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ビーゴ:ガリシア人の魂の音楽

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ビーゴ港遠景。港の一部は公園になっている

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美しいショールを身にまとい、弾むようにムイニェイラを踊る女性たち

19世紀から20世紀半ばに,経済的,政治的な事情でスペインからカリブ・中南米に渡った移民のうち,北西部のガリシアからの移民はビーゴ港からアルゼンチン,ベネズエラ,キューバなどへと向かった。ビーゴ港には彼等を表した像があり,やむを得ず故郷を後にする人と見送る家族の複雑な感情が表現されている。

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トランクひとつで見知らぬ土地に向かう父親と
見送る家族の像

現代スペインを代表するビーゴ出身のガイテイロ(バグパイプ奏者),カルロス・ヌニェスが,1996年にリリースした初ソロ・アルバムの最後の曲は「Para Vigo me voy (私はビーゴに帰る)」だ。この曲はキューバの作曲家エルネスト・レクオーナの作品で,1935年にハバナのガリシア県人会のためにつくられたという。ガリシアから渡ってきた者が出港地であったビーゴに里帰りすると高らかに歌う歌詞で,現在でもよく演奏される。

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カストロ城の遺跡から見下ろすビーゴの街並み

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ガリシア音楽は,一般的なスペインの音楽として想起される南部アンダルシア地方のフラメンコなどとは大きく違う。後述する中世の写本にも登場する,ガイタというバグパイプと,サンフォーナという擦弦楽器にボンボやパンデレータというパーカッションなど独自の楽器が演奏され,祭りの花形である民族舞踊とも密接な関係がある。強い地域性をもっているが,広義には現代でも古代ケルトの文化を継承する,アイルランド,スコットランド,ウェールズやコーンウォール(イギリス),マン島やブルターニュ(フランス),ノバ・スコシア(カナダ)などのケルト文化圏の音楽のひとつとされている。

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パンデレータ(タンバリン状のフレームドラム)とパンデーロ(四角のフレームドラム)を叩きながら
女性たちが地声を響かせて歌うパンデイラダ

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スペイン北西部にあるガリシア州は,渇いた大地に風車というスペインの一般的なイメージとは異なり,緑が豊かで雨も多い。

ポンテベドラ県にあるビーゴは大西洋に面し,人口約30万人の国内最大の港湾都市で,港は近代的に整備され海上交通の便も良い。リアス(リアス式海岸という名称の元にもなった沈水海岸)の地形により豊富な海の幸に恵まれた新鮮な魚介料理は,多くの観光客を惹きつけている。

中世においてはバイキングの,大航海時代以降はフランシス・ドレークらの私掠船の襲撃に遭い,イギリス軍やフランス軍にも侵攻されたが,スペイン独立戦争(1808–1814年)の後,フランスから解放されると農業や漁業などの産業が安定し経済的にも発展した。また,この地域では紀元前から城をつくる築城文化が発達していたことと,海からの侵略に対して要塞が整備されたことからそれらの遺跡も多く残っている。

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港近くの通りには生牡蠣をむく屋台が連なる。
小ぶりで丸い牡蠣には、この地を代表する葡萄アルバリーニョやゴデージョの白ワインが合う

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音楽を語る上で外せないのは,やはりケルト文化の影響である。ケルト人のガリシア定住の起源の正確なところはわかっていないが,紀元前5世紀から7世紀にはピレネー山脈を越えてきたと推測されている。今ではケルトは文化的なアイデンティティとして認識されているため,ガリシアのミュージシャンは,前述のケルト文化圏のミュージシャン達との交流が盛んで,国内外のケルト音楽フェスティバルに多く参加している。中世に編纂された「聖母マリアの頌歌(しょうか)集(Cantigas de Santa María)」の写本には,ガイタを含む様々な楽器を奏でる楽士が描かれている細密画が現存し,13世紀のビーゴ出身の吟遊詩人マルティン・コダックスが残し,今も古楽アンサンブルや各地の合唱団などでも歌われている「カンティーガス・デ・アミーゴ」などが伝わるので,古い時代から独自の音楽文化が成立していたことは間違いない。

