現在,英国でのPFI事業への対応は,KE傘下のKajima Partnerships Ltd(KPL)が,43名の陣容で行っている。
これまでの実績を礎に,新たな舞台でプロジェクトに挑む姿をレポートする。
新たなスキーム“PF2”
2010年5月6日,英国で総選挙が行われ,これまで政権を担ってきた労働党が第2党に転落した。保守党は第1党となったが,過半数確保ができず自民党との連立に合意,保守党のキャメロン党首を首相とする連立政権が誕生した。連立政権が生まれるのは1945年以来となる。テレビは,13年ぶりの政権交代を繰り返し流していた。「何となく日本で見ていたニュースが,まさか自分の仕事に直接関係する話になるとは想像もしていませんでした」と,当時を振り返るのはKPLで取締役を務める前田正純さんだ。支店での現場事務から,開発事業本部,人事部とキャリアを積み上げ,2011年にKEに赴任し,現在PFIを含む不動産開発や投資事業を担当している。
二大政党制が根付いている英国では,政権交代による政策転換は,様々な事象に影響を与えることを歴史が教えてくれている。特に公共サービスを提供するPFIへのインパクトは大きい。前田さんの赴任に合わせるように,政府はPFIの抜本的な見直しを表明した。2008年の金融危機によるPFI市場縮小,事業の透明性や調達コストへの疑念などに対応する改革が始まる。PFI事業会社(SPC)に対する政府出資を軸とする“Private Finance Two(PF2)”という新たなスキームだ。これまでSPCは,民間企業の出資と銀行借入れにより資金を調達するのに対し,PF2は公共セクターもSPCに出資するのが特徴。これにより政府機関が,SPC内部の情報を得やすくなることに加え,従来SPCが選定していた借入先の金融機関を,政府が入札により選定し,これまで以上に透明性を確保していくことが狙いとなる。
複雑な調整業務
KEは,いち早くPF2への準備を開始する。ロンドン近郊の複数の学校を建替えるプロジェクトがターゲットとなる。英国教育省がイングランドの全学校施設を総点検した結果をうけて,老朽化対策の優先度が高い7校のセカンダリースクールを建替え,25年間の建物管理を行う事業だ。「誰も経験したことのないスキームへの対応となります。様々な関係者との調整に最も苦労しました」と話すのはCraig Smailesさん。KPLのProject Directorとして,長年にわたり入札業務を指揮してきた。
PFI事業は,関係者が複数にわたり,施設を建設してサービスを提供するため,SPC内外での責任分担の取決めや,数多くの契約を締結するなど,様々な利害関係者との調整業務が多くなる。PF2では,公共セクターが出資者に加わることから,官民双方で調整確認のための項目がさらに増えるのだ。2013年,KPLを含む事前資格審査を通過した3社が決定。各社が競い合うように最終入札に向けて準備を開始する。英国のPFIは,入札から契約まで数年かかることも珍しくない。そのため,入札に参加する民間企業の負担が大きく,従来から課題の一つに挙げられていた。「PFI改革のなかで,入札公告から優先交渉権者の選定までの期間を短縮する取組みが実施されましたが,交渉ごとが絡むと一朝一夕にはいかないものです」(前田さん)。
KEグループの強みを活かす
このプロジェクトでは,入札から契約までのプロセス短縮を狙って,7校のうち1校についての設計提案をベースに,他の6校にも同じ設計コンセプトを引き継ぐ方法が採用されたが,簡単には進まなかった。日本国内と同様に,建設市場の過熱感から建設工事費は上昇の一途をたどっていたからだ。In order to win the bid, cost competitiveness was absolute requirement.〈入札に勝つためには,コスト競争力が絶対条件でした〉と,Craigさんは語る。そのため,KEが不動産開発事業やPFI事業を通して保有していたライフサイクルコスト,積算や施工を専門とする社員が持つ建設コストなど妥当性の判断に必要なあらゆる情報を用いて,関係者との調整を行った。これまでの実績で培ってきたコンサルタントとの太い人脈も活かしていく。また,設計や施工,建物管理を発注する英国大手ゼネコンInterserve社には,KPLと共に出資者としてプロジェクトに参画してもらい,配当というメリットを得てもらうスキームとした。それでも,想定していたコストと契約直前の見積額には乖離が生じてしまった。Craigさんは,7校の施工を同時並行で進めると共に,資機材調達の一元化や有効利用,人員配置の適正化により,工事管理コストを圧縮するというアイデアで見積額を想定内に納めていった。「Craig さんのKEグループの強みを活かした情報収集力,粘り強い交渉,そして新たな発想を提案する姿に,多くのことを学びました」(前田さん)。
入札することを決めてから20ヵ月後の2015年3月にKPLは契約締結に成功。PF2を適用した2番目の事例となった。現在は,基礎工事中で,2016年11月の竣工を目指して工事が進んでいる。「7校全てが同一敷地内の建替えであり,先生や生徒の動線確保,安全確保を最優先に工事を進めています。学校が休みのタイミングにあわせて引き渡しを行うことが決まっているので,厳しい工程管理が求められますが,これからが本番,気を引き締めて頑張っていきます」(Craigさん)。
