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宇宙の謎に迫るトンネル工事

東京大学(宇宙線)大型低温重力波望遠鏡施設(掘削その他)工事

岐阜県北部,富山県との県境に位置する飛騨市神岡町は,
北アルプスの支脈に囲まれた自然豊かな町。かつては鉱山の地として栄え,
現在は「スーパーカミオカンデ」が立地する一大科学拠点として名高い。
ここで新たな科学実験空間として「重力波」を観測するためのトンネルが構築されている。
科学技術の発展に資するため,日夜作業を続ける現場を紹介する。

図版:地図

【工事概要】

東京大学(宇宙線)大型低温重力波
望遠鏡施設(掘削その他)工事

場所:
岐阜県飛騨市
発注者:
国立大学法人東京大学
設計:
サンコーコンサルタント
規模:
トンネル延長7,800m
(アームトンネル—延長3,000m×2
掘削断面積15m2/作業坑—延長880m
掘削断面積15m2/実験基地等—延長920m
掘削断面積15〜135m2
中央排水,床コンクリート,仮設工一式
工期:
2011年12月〜2014年3月

(中部支店施工)

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宇宙科学最先端の町で

神岡鉱山の歴史は古く,起源は奈良時代に遡る。2001年に鉱量が枯渇するまで亜鉛や鉛,銀などを産出し,東洋一の鉱山とも謳われた。この地にニュートリノ観測施設「カミオカンデ」が建設されたのは1983年。世界初のニュートリノ測定に成功し,小柴昌俊博士はこの功績で2002年にノーベル物理学賞を受賞している。以後も後継機「スーパーカミオカンデ」や「カムランド」などが建設され,宇宙科学最先端の地として知られるようになった。

ここで現在進められているのが「大型低温重力波望遠鏡“かぐら(KAGRA)”」の建設工事である。KAGRAは東京大学宇宙線研究所が計画する「重力波」の観測装置で,当社が神岡鉱山内で掘削中のトンネル内に設置される。重力波とは,重力による時空のゆがみが波のように伝わっていく物理現象のこと。超新星爆発のような激しい天体現象に伴って発生する。重力波の検出により様々な宇宙の謎が解明されると期待されているが,これまでに検出されたことはない。「宇宙は奥が深い。宇宙の歴史を富山と金沢の距離とすれば人類の歴史は5cmに過ぎないというわけですからスケールが違います」と笑うのは,監理技術者の川野広道工事課長。工事を機に宇宙科学に興味をもち,様々な講演会にも足を運んでいるという。「一刻も早く観測を始めたいという研究者の皆さんの期待を感じています。世界初の重力波検出に貢献できるよう現場一丸で工事を進めています」。

図版:宇宙科学最先端の町,神岡町

宇宙科学最先端の町,神岡町

図版:川野広道工事課長

川野広道工事課長

トンネルは,実験基地を設ける大断面トンネル(断面積15〜135m2,延長920m)と小断面のL字型アームトンネル(断面積15m2,延長3,000m×2)で構成される。実験基地部分の掘削はほぼ完了し,現在,L字型アームトンネルの掘削が進められている。「一口にトンネルといっても断面の大小で苦労は異なる。小断面のほうが難しい」。40年を超える現場経験をもつ花田則昭所長は,これまでに11本のトンネルを手掛けてきた。この工事では掘削断面積15m2から135m2まで10種類以上の断面を施工するが,大部分が15m2の小断面トンネル。坑内では重機が行き違えないため,離合場所を拡幅して設置しなければならない。換気などの設備を据えるにも拡幅が必要で,使用重機が限られる。人と重機が近いため安全にも一層の配慮が必要になる。

図版:研究施設の概略図

研究施設の概略図
中央エリアは計測機器などが鎮座する大空間トンネルで,2本のアームトンネルは15m2の小断面トンネル。設置した真空管にレーザー光線を通して重力波を計測する

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長孔発破と大型機械で急速施工

工事にはNATMが採用されている。山岳トンネル工事では一般的な工法である。ドリルジャンボで切羽を削孔し,装てんした爆薬を発破させて硬い岩盤を切り崩した後,掘削ズリを坑外に搬出してトンネル内の壁面を吹付コンクリートで補強する。このサイクルを繰り返して掘削していく。

現場の大きな特徴のひとつが,長孔発破を採用したこと。発破は2mずつ行っていくのが一般的だが,ここでは4mと通常の倍の距離を発破していく。長孔発破には,「平成19年度 熊野尾鷲道路逢神曽根トンネル工事」(三重県尾鷲市〜熊野市,2012年竣工)の経験が活かされている。花田所長をはじめとする所員が当時国内最長である6.05mの長孔発破を成功させ,7.2mを超える発破も記録した。「発破では,削孔精度と火薬量,削孔パターンをいかに組み合わせるかが重要。このノウハウなしには長孔発破は難しい」と花田所長。口径や爆発させる順序,タイミングなどを定めた削孔パターンを決めることで,安定した施工を行えるという。

もうひとつの特徴が,大型重機の使用だ。爆薬を装てんするために削孔するドリルジャンボは国内に数台しかない最高性能のものを使っている。ズリ出し用の重機は,断面40m2級に対応した25tダンプと通常の倍の能力をもつ電動式シャフローダーを使用。長孔発破と組み合わせることで離合時間の無駄を省き,サイクル数を減らして急速施工を促す。

