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座談会 ―人と風土と、ダムがつくる文化―

戦前戦後の国土復興と経済成長を支えたダム——。
総合治水事業として,今日では地域や環境とより調和したものとして進められている。
最近では観光資源としての活用やダムサイトの熱心なファンの増加も注目される。
さまざまな立場からダムに関わる識者の方々に,ダムの歴史と文化,
技術をひも解きながらダムへの思いを語ってもらい,今後のダムの役割と可能性を探る。

写真:座談会 出席者

座談会 出席者

写真:入江洋樹

入江洋樹(いりえ ひろき)
一般社団法人ダム工学会
顧問,ゼニヤ海洋サービス
技術顧問

1968年建設省入省以来,主としてダム関係の仕事に従事。その後,旧水資源公団理事,財団法人ダム技術センター理事長,ダム工学会会長を務める。

写真:西山芳一

西山芳一(にしやま ほういち)
土木写真家

土木遺産や土木施工・竣工の写真を中心にエディトリアルや団体・企業の広報などを手掛ける。写真集『タウシュベツ』は平成14年度,『トンネル』は平成18年度の土木学会出版文化賞を受賞。

写真:中野朱美

中野朱美(なかの あけみ)
財団法人日本ダム協会
副参事

同協会の機関誌『月刊ダム日本』及びHPで,各界の第一人者からダムにまつわる話を聞くダムインタビューを連載しているほか,ダムマイスター登録などを担当。ダム工学会の委員も務める。

写真:高田悦久

高田悦久(たかだ よしひさ)
当社執行役員・土木管理本部
副本部長

1976年入社以来,主にダム現場で過ごす。ダム関連機関とともにダム施工技術向上のほか,一般社会においてダムが身近なものとなるよう,ダムの必要性の理解を得ることに尽力している。

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ダムとの出会い,めぐり逢い

入江 当時の建設省で,岐阜県の徳山ダムの計画を担当しました。当初は電源開発の事業でしたが,治水や利水も兼ねた多目的ダムの計画にしました。貯水容量で日本一のダムとして計画を立てたのが,ダムとのなれ初めです。
西山 私は造るのではなく,撮る側です。今,土木写真家を名乗っていますが,撮り始めたきっかけはダムでした。もともと広告写真などをやっていましたが,仕事の合間のドライブ中に新潟の山奥でロックフィルダムの現場に偶然出会ったのです。重ダンプがチョロQみたいにあちこちで動いているのをおもしろいと思い,半日ずっと見ていました。その後ある土木雑誌が発行される際に声がかかり,土木構造物を専門に撮るようになりました。
中野 素敵な出会いですね。私は大学卒業後に新聞社に入りまして,それから建設省のお手伝いをして日本ダム協会に赴きました。それまでダムのことはまったく分かりませんでしたが,機関誌の編集を通じ,学識者や技術者,マニアの方からいろいろお話を伺って学びました。人間にとって一番重要な水,それをうまく調整するダムは,やはり大切だなと。
高田 私は施工の立場ですが,これまで約35年間ダム人生でした。神奈川県の三保ダムに始まり岩手県の胆沢までずっとダム工事で,種類や構造,工法も満遍なく経験してきました。めぐり合わせはよかったですね。

1,000年の歴史あるインフラ

入江 日本は水田文化の国なので水を必要としました。古事記,日本書紀など記紀では,崇神紀に溜池を造ったと書いてあります。昨年,山辺(やまのべ)の道の崇神天皇陵を見てきましたが,山腹の斜面に堀が造ってありました。その堀に水を回すためにダムを造っているのです。すでにかなり技術があって,記紀に書いてあることもなるほどという気がしました。
高田 ダムの歴史は,日本の歴史と共に築きあげてきたというわけですね。
入江 時代が分かっている最古の現存するダムは大阪府の狭山池です。池から取水する木製の斜樋を年代測定すると616年と分かる。それでその時代にダムが造られているという事実が厳然とあって,ダムはもう1,000年以上も続いているのです。
西山 私も狭山池は撮りましたが,それは本当に古いですね。

