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KAJIMAダイジェスト

SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

CASE1 土のうでつくる涼しい仮設住宅(イラン)

災害からの復興や生活支援の活動のなかに,
“デザイン”が持ち込まれるようになった。かたちやアイデアが優れているのはもちろん,
現地の人々みずからが使える素材や技術で,できるのもポイントだ。
それは,暮らしの安全と安心を守る,土木・建築の原点ともいえよう。
この連載では,そんな古くて新しいアクティビティを,世界の事例から紹介していく。
第1回は,NASAや国連も注目する仮設住宅である。

写真:細長い土のう袋に土を詰め,トグロ状に巻き上げてつくるエコドーム

細長い土のう袋に土を詰め,トグロ状に巻き上げてつくるエコドーム

人間はこれまで,木や石や土を使って住宅をつくってきた。なかでも土は,世界中のどこにでも存在する建設材料である。適切な木や石がない土地でも,土だけは手に入る。月にだって土は存在する。このどこにでもある材料にこだわって住まいを考えてきたのが,イラン系アメリカ人の建築家,ネーダー・ハリーリである。

彼は,ネイティブアメリカンが住居をつくる際に用いていたアドビという伝統的な素材に着目した。アドビとは,砂や粘土,わらなどを混ぜ合わせ,型枠で成形し,日干しにして固めたレンガのことである。この日干しレンガは,空気中の熱気をゆっくりと吸収するため,室内が涼しく保たれるのが特徴だ。熱帯地域の住宅に適した素材といえよう。

写真:外壁に現地の土を塗ると,大地から生えてきたような住居になる

外壁に現地の土を塗ると,大地から生えてきたような住居になる

最初に試みたのは,土から生まれたアドビの建築物をさらに強固なものにすることだった。彼はアドビを積み上げた住居を陶芸の窯に見立て,その内部で三日三晩火を燃やし続けた。するとアドビは岩のように硬くなり,防水性も高まることがわかった。いわば“セラミック建築”をつくったのである。1975年ごろのことだ。

この建築はその後さらに改良が重ねられ,セラミックレンガによる「ルーミードーム」というシェルターシリーズとなった。ルーミーとは,ハリーリが尊敬する13世紀のペルシャの詩人の名前だ。ルーミーは「賢人の手にかかれば土も黄金の価値を持つ」という言葉を遺している。

ハリーリの研究は月の土を使って住居を建てる方法にも発展した。1984年,この研究結果にNASAが注目し,ハリーリはNASAとともに月のシェルターを検討することになる。ここで彼は土を詰め込んだ土のう袋を積み上げてつくるシェルター「エコドーム」を考案する。ただし,50×80cmの通常の四角い土のうでは自由な空間形態を生み出すことができない。そこでハリーリは長いチューブ状の土のう袋をつくり,これに現地の土を詰めながら巻き上げていくことで,ドーム状のシェルターをつくりだすことに成功した。チューブ土のうの自重,摩擦,採光などを考慮し,ドームやアーチ,ヴォールトなどの構造を組み合わせながらシェルターをつくったのである。トグロ状のチューブ土のうは各所を鉄線で固定してあり,構造は極めて安定している。シェルターの内部にも外部にも土を塗ることで,外観もインテリアも美しく土着的な佇まいを醸し出す。土のう袋は年月が経つと溶けて土と一体化するため環境への負荷も少ない。

写真:土のう袋の長さを調整することによって,天窓から採光を得ることも可能

土のう袋の長さを調整することによって,天窓から採光を得ることも可能

写真:土を掘ってシェルターの外形をつくり,土のう袋を巻き上げながらシェルターをつくる。土のう袋の間に有刺鉄線を挟むことによって構造を安定させている

土を掘ってシェルターの外形をつくり,土のう袋を巻き上げながらシェルターをつくる。土のう袋の間に有刺鉄線を挟むことによって構造を安定させている

1993年,国連はイラン・イラク戦争の難民キャンプのデザインをハリーリに依頼した。イランの国境付近に建設される難民キャンプで,避難してきたイラク人を収容するためのものである。現地は草も疎らな砂漠地帯。ハリーリは避難民とともに大地に穴を掘り,その土を土のう袋に詰め込んで合計15軒のシェルターをつくった。チューブ土のうを固定する鉄線には,戦場で入手可能な有刺鉄線を使った。6人の大人がわずか6日間で建てられ,1軒につき総額6万円ほど。砂漠地帯に涼しく過ごせる小さな村が誕生した。

写真:完成したエコドームの前で建設に携わった住民やスタッフに語りかけるネーダー・ハリーリ(写真中央の人物)

完成したエコドームの前で建設に携わった住民やスタッフに語りかけるネーダー・ハリーリ(写真中央の人物)

写真:複数のスーパーアドビで集落のような
風景を生み出す

複数のスーパーアドビで集落のような風景を生み出す

「ルーミードーム」や「エコドーム」は,構造上の強度を何度もテストし,カリフォルニア州の検査を通っている。これら一連の土のシェルターをハリーリは「スーパーアドビ」と名づけ,戦争や自然災害などから逃れた人たちや都市部のホームレスたちのための住宅として提供している。

ハリーリは言う。「地球上で伐採される樹木の65%以上は建築用資材となる。これらを使わなくてもいいシステムを生み出せば,環境問題や資源問題に貢献できる。世界の平和を手助けできるだろう」。

ハリーリの提唱するスーパーアドビは,いずれも土を主な材料とした建築物である。住居のサイズを決め,大地に穴を掘り,その土でシェルターをつくる。それを焼くとセラミック建築であるルーミードームとなり,細長い土のう袋に詰めてトグロ状に巻き上げればエコドームになる。まさに「大地の建築(Earth Architecture)」である。

ハリーリは2008年に亡くなったが,彼が1991年に設立したカルアース研究所では現在も大地の建築に関する研究が続けられている。同時に,多くのワークショップを実施し,世界中の建築家に大地の建築に関する技術を提供している。また,研究所に蓄積されたさまざまなノウハウを世界中の大学に伝える遠隔教育にも力を入れている。

インターネットで動画が配信できる昨今では,戦争や災害が起きた地域で活動する建築家たちにもスーパーアドビのつくり方が広まりつつある。環境,資源,エネルギー,難民など,建築家がさまざまな社会問題と向きあう時代が訪れている。

写真:焼き上げた日干しレンガを使ったルーミードーム

焼き上げた日干しレンガを使ったルーミードーム

写真:光が漏れる夜のルーミードーム

光が漏れる夜のルーミードームは幻想的な佇まいを醸し出す

写真:光が漏れる夜のルーミードーム

山崎 亮 やまざき・りょう
ランドスケープ・デザイナー。studio-L代表。1973年生まれ。Architecture for Humanity Tokyo / Kyoto設立準備会に参画し,復興のデザインの研究を行う。著書に『震災のためにデザインは何が可能か』(NTT出版)など。Architecture for Humanityはサンフランシスコを拠点に世界各地で復興や自立支援の建設活動を主導する非営利団体。

参考資料

  • Design Like You Give a Damn: Architectural Responses to Humanitarian Crises, Edited by Architecture for Humanity, Thames & Hudson, Ltd. 2006.
  • ケン・ベラー,ヘザー・チェイス著,作間和子ほか訳『平和をつくった世界の20人』(岩波ジュニア新書,2009)
  • フィリス・リチャードソン著,繁昌朗訳『XS GREEN――大きな発想,小さな建築』(鹿島出版会,2009)
  • カルアース研究所ウェブサイト: http://calearth.org/

(写真提供:すべてカルアース研究所/©Cal-Earth)

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