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「聖母マリアの頌歌集」に載るサンフォーナを弾く
細密画(“Web Gallery of Art”より)

その多くは地域の伝統的な祝祭と結びつき,現代でも,足をリズミカルに交差させる独特なステップで,輪舞から対面で踊る6/8拍子のムイニェイラ(Muiñeira)や,指を鳴らしながら軽く飛び跳ねるステップで踊る3/4拍子のショタ(Xota)などの伝統舞踊の演奏には,必ずガイタをはじめとした伝統楽器が用いられる。これらのダンスは,子供の頃から様々な行事に取り入れられ,音楽はビーゴの人々の生活に溶け込んでいる。

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20世紀初頭,ポンテベドラで薬局を営んでいたペルフェクト・フェイホーが率いた「郷土の歌合唱団(El coro Aires da Terra)」というバンドが,初めてガリシア音楽を録音した。彼は,ガリシア音楽を広め記録することに心血を注いだ人物として知られており,現在の一般的な演奏形態と合唱,口承で伝わってきたアララーの歌唱法などを確立させた。

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ビーゴにはほぼすべてのガリシア伝統音楽を学べる学校がある。
写真は20世紀後半に再び取り入れられるようになった
アルパ・ガジェガ(ガリシアン・ハープ)と演奏者
(「Escola Municipal de Vigo de Música Folk e Tradicional」HPより)

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そして,1976年のフランコ独裁政権終焉までの文化的な空白の後,ガリシア音楽は大きく復活する。ミジャドイロを筆頭に,多くのバンドやソロ・アーティストがリバイバルブームの中で世界的に活躍し,現在に至っている。ダンス音楽としてのガリシア音楽は,くっきりとしたリズムと,繰り返される親しみやすいメロディが楽しい。また,アララーは独唱形式の古典的なジャンルで,歌詞の単語の最初の音を揃えてリズム感を出す伝統的な頭韻法を用いた美しい歌だ。ガリシア人の魂の歌と言われ,セレナーデのような切ない旋律に哀愁を込めて歌われる。現代でも歌自慢の祭りなど,ここぞという場面で披露され,世代を超えて歌い継がれている。

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伝統的な衣装を着けて演奏するガイテイロたち。
ガイタ(スコットランドやアイルランドのバグパイプとは少し形式が異なる)を中心に打楽器が集う

Listening

Carlos Núñez/A Irmandade das Estrelas(星の兄弟愛)(1996)

ガリシア音楽を世界に知らしめた名盤。カルロス・ヌニェスが国内外の著名アーティストとのコラボで美しく力強い演奏を披露した記念すべき作品。トラディショナルの他,「Para Vigo Me Voy」などの楽曲を収録。

※試聴する際は、音量にご注意ください。

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高橋めぐみ|Megumi Takahashi

音楽プロデューサー。インディーズ・レーベル「アオラ・コーポレーション」で30年以上にわたりA&R,マーケティング,プロデュースに携わる。音楽コーディネーターとして無印良品のBGMシリーズ「19 Galicia」「20 Lima」「22 Basque」に参加。フィールドはスペインと南米。『スペインのガリシアを知るための50章』(明石書店,2011年)に執筆参加。食文化にも造詣が深い。

石橋 純|Jun Ishibashi

東京大学大学院総合文化研究科教授。東京外国語大学スペイン語学科卒業後,家電メーカー勤務中にベネズエラに駐在。のちに大学教員に転身。文化人類学・ラテンアメリカ文化研究を専攻。著書に『熱帯の祭りと宴』(柘植書房新社,2002年),『太鼓歌に耳をかせ』(松籟社,2006年)ほか。

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