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KAJIMAダイジェスト

SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

CASE10 地域の工法と材料から生まれた手づくりの学校(バングラデシュ)

写真:竹で構成された校舎の2階は教室の奥まで光が差し込む

竹で構成された校舎の2階は教室の奥まで光が差し込む
Photo by Katharina Doblinger

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写真:1, 2階で素材の違う校舎。竹のフレームや色鮮やかなカーテンが楽しげな印象を与える

1, 2階で素材の違う校舎。竹のフレームや色鮮やかなカーテンが楽しげな印象を与える

バングラデシュの北部にルドラプールという町がある。人口密度が高く,貧困層が多く集まる。この,ある村にメティ・ハンドメイドスクールという小学校がある。地元住民が協力して建てた手づくり校舎である。「楽しみながら学ぶ」という教育方針のとおり,見るからに楽しそうなデザインだ。色とりどりの木戸やカーテンがにぎやかな出入り口。風通しのいい室内。竹壁の隙間から差し込む光。いろいろな高さに穿たれた窓。思い思いの時間が過ごせる洞窟のような部屋。遊び心に満ちた学校である。

デザイナーは1977年生まれの女性建築家アンナ・ヘリンガー。彼女は1997年から1年間,ディプシカというNGOのボランティアとしてルドラプールで働いたことがある。1,500世帯の村に派遣され,その地域の教育や健康,農業のあり方を改善する仕事に従事した。その後も年に数週間ずつルドラプールに通い,22歳からオーストリアのリンツ造形芸術大学の建築学科で学ぶことになる。

大学4年生のとき,アンナは3人の学生とともにルドラプールを訪ね,6ヵ月間のフィールドワークを行った。彼女たちは村中をまわって,建物のビルディングタイプ,工法,材料を地図にプロットした。その結果,住宅の壁が薄すぎること,基礎が粗すぎること,庇が機能していないことなどの問題点に気づいた。さらに,村唯一の収入源である農業のための土地が不足していることを発見した。その理由は土地利用に関する計画がなく,流入した人が次々と農地に住宅を建ててしまうためだった。「これは教育の問題だと思ったの」とアンナは言う。

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大学院に進学したアンナは,修士設計としてこの村の子どもたちが現代的な教育を受けられるような学校をデザインすることにした。地図のプロットを参考にしながら,地元の工法や材料で建てられる学校を検討した。この修士設計をかつてボランティアで関わっていたNGOのスタッフに見せたところ,「METI」と呼ばれる近代教育訓練研究プログラムを使って実現させようという話になった。アンナとNGOスタッフは資金調達に1年間走り回り,2005年から学校建設を始めることになった。

2階建ての学校は,1階に3つ,2階に2つの教室を持つ。1階の壁は,泥と土と砂と藁を水で混ぜてつくる「コブ」と呼ばれる地元の材料によってつくられた土壁である。コブは乾燥すると強度を増し,地域の気象条件にあった建物ができあがる。2階は竹で壁をつくり,屋根には鋼材を使った。インテリアには明るい色の漆喰を塗り,光が教室の隅々にまで行きわたるように工夫してある。逆に建物の外側はコブの素材のままである。地面からの湿気を断ち切るために,基礎部分にはレンガとコンクリートを使っているが,それ以外は地元の素材だ。

屋根の庇は大きく張り出していて,モンスーン気候のスコールから壁を守る。室内には,洞窟のように湾曲した壁からなる場所がある。ここは子どもたちが隠れたり本を読んだりすることのできるスペースである。2階の2部屋は階段によって隔たれているだけなので,ひとつの部屋としてつなげて利用できる。

図:校舎

図:アンナが仲間たちとつくった村の調査マップ。後年,学校建設で役立つことになった

アンナが仲間たちとつくった村の調査マップ。後年,学校建設で役立つことになった

写真:コブで塗り固められた洞窟の空間では勉強もはかどる?

