ホーム > KAJIMAダイジェスト > July 2023:特集 夏旅2023 インフラツーリズム > 首都圏外郭放水路

治水を担う地下大空間 首都圏外郭放水路

図版

調圧水槽の空間は高さ18m,幅78m,奥行177m。
トンネルへ流れてきた水の勢いを弱め排水機場へと送り出す

写真提供:大山 顕

埼玉県および東京都東部に位置する中川・綾瀬川流域は,江戸川,荒川,利根川の大河川に囲まれ,繰り返し洪水被害に悩まされてきた。その脅威から暮らしを守っているのが,2006年に完成した「首都圏外郭放水路」。埼玉県春日部市エリアで地下50mの深さを貫く全長6.3kmのトンネルと調圧水槽などからなる治水施設だ。

工事の開始は1993年。工区は4つに分かれ,当社JVを含む大手建設会社3社によって立坑の築造が一斉に始められた。

当社JVは,国道16号が通る直下で,幸松(こうまつ)川を取水する第4立坑と,同立坑を経由する第3工区および第4工区,総延長2.6kmのトンネル施工を担当した。

地図
改ページ
図版:江戸川河川事務所パンフレットより

江戸川河川事務所パンフレットより

「地下神殿」に降り立つ

同施設のツアー内容は4種類あり,今回参加した「立坑ツアー」では調圧水槽と第1立坑が見学できる。江戸川への排水機場を備えた埼玉県の東武アーバンパークライン南桜井駅から車で約10分の距離にある「龍Q館」で概要を学び,調圧水槽に向けて出発。

敷地内の芝生や広場を抜け,施設入り口から地下22mに向かって116段の階段を下りていくと次第に空気が冷たくなり,やがて巨大な柱と分厚いコンクリートでできた調圧水槽の空間に降り立つ。これが水槽?実感できないが,ツアーガイドの女性の声が反響する,囲われた大空間なのだ。

大雨の際,河川の越流堤を越えて流入し,各立坑に流れ込んだ水は,トンネルと第1立坑を通じてここ調圧水槽に入り,貯められる。水は巨大ポンプ4台で地下から地上へと押し上げられ,江戸川へと排水される。稼働回数は年平均7回,2022年は5回。2015年9月の台風で上流の鬼怒川が決壊した際には,東京ドーム15杯分の水を4日間フル稼働で排水させたという。

そんな水量を想像すると,この空間にそびえる柱の大きさにも納得がいく。一定間隔で立つ巨大な柱は「地下神殿」と称される所以だ。柱の平たい形状は水流を阻害しないためだという。地下水から浮力がかかるため,柱と天井部が錘の役割を果たしている。高さ18mという柱を仰ぎ見ると一定の高さに濃淡がある。水はこの高さにまで到達するのだ。

改ページ
図版

見学ツアーには海外からの参加者も多数。
この日はポーランドから来日したというグループも

撮影:編集部

立坑の深さを体感

調圧水槽の向こうに,暗闇に続く巨大な開口の淵が見える。第1立坑だ。いったん調圧水槽から出て,ヘルメットと腰にハーネスのついた安全ベルトを装着し,第1立坑に向かう。直径30m,深さ70mは高さ46mの自由の女神像がすっぽり収まるくらいといえばなんとなく想像できるだろうか。

その立坑の内側に付いた階段を,錘のあるハーネスの先端を握りしめながら下りていく。正直「むちゃくちゃ怖い」。350段ある階段の60段目まで下りられるが,気もそぞろに折り返す。

立坑ツアーはまだ続く。立坑上部の縁が円周状の通路になっており,ぐるりと一周させてもらえるのだ。ハーネスのフックを壁面のレールに沿わせて歩くので落ちる心配はなしに,ここでようやく立坑の底をのぞき込む。目を凝らすと底にわずかな水面が見える。ろ過をすり抜けた小魚がときに紛れ込んでいることもあるそうだ。

改ページ
図版

第1立坑。自然光が届くところにはコケが生える。つまり緑のラインまで水が届く 。吸い込まれそうな恐怖感

図版

第1立坑の縁を歩く

図版

第1立坑から見た調圧水槽。専用アプリを立坑にかざす。
同アプリでは水が流れ込む様子のAR体験もできる

撮影:編集部

ツアーを終えて地上に出ると日の光眩しく,来たときと同じ光景が広場に広がっていた。スケボーで遊ぶ少年たち(滑走音が立坑の内部にこだまして聞こえる)や午後のひとときを楽しむ団らんのグループ。地下の大空間を体験すると,この日常に続く光景が何よりもありがたく感じられる。施設の働きとつくった方々に心から感謝と敬意を抱いた瞬間だった。

Column

七夕にトンネルで結婚式を

調圧水槽の大空間はTVドラマや映画,PVなどの撮影現場になっている。そうしたなか,当社施工現場で結婚式を挙げたという社員がいた。機械部生産機械技術グループの筒井武志課長代理に,当時の思い出を語ってもらった。

汗をかかない現場

当時私は入社5年目。現場は3JVの同時施工で,各JVが競い合って最先端技術を投入し,お互いに隣工区の現場を見に行き,刺激を受け合っていました。鹿島JVは,トンネル内部の壁面に設置するセグメント部材の運搬に,タイヤ式自動搬送車を初導入したり,セグメントの供給からボルト締結までを行うシールド機の自動組立装置を適用したり,徹底した自動化に取り組み,当時「汗をかかない現場」とまで言われていたほどです。

子どもの日にボートを

現場を率いていた原廣所長は「楽しむ」という発想が常にある方。発注者の積極的な意向もあり,地域に工事の様子を公開し,毎日誰かしらが見学に来ていました。「土木の日」には幼稚園児を招いたマシンの見学会。「子どもの日」にはトンネルのなかに堰をつくり,水を張ってボートを浮かべました。機械で動かす予定でしたがワイヤーが働かず(笑),4,5人の子どもたちを乗せたボートを人力で漕ぎました。子どもたちはとても喜んでくれましたよ。

トンネルを天の川に

現場事務所で知り合った妻との結婚を2001年の7月7日に決めていました。そこで原所長が,第4工区トンネル新設工事の発進式と重ねて結婚式を挙げてはと。トンネル内にステージをつくり,本格的な照明でライトアップされるので,トンネルを天の川に見立て,そこで織姫と彦星が出会うという原所長のイメージがあったのだと思います。100名ほどのゲストを招待し,外国人の神父さんも立坑の仮設エレベーターに乗って降りてきました。おかげさまで,今も家庭円満です。

工事中も,大雨で現場近くで浸水が起きたことが何度かありました。完成後,そうしたことが一切なくなったと聞き,地域の方に役立っていて良かったと,携わった者として今も誇りに思っています。

図版

写真提供:原廣,筒井武志

ContentsJuly 2023

ホーム > KAJIMAダイジェスト > July 2023:特集 夏旅2023 インフラツーリズム > 首都圏外郭放水路

ページの先頭へ