特集:鹿島の160年

国際化への対応〜「世界の鹿島」へ

●再び世界の市場へ
 当社が戦後再び海外へ進出したのはビルマ・バルーチャン第2水力発電所(1954)であった。これを機にインドネシア・シンガポール等東南アジア諸国でダム・発電所・ドッグ等の工事をおこなった。その後日本企業の海外進出とともに市場を中近東産油国や南米にも拡大していった。



ビルマ・バルーチャン第2水力発電所
1954(昭和29)年〜1960(昭和35)年 戦後賠償工事第1号であり,両国親善にも寄与した


シンガポール・ジュロンドック 1965(昭和40)年竣工
石川島造船所の修理ドックと岸壁工事をおこなった


サウジアラビア・ロイヤルステートパレス
1982(昭和57)年,紅海に面するジェッダ市に完成した国王と皇太子のための専用迎賓館



●海外拠点を築く
 1964年,ロスアンゼルスにKII(カジマ・インターナショナル・インコーポレーテッド)が設立される。これは日本の建設業初の米国本格進出として注目された。リトル東京再開発やミネアポリス・コンドミニアム開発事業など大規模都市開発をおこなった。また1987年にカジマUSA,カジマヨーロッパを設立。翌88年にKOA(カジマ・オーバーシーズ・アジア)を設立し,今日の海外事業の進出拠点を築き上げた。



ロスアンゼルス・リトル東京
1967(昭和42)年,KIIカジマビルの竣工を皮切りに,ホテルニューオータニ・アンド・ガーデン,ウエラーコートショッピングセンター等を含む大型再開発


東独・国際貿易センター 1978(昭和53)年竣工
旧東独のプロジェクトに進出するきっかけとなった。




年表
創業期「洋館建築の鹿島」として
「鉄道の鹿島」から「土木の鹿島」への雄飛
建築分野への積極進出〜「超高層ビルの鹿島」へ〜
躍進の時代「スーパーゼネコン」への道
|国際化への対応〜「世界の鹿島」へ
バブル景気,未曾有の不況,そして21世紀へと
コラム集