ホーム > KAJIMAダイジェスト > March 2023:特集 気候変動に伴う激甚化・頻発化に備える 鹿島グループの水害対策 > 3 対策立案

3 対策立案

敷地と建物と要望に合わせて練り上げた水災害予防策を実装する対策工事。ここでは2020年8月に当社の設計・施工で完成した弘前航空電子(青森県弘前市)の止水壁を例に紹介する。

図版:弘前航空電子洪水対策工事

弘前航空電子洪水対策工事

場所:
青森県弘前市
発注者:
弘前航空電子
設計:
当社建築設計本部,東北支店土木部
用途:
洪水対策用止水壁
規模:
鋼矢板製止水壁延長1.2km 
アルミ製止水門×4門 
場外排水施設×10ヵ所
工期:
2020年4月~2020年9月
(当社東北支店施工)

敷地を取り囲む止水壁の建設

弘前航空電子では大雨時の浸水被害を防ぐため,工場敷地をぐるりと囲む,高さ3m,総延長1.2kmの止水壁を建設。当然のことながら,既存の工場施設群は止水壁建設を前提とした配置ではなく,詳細調査の結果,敷地境界から敷地内の特別高圧受変電設備までの距離が70cm程度しかない場所もあった。実施計画検討の末,狭隘敷地での施工性などを含む総合的な観点から,止水壁構造は鋼矢板を選択した。

敷地外からの見え方についても設計段階でパースでの検証などを行い,近隣への威圧感の軽減や美観を考慮した結果,押出形成セメント板とガルバリウム鋼板を用いた外装を施すこととした。外装材は地震や洪水時の揺れを許容する構造の検討によって災害時の耐久性を担保するとともに,流木などが衝突,破損しても容易に取り換え可能なディテールを採用。エンジニアリング面が関心の中心となる災害対策であっても,デザイン性,メンテナンス性も考慮した提案を心掛けた。

要望工期の実現

止水壁の建設に当たっては「次の台風シーズンまでに対策を完了する」との目標が掲げられた。工事の受注が決まってから半年後の完成である。実現には施工の人員確保や組織などを考慮し,調達を含めた施工工程を最大限短縮できる工法を選定しながら実施設計を進めていく必要があった。工事事務所を率いる所長には,おながわまちづくり(宮城県牡鹿郡女川町)をはじめとした東日本大震災の復興事業の経験者を任命。復興の現場で採用された,設計が完了したものから順次施工を開始して工期を短縮するファストトラック方式の経験がここでも活かされた。設計,施工,調達,積算と綿密に連携しながら,性能に加えて工期とコストの実現を叶える実行力は,総合建設業を中心とした当社グループの強みといえよう。

操業を止めない工事計画

工事は施工中を含め,毎日24時間連続稼働を実施する工場の生産能力を一切低下させることなく完了した。施設を使いながらのリニューアルや耐震補強,敷地内建替えなどの「居ながら®」工事を数多く経験している当社の知見に加え,工場で働く従業員と管理者,現場担当者間の丁寧な意思疎通なくしては実現しなかった工事計画である。

図版:工事に携わった当社メンバー。最前列左から3人目が武地真一所長。東北支店に飾られた「唐美人図」は,弘前ねぷたまつりでの同社のねぷた絵

工事に携わった当社メンバー。最前列左から3人目が武地真一所長。
東北支店に飾られた「唐美人図」は,弘前ねぷたまつりでの同社のねぷた絵

改ページ

VOICE サプライチェーンを守るBCM対策

スマートフォンや自動車などあらゆる電子機器に使われている電子部品コネクタ。
その国内売上トップ,日本航空電子工業のグループ会社で,
グループ最大のコネクタ生産拠点である弘前航空電子の橋本社長に,
止水壁建設についてお話を伺った。

