オーストラリアとベトナムで,新たな事業基盤が動き始めた。
ここでは新市場における “人と組織”“ビジネスモデル”から,プラットフォームの進化を見つめていく。
新市場参入の足掛かり
オーストラリアは,先進国でありながら,計画的な移民政策により人口増加が続き,平均年齢の若さが維持されている点に大きな特徴がある。また,資源産業から金融,保険,教育,福祉など多様な産業への経済構造改革により,特に都市部の人口が増え続けている。当社は,建設や開発事業を展開する有望市場として,参入の機を窺ってきた。
プラットフォームの構築は,同国の市場や商慣行に精通した企業・人材を有効に活用できるM&Aを前提に,2013年から検討を開始した。折しも,同国の建設業界は,2008年のリーマンショック以降,準大手クラスの多くは財務面での信用力不足から,大型工事の受注が困難な状況。当社が実力のある建設・開発会社を買収することにより,信用力を回復できれば,一気にシェアを獲得できる環境にあった。当社にとっても同国に参入する足掛かりとなる。
2015年,準大手建設・開発会社「Icon」(本社:ビクトリア州リッチモンド)の買収を決定。建設事業と開発事業を統括する現地法人「カジマ・オーストラリア(KA)」をメルボルンに設立し,Icon社はKAグループの一員となった。Icon社は,ビクトリア州(メルボルン近郊),ニューサウスウェールズ州(シドニー近郊),クイーンズランド州(ブリスベン近郊)を中心に,建設・開発の両事業を展開し,得意とする集合住宅分野で数多くの実績を積み重ねてきた。買収先の決め手となったのは“人と組織”。将来有望な若く優秀な経営者や社員を有し,適切なガバナンス体制が整っている企業だった。
「男女問わず若手エンジニアやフォアマン(職長)が現場のキーマンとして活躍しています。元気で明るい社員が多く,上下関係や部署間の垣根を越えて活発にコミュニケーションできる環境です。大学からの研修生も積極的に受け入れ,実務を学びながら活き活きと働いています」とIcon社の特徴を説明するのは,金子智則さん。2016年からIcon社に出向し,プロジェクトコーディネータとして,デベロッパーやコンサルタントとの設計調整から,協力会社の選定・発注,施工計画,工程・品質管理など,様々な業務を担い,多忙な日々を送る。金子さんが担当するのは,ニューサウスウェールズ州シドニーオリンピックパークの超高層マンション「Opal Tower」。現在,2018年8月の竣工を目指し,最盛期を迎えている。このプロジェクトでは,Icon社の豊富な施工実績と金子さんの知見・ノウハウを融合させ,現場設備の自動化や品質管理・検査プロセスを確立させた。「日本とシンガポールで培ってきた知識や経験を活かし,ローカル社員と切磋琢磨しながら,旧来の考え方にとらわれない発想で新しいことにチャレンジしたい」と抱負を語る。
Icon社は,買収後,集合住宅を中心に25件の工事を受注し,6件が竣工済みだ。開発との協業も進んでおり,5件の集合住宅開発に着手した。投資家向けの画一的なものでなく,ユーザのニーズに合わせたプランニングやディテールで差別化を図る。好調な住宅市場を追い風に,業績は堅調に推移している。
多様な収益源確保と事業エリアの拡大
「現在,KAでは特定市場に依存しない安定した事業プラットフォームの構築を目指し,鹿島が保有する技術力を活かして,集合住宅だけでなくオフィスや商業施設分野へと事業を拡大中です」と説明するのはKAの梅原基弘社長。この動きを加速させるため,今年5月に,医療・福祉施設,教育・研究・文化施設,生産施設などに強みを持つ建設会社「Cockram」(本社:ビクトリア州アボッツフォード)を買収し,非住宅分野での競争力を獲得。Icon社が拠点を持たない都市やアジア・米国でも事業を展開しており,事業エリアの拡大にもつながる。
Cockram社のMalcolm Batten(マルコムバテン)社長は「鹿島は,世界各国で優良な事業に投資し,現地の経営陣と協力しながらビジネスを成功へと導いています。鹿島の資金力や技術力は,オーストラリアの建設市場における私たちの地位をより高めると確信しています」と当社の資本参画を歓迎する。今後は,グループのグローバルネットワークの活用による国際事業の拡大にも期待しているという。
Cockram社は中国で,欧米と日系資本による大型医薬品工場や研究所のEPCM※においても豊富な実績を持つ。当社はCockram社の買収を通して,中国での医薬系EPCM事業に進出するとともに,既存の建設事業との連携を深めていく考えだ。また,中国,米国を中心にテーマパークのアトラクション施設も手掛け,BIMを駆使した優れた設計・施工技術を有している。当社グループの既存事業領域との補完性があるユニークな存在で,今後さらに広い事業領域で高品質のサービスを提供していくことが期待される。
