プロジェクトストーリー
東日本大震災からの復興支援プロジェクト。
最終処分場「クリーンセンターふたば」を再稼働へ。
【プロジェクトストーリー01】2011年3月に発生した東日本大震災における、東京電力福島第一原子力発電所の事故で、近隣の住民の方々は避難を余儀なくされました。鹿島は人々の生活を取り戻すために、これまでさまざまな震災復興事業に取り組んできています。当時、除染工事に伴い発生した大量の除去土壌や廃棄物はフレコンバッグに詰められ、県内各地の仮置場等に保管されていました。私が2019年に参加した、「中間貯蔵(大熊1工区)土壌貯蔵施設等工事」では、除去土壌等を最終処分するまでの間、安全かつ集中的に管理・保管する施設として大熊町に中間貯蔵施設を整備し、除去土壌等の輸送・受入分別・貯蔵を行いました。引き続き、2020年、復興を加速するため着手されたのが、東日本大震災以降10年間稼働を停止していた一般・産業廃棄物の最終処分場、「クリーンセンターふたば」を整備・再稼働する工事でした。
新たな生活開始に伴って生じる生活ごみの処理先を。
国内に類例のない長期間放置された処分場の復旧工事。
【プロジェクトストーリー02】双葉郡内の住民の方々の帰還が進む中、生活に伴って生じる生活ごみ・廃棄物の処理先を確保することは喫緊の課題の一つでした。「クリーンセンターふたば」は2000年に最終処分場として当社施工によりつくられた施設であり、2011 年に東日本大震災により稼働を停止し、約10 年間放置された施設でしたが、地域情勢として双葉郡における一般廃棄物(生活ごみ)処分場の運用見込みが2027年までとなっており、将来的な生活ごみ処分先の確保に課題が背景にありました。この長期間放置された既存の処分場の復旧は国内に類例のない工事となりました。私は2020年に工事着工に合わせて現場に赴任。浸出水処理施設や調整槽、埋設管渠など既存施設の復旧全般に加え、施工中の環境管理、将来を見据えた新たな埋立地の拡張、新築建屋の建設工事など多種多様な工種の担当者として、施工管理業務に携わりました。印象に残っているのは、施設内に溜まった浸出水から、一部、自主放流基準を超える放射性濃度の物質が検出されたこと。検討を進め、施設の各所で対策を講じること、適正な薬剤使用量の調整などで、放流水濃度の基準値内への低減を実現し、プロジェクトを前に進めることができました。
課題山積、厳しく苦しい局面を乗り越えた。
工事の進捗に合わせて成長を実感する時間だった。
【プロジェクトストーリー03】過去に類例がなく、開業時期も決められた中での工事だったため、多種多様な課題が山積みで、発注者含め社内外関係者と試行錯誤する日々は、厳しく苦しい局面の連続でした。そんな中でも、「チーム鹿島」として一体になり、周囲の助けによって工事を着実に進めることができました。工事の進捗と合わせて、自身の成長を実感できる時間でもあったと思います。東日本大震災は、関西出身の私にとって、当時はテレビの向こうの出来事でした。しかし、今回のプロジェクトを通して、震災が現地に与えた計り知れないインパクトを痛感しました。工事は大きなトラブルもなく順調に進み、2023年3月竣工、6月から本格稼働が始まっています。竣工後には、発注者から感謝のメールをいただきました。「全力で取り組んで良かった」、心からそう思いました。本施設が福島県の震災復興を加速させる重要な一つのピースとなり、自らも一日も早い震災復興に貢献できていれば、こんなに嬉しいことはありません。
※原稿は取材当時のものです。