静まりかえった深夜の東京。高架の新幹線軌道内では,人知れず工事が進む。
現場で作業できるのは実質3時間。
20tの鉄骨部材,100tのクレーン車,1,700tの架設機。そして150人の作業員。
意外なほど騒音が聞こえず,大声もない。6月のある日,夜間工事を追った。
鉄骨架設は,終電後,南部ヤードから新幹線軌道内に100tクレーンを運び入れることからスタートする。
南部ヤードは高層ビルの狭間,東京駅の新幹線ホーム延長上にあり,すぐそこにホームが見える。ホームとヤードの間には,新幹線が万一オーバーランしたときのための車止めを備えた「制走堤」が築かれている。これを終電後,スライドさせて工事用レールに切り換え,100tクレーンが現場へ向かう軌道をつくる。
100tクレーンがヤードから出発する。
100tクレーンとその台車,鉄骨部材を運搬する台車2台,これらを牽引する動力台車の4両編成で東北新幹線のレール上を移動。出発前にブレーキ点検を念入りに行い,安全点検には余念がない。作業員が各所に乗り込み,ゆっくりと慎重に走り出した台車は,やがて静かにスピードを上げて東京駅のホームを通り抜け,15分かけて1km先の神田駅手前の現場へ向かう。
東北新幹線の東京駅ホームは,この工事のために,終電後の留置車両を止めずにレールを空けている。
架設現場に到着。狭い新幹線の軌道内。電気を供給するトロリー線が上空を走る。この線に万一接触すれば,新幹線の運行に支障をきたす。上下線の2組のトロリー線を避けての揚重となるため,100tクレーンを上下線間の中央に配置しなければならない。幅,高さともにほとんど余地のない作業スペースのなかで機械を緻密に移動させていく。
まず台車を引き抜くために100tクレーンを持ち上げ,F1のピット作業のような俊敏な連携で100tクレーンが線路に降ろされる。後続してきた鉄骨運搬台車を前へ送るため,自動車の縦列駐車さながらのみごとな切返しで軌道のギリギリ端へと移動し,スペースを空ける。その停車位置は架設部材ごと綿密に決められており,寸分の狂いもなく巨体が止まった。
身を縮めて移動を繰り返してきた100tクレーンが,ここでブームを伸ばす。トロリー線や橋脚間の窮屈なすき間を通してブームを持ち上げ,ようやく架設の体制が整う。鉄骨部材を慎重にクレーンのフックにかけ,いよいよ揚重となる。
密集する新幹線の設備と接触しないように上下左右に細かくブームをふり,遂次位置を確認しながら,時間をかけて鉄骨部材を上空へと持ち上げる。架設位置によっては部材がトロリー線の数センチ横を通ることも。
線路上では2人の「架空線監視員」が鉄骨部材と新幹線設備との距離を見張りつづける厳戒態勢。すべての作業員が全精力を集中させるこの日一番の緊張の時間だ。それでも余計な雑音もなく,作業は淡々と進んでいく。「鉄骨業者をはじめここの専門会社はみな一流ばかり。長年の付合いで築いた連携と信頼関係でこそなせる業」と永田所長は語る。
鉄骨ピースが慎重に架設場所へと収められる。ミリ単位の精度の細かい作業だが,鉄骨部材どうしが当たる音や大声も聞こえず,粛々と作業は進み,仮ボルト締めをして完了する。このボルトは,橋脚ごとの耐震設計による最小本数としている。
一方,200mあまり後方では,PC桁架設のための移動式架設機が静かに上空を前進する。
架設機は「走行ガーダー」「手延機」「吊ガーダー」で構成され,内蔵の推進ジャッキが交互に動くことで走行ガーダーは前進していく。吊ガーダーは前後のタワーに吊られて,昇降できるようになっている。総重量1,700t,全長が最大で200mにもなる架設機はさながら戦艦。この巨大な機械を微調整しながら移動させるのは一大作業だ。
軌道は直進ばかりではないので,方向転換をしながら移動させなければならない。進行方向の調整は,前部タワーを軸芯として,計4ヵ所の回転設備を使って架設機全体をわずかに回転させることで行われる。しかし,架設機が長大なため,回転後の通り芯を合わせるのに細心の注意が必要となる。
走行ガーダーを送り出す速度は,従来の3倍の毎分1.5m。スパン30mでたわみが30cmほど生じるため,走行ガーダー先端の下がり具合いを見ながら橋脚の上で受けていく。人の手で持ち運べる高強度の緑色のブロックを,作業員がたわみに応じて積み上げる。この日は90分かけて走行ガーダーを42m移動した。
すべての作業が終了し,工事区間の端から端まで点検していく。レール上を5人が横一線になって30分かけて歩き,ボルト1本の置忘れも見逃さない。
神田駅ホームから新幹線の初電を確認。万が一にも部材や足場が新幹線の車両に接触していないか,数本の列車を見送りながら,耳をすます。安全を確認したのち事業者に電話報告をして,6:00に業務終了。
京浜東北線の車内はすでに混雑が始まっている。今日も変わりなく街が動き出したのを実感して,ようやく一息つく。
今回の難工事に臨むにあたって,実際の機械を使っての試験工事を行っている。台車や架設機はすべてこの工事専用に開発されたオリジナルで,工事計画や建設機械の開発・設計の段階から一貫して当工事事務所のメンバーがあたってきた。
鉄骨架設の試験工事は,当社機械部の機械技術センターに模擬軌道を仮設して実施された。夜間の100tクレーンの走行,台車からの離脱,所定位置への停止など,サイクルタイムを測定しながら,作業性を確認していった。
試験の指揮をとったのは,幸野寛伸副所長である。「もしもに備えて,軌道内からの100tクレーンの脱出訓練も行いました。優秀なオペレータを試験でさらに習熟させ,そのまま現場に乗り込んでいます。新幹線の設備に触れないか,機械の設計と動きを綿密に試験しましたが,それでも最初に現場で動かすときには緊張し,一歩ずつ進めていったものです」。
架設機の試験は,その製作会社であるIHIのヤードで実施された。全長130mの走行ガーダーを新幹線軌道上に伸ばすにあたって,たわみや回転の変位量を慎重に測り,施工計画を補正していった。
「綿密な設計のもとに変位を計算しましたが,試験工事でのたわみは予想値よりも小さかった。回転はわずか1〜2度の差でも,長大なガーダーの振れは数メートル違います。しかも,試験は条件のよい作業環境で行われますが,実際の工事は新幹線の軌道上。どれだけ試験を重ねても安心はできません」。永田所長はまさに石橋を叩きながらの工事を進めている。
計画・試験から工事を支援してきた土木管理本部の浦田グループ長は,自身も数々の鉄道工事で現場所長を務めてきた。「夜間工事を終えて朝の駅構内で交通整理を手伝い,乗客を見送る。それが鉄道工事です。今回の東北縦貫線は事業者や協力会社と一体となって施工計画を練り上げ,検討会を重ねてきました。当社からもさまざまなスペシャリストが参加していますが,要所の判断は事業者が永田所長の口から聞きたがる。技術者としてゼネラリストでなければなりません」。
綿密な工事計画を経て,新幹線の軌道の中で,上で,作業が進む工事は,いよいよ長大な桁が架けられようとしている。