ズリ出し後の路盤の高さ管理を任されているのが,小橋敬造工事係。仕事が楽しいと話す2年目の若手社員だ。「実験施設ということもあり高い精度を求められますから,計測に間違いがないよう品質には細心の注意を払っています」。要求される縦断勾配は0.3%。1mあたり3mmの勾配がつくように,日々指導を受けながら測量に精を出す。

「これまでの月進距離は最大で250mほど。300mまで伸ばしたい」と川野工事課長。月に150mほど進むのが通常で,200m進めば急速施工に分類されるという。長孔発破と大型重機の組合わせは,大きな成果が出ている。

図版:「平成19年度 熊野尾鷲道路逢神曽根トンネル工事」で当時国内最長である6.05mの長孔発破に成功

「平成19年度 熊野尾鷲道路逢神曽根トンネル工事」で当時国内最長である6.05mの長孔発破に成功

図版:花田則昭所長

花田則昭所長

写真:小橋敬造工事係

小橋敬造工事係

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トンネル掘削施工サイクル

図版:トンネル掘削施工サイクル

写真:中央エリアを削孔するドリルジャンボ。国内最高性能のものを使用

中央エリアを削孔するドリルジャンボ。国内最高性能のものを使用

写真:ズリ搬出用25tダンプ。空間が狭く通行もぎりぎり

ズリ搬出用25tダンプ。空間が狭く通行もぎりぎり

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掘ってみなければわからない

もうひとつ,花田所長が重視したのが換気計画。健康面はもちろん,視界不良が安全作業を妨げるため,トンネル工事では換気が重要になる。特に小断面トンネルは,空間体積が小さく空気が汚れやすい。現場では当初,アームトンネルのうち3kmを片押し施工するXアームトンネルについては,ズリ出し時の安全性と換気の問題から,坑道にレールを敷設しバッテリーロコでズリを搬出するレール工法の採用を検討していた。この工法は施工速度こそ速くないが,電動で排気ガスが発生せず軌道を走るため粉塵も発生しない。しかし,レール工法の施工速度では工期中の完成が難しいと考えた花田所長は,工事中の濁水を極力少なくする清濁分離方法の確立と走行路の安全確保,粉塵防止を目的として路盤に仮コンクリートを打設することを発注者に申し入れた。この設計変更が認められ,大型重機を使用する急速施工につながった。「最近のトンネル工事は,機械力により工事の成否が大きく影響されるため目標に向かってどのような機械を使って施工していくか,大切なのは企画力です」と花田所長。従来の方法にとらわれず,施工計画をしっかり立てることが重要だという。

図版:大空間から小断面アームトンネルの写真。断面の大きさが異なるのがわかる

大空間から小断面アームトンネルの写真。断面の大きさが異なるのがわかる

図版:仮の床コンクリートを打設したアームトンネル

仮の床コンクリートを打設したアームトンネル

図版:換気設備はトンネルを拡張して設置

換気設備はトンネルを拡張して設置

図版:大量湧水の様子

大量湧水の様子

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順調に進んでいた工事だったが,2013年3月20日,大きな壁にぶつかった。大量湧水である。「ボーリングで水を抜きましたが,量が多すぎる。濁水は放流できませんから,急遽プラント設置を手配しました」と対応した栗山和之工事係はいう。現場は,神岡鉱山の所有者である神岡鉱業から1時間あたり180tの濁水を処理できるプラントを借りて工事を進めていたが,湧水は1分で10t以上。処理が追いつかず工事を止めざるを得なかった。「神岡鉱業さんからの情報もあって事前に地盤を把握していましたが,予想していた断層に到達する前に水が出た。実際に掘ってみなければわからないというのが正直なところです」と栗山工事係。「湧水に限らず,自然を相手にしていますから,不確定要素に左右されてしまうのは宿命です。いかに対応していくか。そこが土木の難しさであり,魅力でもあります」。

濁水処理プラントは4月4日に無事完成し,トンネルの掘削を再開した。工事は2014年3月まで続く。重力波の観測開始は,2017年度を予定している。

図版:栗山和之工事係

栗山和之工事係

図版:完成した濁水処理プラント

完成した濁水処理プラント

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重力波とは

重力波とは,重力による時空のゆがみが波のように伝わっていく現象のこと。アインシュタインの一般相対性理論から予言された物理現象で,超新星爆発やブラックホールの衝突,ビッグバンなど巨大な質量をもつ天体が運動するときに発生する。重力波はすべてを貫通しながら光の速度で伝わり,減衰しない性質をもつと考えられているため,光や電波では観測できない現象が解明できると期待されている。これまでに直接観測されたことはない。

重力波の観測は距離の測定で行う。トンネルに設置した真空管に直角二方向光に分けたレーザー光線を通し,観測装置の両端に取り付けた鏡の間を往復させる。重力波が到来すると空間の伸び縮みに伴って鏡の間の距離が変化することになる。重力波の通過で変化する距離は,地球と太陽の間が水素原子1個分変化する程度。まさに天文学的数字だ。

図版:重力波とは

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