写真

止水壁を背にする橋本社長。止水壁には近隣の方々との融和を図る活動の一環として,市内の小中学校の子どもたちの絵を掲示している

止水壁設置決定の経緯

2019年秋,航空電子グループの自然災害に対するBCM(事業継続マネジメント)について再点検と議論を行い,弘前航空電子の洪水リスクが検討事項に上がりました。当社グループが国内5ヵ所に置く生産拠点のなかでも,主力製品であるコネクタの生産は弘前航空電子が最大の拠点です。ここがもし何らかの災害,水害などで被災し生産に影響が出てしまうと,取引先やその先のユーザーの皆様にご迷惑をおかけしてしまう。そのような事態は断じて許されないという思いから,堅固な対策の検討を始めました。

当社社屋の敷地は一級河川の岩木川と平川に東西を挟まれています。ハザードマップ上で50cmから3mの浸水想定地区に指定されており,当社設立以前には1958,60,75,77年に洪水が発生し,市内に甚大な被害が発生しています。その後ダムの増設や堤防の整備が行われましたが,近年の異常気象により全国で豪雨災害が頻発していることから,翌年の台風シーズンまでの水害対策完了を決定しました。

鹿島選出の決め手

ハザードマップで示されている最大値である3mの洪水を想定したうえで,「工場敷地への浸水を防ぐ」という他社の工場でもあまり例を見ないような対策についてどのような具体策が可能か,まずは当社グループ内で検討を試みたものの,なかなか妙案が浮かばない状況でした。そこで国内有数の総合建設業者さん数社に案を提出いただきました。そのなかで「高い止水技術」「きめ細かい建設計画」「次の台風シーズンまでに竣工できる工期」および「建設コスト」など,当社の要望に対してトータルで納得性の高い提案をいただいた鹿島さんに最終的にお願いすることにしました。

改ページ

2022年夏に発生した集中豪雨時の対応と
そこから見えてきた今後の課題

ハード面においては工場敷地内への浸水を確実に防ぐ止水壁を設置・建設していただきましたので,ソフト面では私ども社内において大雨の際の対応マニュアルを整理し,対策本部の設置や止水門の閉鎖手順などをルール化しました。年一回の訓練も実施しています。そういったなかで昨夏,実際に止水門を閉鎖するほどの豪雨に直面しました。8月9日の昼のことです。

翌10日までの工場の操業停止を決定し,生産業務に当たっていた約250名には安全確保のため退社を指示し,止水門を閉鎖しました。閉鎖後も4名が工場に残り,昼夜を通して監視作業に当たりました。

このときは大きな被害に至らずに済んだのでよかったですが,もし実際に構内で異常が発生した場合には,4名体制での対応は厳しいだろうという気付きがありました。ほかにもバルブ閉鎖後のトイレ使用や,夜間の暗い時間帯になると河川水位など敷地外の情報が得られなくなる問題など,「あれが足りない,これが足りない」「こうしたほうがいい」という課題が実際の対応を経験したことでいくつか見えてきました。この度の経験を今後に活かしていけるようマニュアルの更新を図っています。

鹿島グループへのメッセージ

今回の止水壁工事では,単なる洪水による浸水を防止する壁の建設ということだけではなくて,排水インフラからの逆流防止対策や,豪雨により構内に溜まる水,雨水の排水対策などきめ細かな提案をいただきました。また止水壁というハード面のみならず,実際の洪水を想定した止水扉の閉鎖手順や,排水バルブの閉鎖手順などのソフト面での指導もいただきました。これは当社工場建設に一期工事から携わっていただき,工場の実情をよくご理解いただいている鹿島さんのご経験によるものだと思っています。

今後も当社グループの事業がさらに飛躍していくに当たり,新規施設の建設,既存施設のメンテナンスなどの面で,よきビジネスパートナーとして適切なアドバイスをいただけることを期待しています。

図版:4ヵ所に設置した止水門は各約4.5tの重さがある。閉門に要する時間は約6分

4ヵ所に設置した止水門は各約4.5tの重さがある。閉門に要する時間は約6分

ContentsMarch 2023

ホーム > KAJIMAダイジェスト > March 2023:特集 気候変動に伴う激甚化・頻発化に備える 鹿島グループの水害対策 > 3 対策立案

ページの先頭へ