PF2スキームのポイント
・民間事業者のほか, 公共部門も10% 程度の出資を行う
・SPCの借入先についても入札により金融機関を決定
プロジェクト概要
ハートフォードシャー, ルートン及びレディング地区学校PF2プロジェクト
- 場所:
- ロンドン郊外
- 発注者:
- Education Funding Agency(英国教育省傘下の組織)
- 用途:
- セカンダリースクール
- 規模:
- S造 3F 生徒数約1,000~1,500名(7校の建替え事業) 総延べ67,103m2
- 総事業費:
- 約240億円
新たな市場に挑む
スコットランドのエディンバラ空港から南に3km程行くと,ビジネス・産業分野で国際的に高い評価を受けているHeriot-Watt大学の一角に,鉄骨建方を進めるシーンが目に映る。スコットランド政府がPFI事業で計画した血液センターの建設現場である。
KPLは,これまで中央省庁,主に英国教育省や保健省の事業に参画し,数多くの学校や病院を手掛けてきた。ただ,PFIの市場は中央省庁に限ったものではない。英国は“United Kingdom of Great Britain and Ireland”という正式名のとおり,イングランド,ウェールズ,スコットランド,北アイルランドという4つのカントリー(国)からなる連合王国である。各議会,政府,自治府が,独自にPFI事業を展開しており,そのなかでも,スコットランド政府の事業は,2014年3月現在の政府・省庁別PFI事業費総額では,教育省,防衛省,交通省,保健省に次ぐ規模となっている。この市場は,KPLにとって魅力的で,イングランドでのノウハウを活かして,市場参入の機会を探ってきた。2013年に,エディンバラ郊外にある第三者が運営中の「ウエスト・ローシアン学校」に資本参加。「スコットランド血液センター」は,入札から参画したスコットランド第1号案件である。
この事業は,スコットランド国内に点在する老朽化した血液供給施設を統合し,血液検査から輸血用血液の調製・供給までを担う血液センターを整備することで,安定的かつ効率的に安全な血液供給サービスを実現していくことを目的としている。2016年9月に竣工予定で,運営期間は25年となる。
顧客ニーズを第一に
「WHOが定める薬品製造管理に関する世界基準“GMP(Good Manufacturing Practice)”に適合することは当然ですが,センターの各セクションが効率良く業務を遂行できる動線確保,将来的に基準などが変更になった時の可変性,生産性向上と運用コスト削減など様々な要件を満たす必要がありました」と説明するのは,数多くの病院プロジェクトで実績を積んできたKPLのProject Director Richard Coeさん。プロジェクトリーダーとして,コンソーシアムの組成,要求仕様にあった設計コンセプトづくりに奔走した。多くのプロジェクトをとおして信頼関係を築いてきた建設会社「Interserve社」とタッグを組み,共同出資者となることを決める。設計は,スコットランドで豊富な実績を持つ「Reiach and Hall社」へ依頼。また,血液センターという特殊な施設ということもあり,医療に関する専門的なエンジニアリング力が必要になると想定し,エディンバラ大学の細胞研究施設などで高い評価を受けた設備コンサルタント「Buro Happold社」に声をかけた。
「スコットランドには,NPDという独自のPFIスキームがあります。ただ,スキームを意識するより,顧客ニーズを第一に考えるというイングランドで貫いてきた信念に基づき,チームメンバーを決めました。全員が自分の役割を理解し,プロフェッショナルとして仕事をしてくれた」と,Richardさんは入札準備をしていた3年前を振り返る。その結果,生産性の向上や将来の可変性を視野に入れると共に,英国の環境影響評価基準であるBREEAM(日本のCASBEEに相当)のExcellentを取得するなど環境にも配慮して,柔軟性・サステナビリティ性を併せ持つ施設の提案につなげた。
入札交渉が最終局面を迎えた2014年9月18日,プロジェクトメンバー全員にとって緊迫する時間が流れた。スコットランド独立国民投票が行われた日だ。独立賛成となれば,これまでの努力が全て水の泡と消える可能性もあった。反対が僅差で上回り現状維持。10月8日,契約締結を無事に迎える。
We don't change our belief wherever we are.〈国が変わっても,信念は変えない〉Richardさんたちの思いが通じた日だった。
プロジェクト概要
スコットランド血液センター
- 場所:
- スコットランド エディンバラ
- 発注者:
- NHS National Services Scotland(スコットランド政府傘下の組織で,専門的な医療サービスを提供する機関)
- 用途:
- 血液センター
- 規模:
- S造 3F 延べ10,485m2
- 総事業費:
- 約55億円