の問題や,消防や自衛隊の出動体制の不備で亡くなっているのではありません。もちろん食料や水の不足でもないのです。
 本当にいちばん大切なメッセージをもっているのは,亡くなった人たちです。幸いにして生き残った人に話を聞けば,「水が足りない,食料が行き届かない」などの話が出ます。もちろんこれも大切です。しかしもっと大切なことは,「家が丈夫ならよかったのに」という亡くなった人のメッセージのはずです。人命など代替の利かないものは,ハード,すなわち構造物で救うしかありません。私たちエンジニアの責任は重いのです。
災害のイマジネーション能力が必要
 このような視点で見ると,地震防災上の最重要課題は,耐震性の不十分な,いわゆる既存不適格建物の問題に行き着きます。
 効果的な防災対策は,「災害状況の進展を適切にイメージできる能力」に基づいた「現状に対する理解力」と「各時点において適切なアクションをとるための状況判断力と対応力」があってはじめて実現します。ところが現状では,政治家や行政から,マスコミやエンジニア,一般市民まで,国民全体のそうした「災害イマジネーション能力」が低いために適切な防災対策が進展しないのです。この能力の低さが耐震補強の重要性に対する認識不足を生んでいます。
 次に「技術」と「制度」の問題があります。「技術」に関しては,性能は高いが高価な工法は問題解決の決定打にはなりません。施工者にも応分の利益が出る程度で低価格なこと,そして実施した際の効果が信頼性の高い情報として,持ち主に理解してもらえる環境の整備が重要です。「制度」としては,建物の持ち主に耐震改修に対する強いインセンティブを与えるものであり,かつ「技術」の価格や信頼度に関わる不確定性をカバーする機能をもつことが求められます。建設業に関わるものとしては,「技術」の信頼性の確保がとくに重要です。
最近の大規模な地震活動
防災拠点の耐震化に向けて
 消防庁のウェブサイトにある「防災拠点の耐震化促進資料」は,鹿島も含めた,産官学の協力でつくられました。これは新潟県中越地震のときに,市町村役場が被災して使用できない状態となるなど,防災拠点となるべき施設の耐震性確保の必要を受けて作成したものです。
 「建物の耐震化」と聞いても,実際は何から手をつけてよいのか分からない状況です。この資料は耐震化を取り巻く基本知識や現状のリスクを知り,具体的なリスク回避法としての耐震改修を進めるために,まず何をやるべきかを広く知ってもらうページなのです。具体的な行動なくして,防災は実現しません。そのためには,リスクと対処法の両者の認知が必要なのです。
 また,さまざまな耐震化事例を載せたことが,このウェブサイトの画期的な点です。施工業者の枠組みを超えて,実績を積み重ね,このサイトを充実させていくことに意味があると思っています。
防災拠点の耐震化促進資料。耐震診断から耐震補強の方法がていねいに示されている。消防庁ウェブサイトからhttp://www.fdma.go.jp/neuter/topics/taishin/index-j.html
エンジニアの努力と責任
 防災関係者には,「現在のわが国は,幸いにして地震学的にアクティブな状況」という話の仕方をしています。被害軽減に直接関わる防災関係者にとっては,自分たちの努力がすぐに結果となって現れる時期だということです。今から地震の当日までの防災関係者の活動が,地震によって否応なくチェックされる状況にあるのです。
 人々の生活を豊かに,幸せな環境を実現しようとして,私たちは都市やまちづくりに励んでいます。しかしそこでつくっている構造物の耐震性が不十分であると,「幸せ」を求めてつくったものが「不幸」を招きます。犠牲者は地震そのもので亡くなっているのではありません。構造物の被害が原因ですし,復旧・復興期までを含めたさまざまな問題の根本的な原因もここにあります。その構造物を設計し,施工し,維持管理しているのが私たちなのです。
 自分のつくった構造物が被災して,大切な人が亡くなったとき,「これは自分たちがつくったものだからしかたない」と,果たして言えるでしょうか――。
目黒公郎/めぐろ・きみろう東京大学生産技術研究所・都市基盤安全工学国際研究センター教授1962年生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。専門分野は都市震災軽減工学。



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