コブで塗り固められた洞窟の空間では勉強もはかどる?
Photo by PMK, Bauerdick

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建設にはドイツから技術者が手伝いにきた。リンツの学生も何人か参加した。しかし,その他はすべて村人たちが建設に携わった。学校建設の目的のひとつは,地元住民がコブを使った新しい建設技術を身に付けることだった。地元の工法や材料の使い方をアレンジした学校建設は,材料調達の時間や費用を圧縮できた。結果的に6ヵ月で学校が完成したのである。

村の建物はほとんどが平屋なので,この学校は村の中でも目立つ。「だからこそ建築のプロポーションには細心の注意を払ったの」。アンナのデザインはその後,教員住宅,学校の庭園,生涯学習の教室などに継承された。2階建ての住宅も村のなかに少しずつ建つようになってきた。

アンナは地元のコミュニティが何を望んでいるかをよく理解していた。学校建設に関わった地元住民は「どうすれば強い壁がつくれるのかがわかった」と語っているそうだ。夏に涼しく,風通しがよく,湿気が室内まで上がってこない住宅のつくり方を地域コミュニティが学ぶことが大切なのであり,また彼ら自身が学校のメンテナンスに関わり続けられることが重要なのである。ヨーロッパから来た女性建築家に,近代的な材料を使った学校を期待した人もいたという。しかし,今では村中の人がメティの学校を誇りに思っている。そして,同様の工法で自宅を改修したり建て替えたりする人が増えている。この学校で学んだ子どもたちは,いずれ母校と同じような住宅を建てることになるだろう。

メティ・ハンドメイドスクールは2007年に,建築を通した社会貢献に贈られる世界的な賞「アガ・カーン賞」に輝いた。

図:校舎の断面図。「コブの洞窟」が学校を特別な空間に変える

校舎の断面図。「コブの洞窟」が学校を特別な空間に変える

写真:いろいろな場所に穿たれた手づくり感あふれる窓

いろいろな場所に穿たれた手づくり感あふれる窓


写真:2階部分を覆う竹のフレームが全体にスマートな印象を与える

2階部分を覆う竹のフレームが全体にスマートな印象を与える
Photo by B.K.S Inan

写真:光と風が抜ける,ひろびろとした2階の教室

光と風が抜ける,ひろびろとした2階の教室

写真:何度でも塗り直せる木戸には子どもたちが文字書きを練習した跡が残る

何度でも塗り直せる木戸には子どもたちが文字書きを練習した跡が残る
Photo by Bauteam / BASEhabitat


写真:学校建設を通じて住民たちが独自の工法や材料の使い方を体得したことで,村には新しい建物が増えはじめた

学校建設を通じて住民たちが独自の工法や材料の使い方を体得したことで,村には新しい建物が増えはじめた
Photo by Bauteam / BASEhabitat

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山崎 亮 やまざき・りょう
ランドスケープ・デザイナー。studio-L代表。京都造形芸術大学教授。1973年生まれ。
Architecture for Humanity Tokyo / Kyoto設立準備会に参画し,復興のデザインの研究を行う。
著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社),『震災のためにデザインは何が可能か』(NTT出版)など。
Architecture for Humanityはサンフランシスコを拠点に世界各地で復興や自立支援の建設活動を主導する非営利団体。

参考資料

  • Kristin Feireiss, Lukas Feireiss, Architecture of Change: Sustainability and Humanity in the Built Environment, Die Gestalten Verlag, 2008.
  • Andres Lepik, Small scale, Big change: New Architecture of Social Engagement, Museum of Modern Art, 2010.
  • 参考URL

  • アンナ・ヘリンガーのウェブサイトhttp://www.anna-heringer.com/index.php?id=31
  • メティ・ハンドメイドスクールのウェブサイトトhttp://www.meti-school.de/daten/index_e.htm

(写真・図版提供:特記なきかぎり© Anna Heringer)

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