入江 私がダム工学会副会長のときに,「ダムが語る1000年物語」という学会のビジョンをつくりました。このタイトルを考えてくれたのは,故人で『月山ダム物語』を書いた荘内日報の水戸部浩子さん。ダムに対して非常に理解あるジャーナリストでした。「1,000年以上にわたって営々と培ってきたダムの技術だから,その役割を評価して,今後も長く使えるように」という趣旨で取りまとめたのです。
中野 ダムの役割を理解して伝えることは大切ですね。
入江 社会インフラとしてこれほど長く使っているものはないでしょう。長寿命な構造物だということを,大いにPRしていかなければいけないと思います。

写真:1,000年以上前につくられた狭山池(大阪府)

1,000年以上前につくられた狭山池(大阪府)

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ダムがつくる風土と風景

西山 私がよく撮っているのは,先生がおっしゃっているほど古いダムではなく,近代化遺産と呼ばれるダムです。1935年までの35年間に造られたコンクリートダムが150〜160基。北から南までほとんど撮ってきました。石張りのダムが多く,ダムで人が見えてくるということです。
高田 石張りというのはものすごく綺麗ですね。古くなるとなじんできて。
西山 そうなのです。高度成長期以後のコンクリートダムは,一つのダムで一つの形ですが,石張りダムは一個一個の石張りの大きさが,大体4人ぐらいがモッコで持てるヒューマンサイズなので,人が造っているというのが感じられます。そういうことが非常におもしろいなと思いました。
高田 ブロック積みでも,京都のような伝統的な風景にもよくなじむ。

西山 もう一つ,堤体を越えて流れ出したときに石張りに現れる水の表情もダムの美しさですね。一番綺麗だと言われているのが大分県の白水ダムで,堤高15m以下ですから厳密にはダムといえないですけれども, 1999年に国の重要文化財になりました。
入江 昔の人が造ったダムは何でこんなに綺麗にできるのだろうと,僕も感じていました。
西山 現在,ダムの写真コンテストで審査員をしていますが,古い時代のダムが増えてきました。皆さんも感じていることなのですね。
入江 今よりずっとお金がなかった時代ですが,一つひとつ個性がある。やっぱり昔の人はえらかったという気がします。
高田 美しさといえば明治に限らず昭和でも,栃木県の五十里ダムは1957年完成でかなり古いですが,再開発の工事でその堤体に穴をあけた時,まだコンクリートのにおいがしました。当時の締固めやコンクリート配合などの技術はアメリカから教えてもらいやっているレベルです。それでもやはり密実で美しいコンクリートです。
西山 そうですね。日本初となる本格的アーチ式ダムの上椎葉ダムも,コンクリートの表情に風格があります。
中野 確かに古いダムには土木遺産になるような素晴らしいダムが多いです。できあがったダムが美しい風景となっていくためには,これからも新たな工夫が必要なのでしょう。

写真:コンクリートの表情が美しい上椎葉ダム(宮崎県)

コンクリートの表情が美しい上椎葉ダム(宮崎県)

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写真:日本一美しいダムといわれる白水溜池堰堤(大分県)

日本一美しいダムといわれる白水溜池堰堤(大分県)

