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あすの都市鉄道を展望する

東北縦貫線の工事が難しいのは,高度に張り巡らされた既存の交通網を改良するからであり,それは成熟都市ならではの特質でもある。 わが国の都市鉄道の将来像について,JR東日本東京工事事務所長の重責を担ってきた熊本義寛執行役員と,構想・立案に参画した交通計画の第一人者,家田仁東京大学大学院教授に見解をうかがった。

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難工事でこそ高まる利便性

東日本旅客鉄道執行役員 熊本義寛の写真

東日本旅客鉄道執行役員
熊本義寛(くまもと・よしひろ)

東日本旅客鉄道 執行役員 水戸支社長
1956年広島県生まれ。1980年東京大学工学部土木工学科卒業,日本国有鉄道入社。東北縦貫線の計画には1990年の投資計画部在籍時から携わり,2008年より今年6月まで東京工事事務所長を務める。

鉄道を起点としたまちづくり

首都圏の鉄道網は,世界有数のネットワークを構築してきました。これからは新線を大々的につくるよりも,既存の線路に手を加え,東北縦貫線のようにミッシングリンクをつなぎ,その有効価値をさらに高めることが大切になっていきます。

元気な高齢者が活躍する時代に向けて,直通化を進めて乗換えを少なくし,できるだけ座って移動できる環境を整えられれば,人々の外出が増えて社会を活性化し,経済効果も期待できるでしょう。

JR東日本では鉄道を起点とした積極的なまちづくりに取り組んでいます。通りすぎる駅から人々が集う駅へ──「エキナカ」事業をはじめ,高架橋の連担を利用したラインモールでのにぎわいづくり,沿線の地域ブランドの向上など,交通空間のポテンシャルを活かさない手はありません。

まちへの圧迫感を和らげる

東北縦貫線の実現は,JR東日本にとっては国鉄時代より20年来の悲願でした。なんといっても上野駅での乗換えは,お客様にご不便をおかけします。しかし,建物が密集する都心部では,地域のみなさまに工事へのご理解とご協力を得るのに長い歳月が必要でした。また,いかに安全に工事を行うかが最大の課題となったのです。

軌道の計画を構造体の中心からずらし,まち側から在来線側に寄せたのは,重層化による地元への圧迫感を極力なくしたかったからです。軽い桁の開発もそのためでしたが,着工前に阪神・淡路大震災が起こって耐震基準が変わり,高強度化と軽量化の実験を何度も繰り返すことになりました。

折返し運転に備える

事業の実施のポイントは,新幹線の運行を止めずに,その軌道上で工事を進めることに尽きます。もしも工事が遅れれば,翌朝の新幹線の運行への影響は避けられません。万一,架線切断などが発生したときに備え,上野駅での折返し運転へと即座に変更できるように,夜間工事のたびに営業関係社員など30名に待機してもらっています。

また,終電間際は混雑や不測の事態などでダイヤが乱れやすく,作業の開始時間に響きますから,工事のある日は特に注意力を高め,営業部門にもリスク管理の徹底に協力をお願いしています。まさに大規模切換工事に匹敵する備えです。

土木の工事部門はもちろん, 設計部門が鉄骨ピースを緻密に計画し,電気部門がトロリー線の間隔を空けて作業に便宜を図るなど,全社を挙げて工事に臨んでいます。

施工の熱意を肌で感じる

2010年6月,工程の一区切りを機に,反省会を開いていただきました。鉄骨など専門施工会社の職長や担当のみなさんが,工事の安全に対する意見や工夫を議論する姿に接し,私たち事業者にとっては施工の熱意を肌で感じられる貴重な機会となりました。永田所長を筆頭とするこのメンバーでなければ,成しえないプロジェクトだと確信しております。

今後の都市鉄道は,すでに過密状態にある市街地で整備していくわけですから,すき間を縫うような難しい事業を強いられます。鹿島さんをはじめ鉄道工事に関する高い技術力をもつゼネコンの存在は欠かせません。そうした会社は,そう多くありませんが,これからも一緒に工事に取り組んでいただきたいと思っております。