「将来的には,建設・開発市場におけるオールラウンダーとして,さらなる成長を促すため,Icon社とCockram社の合併を目指します。経営資源の統合などによるシナジー効果を生み出し,市場環境の変化に柔軟に対応できる強靭な基盤をつくっていきます」と梅原社長は今後の戦略を語る。「Icon社とCockram社,そして鹿島の技術・情報の架け橋となり,グループ全体の施工力の底上げに貢献したい」(金子さん)。こうした人の思いが,プラットフォームを進化させていく。
成長市場を取り込む
カジマ・オーバーシーズ・アジア(KOA)は,1994年にホーチミンのホテル新築工事を皮切りに,ベトナムでの建設事業を展開してきた。近年,同国経済は成長を続け,2016年のGDP成長率は6.1%。東南アジア主要国のなかで,6%台の成長を維持しているのは同国以外ではフィリピンとミャンマーだけとなっている。また,2015年末に発足したASEAN経済共同体は,2018年までに全加盟国の関税撤廃を目指しており,実現すればASEAN内のヒト・モノ・サービスの自由度が高まり,経済のさらなる活性化が期待される。
さらに,同国の平均年齢は30歳前後と非常に若く,コスト競争力がある質の高い労働力を得られることから,製造業などの新拠点として注目を浴び,日系企業の進出が急速に加速。一定の工事量を確保できる見込みが立ったため,2015年に建設事業を担う現地法人「カジマ・ベトナム」をホーチミンに設立した。
合弁会社設立による市場開拓
ベトナムの不動産市場の急速な発展・拡大も好機と捉えた。2016年KOAは同国の不動産・開発会社「Indochina Capital」(本社:ハノイ)との合弁会社「Indochina Kajima Development」(IKD)(本社:ハノイ)を設立することで合意。Indochina Capital社は,同国内で商業施設やホテル,オフィス,住宅など質の高い不動産を手掛けてきた有力企業だ。またKOAは,不動産開発や運営ノウハウを得るため,同社の開発物件でベトナム第3の都市ダナンにある「リバーサイドタワー・コマーシャルセンター」のオフィスと商業施設を取得した。「国内プロジェクトに精通する専門家チームと,グローバルに建設・不動産開発事業を手掛ける鹿島の技術やノウハウが融合することにより,革新的な不動産プロジェクトを作り込んでいきたい。顧客,投資家,そしてベトナムのコミュニティに新たな価値を提供できるでしょう」と語るのは,同社のPeter Ryder(ピーターライダー)社長。まずは,ハノイ,ホーチミン,ダナンなどの主要都市において,ベトナム人をターゲットとする三つ星クラスのホテル開発に注力する。既存のホテルは,個人経営による低品質のものが多く,国際スタンダードで運営され,ブランド化されたホテルは数少なくニーズが高い。将来的には,ベトナム全土で,ホテルをはじめ,サービスアパートメント,住宅,オフィスなど,付加価値の高い不動産開発に取り組んでいきたいという。
IKD社へ出向中の平須賀恵美子さんは,ベトナム,アメリカ,カナダ人のメンバーとともに,各都市のマーケット調査やホテル開発事業の推進などに奮闘中だ。「南のホーチミンと北のハノイではベトナム人の気質が全く異なることや,土地は全て国有財産である社会主義国ならではの法律の理解に苦労しながら,経済成長の真っ只中でのスピード感に追いつこうと必死に毎日を送っています」と話す。日本人1人の環境だが,メンバーとの和気あいあいとした雰囲気が,日々の仕事を充実させてくれるという。「着手中のプロジェクトを無事成功させるとともに,初期メンバーの1人として,ベトナムでのプラットフォームの礎づくりに貢献したい」。
大手建設会社との業務提携
建設事業についても,事業継続性や顧客の新規開拓を目指し,新たな事業基盤づくりが始まった。カジマ・ベトナムは,ベトナム大手の建設会社「Hoa Binh」(本社:ホーチミン)との業務提携契約を結んだ。タンソンニャット国際空港や日系工場などを共に施工して信頼関係を築いてきた企業である。今年6月には,Hoa Binh社の幹部が当社を訪問し,押味社長ほか関係役員・社員との意見交換を行っている。双方が保有する営業資産や施工管理ノウハウ,技術などの情報共有をしていくパートナーであることを確認した。
ベトナムのプラットフォームが動き始めた。今後,建設と不動産・開発事業の協業など,さらなる進化が期待される。