地域とともにつくる

中野 先日,マスコミでも頻繁に取り上げられている群馬県の八ッ場(やんば)ダム建設地の見学に下流地域の防災組合の方と行きました。ダム上流の地元の人は,住み慣れた土地を離れなければならず大変な思いをしています。一方,ダムの恩恵を受ける下流の人は建設地の様子がよく分かりません。利根川の上流では,奥利根の川筋にはダムが数多くありますが,吾妻川側にはダムがなく洪水の危険性があり,過去には大きな被害もありました。だから「八ッ場ダムをつくってほしい」と,地域ぐるみで防災組合を立ち上げ勉強されているのです。
入江 なるほど。僕はダムの用地交渉を直接行ってきたので,水没地域の人の気持ちもよく分かる。先祖伝来の土地から動かなければならないわけだから,心情的には絶対賛成になることはないでしょう。われわれの説明を理解してくれるかどうか。下流の人が治水を望んでいるということを説明して,納得してくれるかどうかなのです。
中野 四国あたりでも山脈が分かれて気候が違う流域にダムを造ると,受益者と地元関係者で考えが違うそうです。それをつなぐために早明浦ダム完成時には「四国のいのち」という碑を建てた。それほど水に関する問題は難しいことだと感じます。
西山 昔は水で争いになったといいます。
中野 そうですね。
入江 ダムのことを今までアピールしてこなかったという責任もある。
西山 知らないというのは怖い。私は,ですからそういう方々にダムを知ってもらうために「こんな綺麗なダムもあるのですよ」と,写真を撮ってきて,多少はお役に立てているのかなとは感じていますけれども,もっともっと紹介していかなければいけないと思います。
中野 日本では山間地に雨が降ったら2泊3日ほどで海まで流れてしまい,全国約3,000基のダムを合わせてもアメリカのフーバーダム1基の3分の2しか溜められない。そういう国土だということを知っておくことも大切ですね。
高田 だからわれわれも,機能としてどれほどダムは役に立っているかを,見学会などの機会があるたびに説明しています。造っている現場に来ていただいて,このダムは人々の生活にこれほど役に立つのですよと,もっと伝えていかないといけない。まだまだですね。
西山 交通インフラは同じ土木構造物でもとても分かりやすい。「新東名ができました,渋滞が解消します」と。ところがダムは,使う側にとっては非常に分かりづらいのです。
入江 建設会社も造るだけではなく,ダムの目的がどういうことだというのを伝えていくことが重要です。
高田 はい。それで「皆さん方が飲まれている水はここから来ているんですよ」と言ったら,「えっ,このダムの水を飲んでいるの」と。全然知らなかったと言うのですね。
入江 正しく理解してもらうのは実際かなり難しい。昔の人は必要だと分かれば,たとえ壊れても造り直す。狭山池では8回も造り直したといいます。それほど大事なのです。それを行ったのは重源や行基といった当時の高名なお坊さんだったといいます。優秀な土木技術者でもあったのです。

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すそ野を広げるさまざまな活動

中野 いま小学校で社会科を習っても,中高で受験科目から外れています。じかにダムに触れるのは小学生だけで,そのまま大人になってもダムの効用がなかなか分からない。そんなところにも問題がありそうです。その意味でも,一般人でダムを愛好するダムマニアと呼ばれる人たちの存在は大切です。
高田 そういう理解してくれる仲間を増やしていくということですね。
中野 最近,ダムマニアの方が「ダムナイト」というトークイベントをやっていますが,ダムを一般人の目線で説明してもらうと,非常に分かりやすいのです。
西山 彼らは本当によく知っている。
中野 ダム協会でもパイプ役として「ダムマイスター」を任命し,ボランティアでダムのPRをやってもらっています。現在2期目で32名登録されています。「ダムカード」というのもダムマニアさんのアイディアでできました。全国各地のダムめぐりをすると一人1枚ずつもらえるという,カード集めです。

高田 ダムは遠くにあって,すぐには見えないインフラですから,現地に行ってもらわないと素晴らしさや役割は分からない。ダムカードが出かけてもらうきっかけになるといいですね。
西山 最近の新しいダムは昔ほど山奥ではない,里ダムが増えてきました。展望台をつくれば,建設途中から見てもらうことができます。そういう努力もされてきている。見せることが一番の理解につながるのでしょう。
中野 神奈川県の宮ヶ瀬ダムはいろいろな技術を盛り込んでおり,最終的に観光地として,周辺整備もきちんとされていて本当に素晴らしいですね。
高田 あれは正解でした。周辺環境を大切に保全したのはよかったです。自然公園内の観光地として今でも美しく保たれている。
中野 ダムを造った後,地元の人たちが工夫して地域を活性化しています。
入江 上高地に大正池というのがありますね。大正池は土砂崩れで溜まってできたせきとめ湖です。放っておけば流れてしまうけれど,せっかく溜まったので,今はわざわざダムを造って溜めているのです。それで,あれだけの観光資源になっています。
中野 観光資源としてのダムの原型ですね。
入江 これからは協会の現地視察も,工事をしているところばかりでなく,できあがったダムで観光開発したところにも行けばいいのです。奥利根だったら温泉地もあります。
高田 それでダムの堤体の中も見てもらうと,きっと喜んでもらえます。
西山 単にダムを外から見せるだけでなく,例えば堤体の監査廊を案内する。土木構造物の魅力の一つ,非日常性という部分です。そういうことを体験することで,どんどんファンが増えてきます。
中野 そうですね。ダムの魅力と水のありがたみがもう少し分かれば,ダムのありがたみも伝わってくるのでしょう。