そのためには,お互いにチームワークを活かすソフト面のマネジメント力を高め,トータルな力を発揮しなければなりません。制約が厳しい場所に線路を通した結果,鉄道の技術が発展し,さらなる難所を切り拓く。それを繰り返すことで,都市交通の利便性はますます向上していくことでしょう。難しい場所こそ,たくさんの可能性を秘めているのかもしれません。

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都市にゆとりを創出する

東京大学大学院教授 家田 仁の写真

東京大学大学院教授
家田 仁(いえだ・ひとし)

東京大学大学院 工学系研究科
社会基盤学専攻 教授
1955年東京都生まれ。1978年東京大学工学部土木工学科卒業,日本国有鉄道入社。1984年東京大学工学部助手。1995年同教授。著書に『国土の未来:アジアの時代における国土整備プラン』『東京のインフラストラクチャー:巨大都市を支える』『都市再生:交通学からの解答』(いずれも共著)など。

電車移動の快適性を高める

東京の鉄道は,歴史的に3つの系譜で考えられます。1つめは郊外を走る民営鉄道,2つめは馬車鉄道と路面電車の流れをくむ地下鉄。3つめが都市間をつなぐ長距離の貨物輸送で,のちの国鉄,今日のJR東日本です。

長距離・貨物に比べると,都市内の鉄道は距離が短く客単価が安い。建設コストのわりに収益性が低く,国鉄の主力にはなりませんでした。

ところが1970年代になって都市人口が急増し,電車移動に対する快適志向が高まり,国鉄が実施したのが「通勤5方面作戦」です。東海道・中央・東北・常磐・総武線と,首都圏の放射線状のネットワークを複々線化するなど,輸送力が強化されました。現在の私たちは,このときの資本投資の恩恵を受けているわけです。

ホッとできる場所をつくる

JRになって南北ネットワークの整備も進み,西回りで湘南新宿ライン,東回りで今回の東北縦貫線が完成すれば,首都圏の交通網が東西の軸線で整うことになります。工事としては短い区間ですが,大きな飛躍といえるでしょう。

一方,鉄道の快適志向は,駅空間の積極的な見直しを進めることにもなりました。「エキナカ」の商業施設がよく知られていますが,欲を言えばもう少しゆとりのスペースがほしい。緑を増やすなどして,ホッとできる場所をつくれば乗客へのサービスにもなるでしょう。しかし,そのスペースの確保が都心部では難しい。

路線の直通化は,留置線の用地を不要としますから,まとまった空き地を捻出できます。直通運転の促進は,鉄道の利便性を向上させるだけではなく,都市にゆとりを創出する可能性も有しているのです。こうした観点からも,東北縦貫線の意義を見出せると思います。

駅の中と外を融合する

わが国における都市鉄道の近未来を考えると,とくに運用面において2つのポイントを挙げることができます。

現在の「エキナカ」は,切符を持っている人しか利用できません。“ソト”との境が改札で明確に分けられています。SuicaやPASMOといったICカードが次世代のシステムへと更新されるときに,この境界を取り払えるのではないでしょうか。

乗客でなくても駅のサービスを享受できるようになるわけで,駅の向こうの商店街との融合も図れるでしょう。駅の通り抜けのためだけの地下通路が不要になれば,その建設コストをソフト面に振り替えられるメリットも生まれます。

そして,電車の運用にも改善の余地があると思います。人口が減少する時代にあって新たな投資は難しくなりますが,人々のニーズはあるはずです。たとえば,仕事で疲れた人は,少し余計に運賃を払ってでも快適に移動したい。ホームライナーなどの選択肢は今後も増えていくでしょう。

技術力に経営力を備える

日本の土木技術は単品において世界屈指の実力ですが,この20年の間で,よい品質のものを“ゆっくりつくる”のに慣れてしまいました。それは職人的な発想で,トータルなマネージャーがいない。

たとえばイタリアの自転車メーカーは,かっこよいイメージが日本でも定着していますが,その機能を決定づけるギアやブレーキなどのパーツは日本製です。しかし,商品としては,どちらの国が印象づけられるでしょうか。

鉄道会社も,建設会社も,技術力は国内で十分に切磋琢磨してきました。これからの国際社会では,経営力を備えたトータルなマネジメント力がますます大切になってくるのではないでしょうか。

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