ホーム > KAJIMAダイジェスト > November 2020:ミニチュア・ワンダー・ランド

ミニチュア・ワンダー・ランド

マンハッタンの記念碑

改ページ
図版:摩天楼でひと際優雅なクライスラー・ビルディング

摩天楼でひと際優雅なクライスラー・ビルディング

ミニチュアのマンハッタニズム

20世紀初頭,ニューヨークのマンハッタン島は,高層ビルが過度に集積する先例のないメトロポリスへと変貌する。

垂直方向へと伸びる高層のオフィスビルは,コンパクトに都市的な機能のすべてを内包する,いわば「都市のなかの都市」である。建設技術の進歩とともに,エレベーターなどの移動手段,さらには電気の大量供給を前提として誕生した新しいビルディングタイプであるとみて良いだろう。

マンハッタンにあっては,1902年に竣工したフラット・アイアン・ビルディングなどが先駆けとなった。その後,あいついで高層建築が計画されるなかで日照問題が顕在化する。課題を解決するべく1916年にゾーニング法が制定されたことを受けて,いずれのビルディングも類似の立面をとらざるを得なくなる。すなわち基壇部分を広くとりつつ,上方に向けて階段状に層を重ねつつ,頂部を尖塔とする構成である。ニューヨーク独自の摩天楼の基本形が,ここに成立した。

各ビルは,高さを競い合った。クライスラー・ビルディングが竣工したのは1930年。建物は高さは282mで工事を終えていたが,世界一の高層ビルの座を獲得するべく尖塔を建造して設置,最終的に総高319mを確保した。

しかし翌年に竣工したエンパイア・ステート・ビルディングに,高さ世界一の座を明け渡す。エンパイア・ステート,すなわち「帝国州」は,ニューヨーク州の別名である。都市そのものの名を冠とするビルディングであったわけだ。また最頂部にツェッペリン飛行船の係留施設と発着場を設ける構想があったというが,実際の運用には至らない。

高さだけではない。各ビルは装飾美をも主張し合った。マンハッタンでは,機械を連想させる幾何学的な構成美や,スピードを連想させる流線型の意匠を特徴とするアール・デコ様式が広く用いられた。たとえばクライスラー・ビルディングの優雅な頂部のデザインは,自動車のラジエーターグリルをイメージしたものともいう。またライティング技術の進歩もあって,各ビルは投光による演出を採用,他都市にはない美しい夜景を人々に提供した。「過密」が生み出したスカイラインは,マンハッタンの文化的所産となる。

摩天楼のミニチュアから,私たちは20世紀前半のマンハッタニズムを想起することができる。

図版:WTCを眺めつつ,世界平和を祈念する

WTCを眺めつつ,世界平和を祈念する

グラウンド・ゼロ

ニューヨークでは,新旧のワールド・トレード・センター(WTC)のミニチュアが,土産物として販売されている。

ローワー・マンハッタンの一画を占めるこの界隈には,かつて電子部品を扱う店舗が集積,「ラジオ・ロウ」と呼ばれていた。港湾公社が再開発を実施,超高層ビル街を建設するにあたって,この地は「ワールド・トレード・センター」と命名された。1939年に実施されたニューヨーク万国博覧会に建設されたパビリオンの名称に由来するものという。

WTCは7つの建物群から構成された。中核となる110階建てのツインタワーは,日系アメリカ人ミノル・ヤマサキが設計したものだ。1973年4月4日の開業時には,オフィスビルとして高さ世界一を誇った。一辺208フィート(63.4m)の正方形平面からなる2棟の直方体が林立する風景は,マンハッタンのランドマークとなった。

2001年9月11日,同時多発テロによってツインタワーは崩壊,多くの尊い人命が失われた。所在地は「グラウンド・ゼロ」,あるいは「ワールド・トレード・センター・サイト」と呼ばれ,追悼施設とメモリアルミュージアムが整備された。

その北西の隣地に,かつてあったビルの名前を受け継ぐ「1ワールド・トレード・センター(1WTC)」が開業したのは,2014年11月のことだ。最頂部で541m,竣工時には世界で6番目,西半球で最も高い建物となった。

時空を超えたWTCのミニチュアを眺めつつ,世界平和を祈念する想いを持つのは私だけではないだろう。

ミニチュア提供:橋爪紳也コレクション

はしづめ・しんや

建築史・都市史家。大阪府立大学研究推進機構特別教授,
大阪府立大学観光産業戦略研究所長。
1960年大阪市生まれ。京都大学大学院工学研究科修士課程,大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
『日本の遊園地』(講談社),『あったかもしれない日本』(紀伊国屋書店),『集客都市』(日本経済新聞社),『「水都」大阪物語』(藤原書店),『ツーリズムの都市デザイン』(鹿島出版会)など,建築史,都市文化論に関する著作は50冊以上。日本観光研究学会賞,日本建築学会賞,日本都市計画学会石川賞など受賞多数。
『大阪万博の戦後史―EXPO’70から2025年万博へ』(創元社)が2月に刊行。

かわむら・けんた

写真家。1981年生まれ。
滋賀県在住,株式会社tametoma主宰。
建築・広告写真を主に,グラフィックデザインやWEB制作も行う。オフィス兼ギャラリーにて旅先で出会った風景写真などの個展も開催。

ContentsNovember 2020

ホーム > KAJIMAダイジェスト > November 2020:ミニチュア・ワンダー・ランド

ページの先頭へ