写真:ダムカード

写真:宮ヶ瀬ダム(神奈川県)の施工風景

宮ヶ瀬ダム(神奈川県)の施工風景

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日本のダムのこれから

入江 いま世界の人口は70億になろうとして,2050年には90億という国連の試算があります。水はもう足りなくなるでしょう。そのときに水をどうするのか。日本の水に関する技術をもっとうまく使う,そういうことを考えなければならないと思います。
高田 地球規模で考える。日本の将来のため,高度な技術者を維持するためにも,海外でダムを造るのは大切な方法の一つです。日本の技術力を守るために海外展開をバックアップする国の方策も必要になります。
入江 世界中のダムはこれまで岩盤のいいところに造られてきました。これから水不足が深刻になってくると,悪い地盤で良質な材料もないところでもダムが必要になります。日本で考えた低コストで環境に優しいCSG工法は,世界にも役に立つ技術なので,そういう技術の承継も含めて海外で活躍してもらったらいいと思います。
西山 技術も国の大切な財産ですからね。
入江 インフラでは橋梁でも何でも耐用年数がきたら,更新して造り直しますが,ダムの場合は最も耐用年数の長いインフラです。ところが今の償却の考え方というのは,せいぜい30年か40年ぐらい。長期間のストックを評価する方法がなかなかありません。1,000年ももつようなダムのB/C(ビーバイシー)をどう出すのかが求められます。
中野 震災後,水とエネルギーが重要課題になっていますが,インフラの整備予算は削られています。できて50年も経つダムは,きちんと改修していかないといけないのに,そんな時期に削られると大変なことになります。これからは今あるダムを再開発して,長く使わなければなりません。
西山 上手に使い続けないとね。今の若い人たちは,震災が起こるまでは停電も断水も知らなかった。多くの恩恵が実はダムのおかげだったといわれています。ダムというインフラと向き合わなければなりません。
中野 インフラを大切に使っていくための知恵を,技術者の皆さんに考えていただきたいと思います。
高田 その通りです。再開発については国土交通省でもかなり進められています。われわれもいま九州で鶴田ダムを再開発しています。既存のダムとして使いながら,飽和潜水という特殊技術を使い施工するのです。
入江 長く使うための技術ですね。ダム工学会の「ダムが語る1000年物語」でも,その重要性をいっています。今回の津波は1,000年に1回の確率といわれています。治水も同じ確率事象で,われわれの社会生活をどこまで守るか。この考え方が多少説明しやすくなりました。

中野 なるほど,自然災害の確率と向き合うのですね。
入江 ダムの治水計画は100年に一遍ぐらいの確率を目指していますが,「どこまで整備して,どこから先は避難するか」という議論をすることが大事なのです。そして,今までは新たに造る技術だけでしたが,今後は改造する技術などもどんどん開発していく必要があります。
高田 今回の電力不足問題で,揚水発電なども注目されてきました。日本のエネルギーや資源の問題をもう一度考えてダムと向き合う時代になるのでしょう。今日は貴重なお話をありがとうございました。

※Benefit/Cost:費用便益比

Dam photo: 西山芳一

写真:再開発して長く使い続ける鶴田ダム(鹿児島県)

再開発して長く使い続ける鶴田ダム(鹿児島県)

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