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「公」を担いうる「園」

個人の庭づくりが,都市の風景をつくることがある。
イギリスのいつどこの都市にいても,
たいていひとつやふたつは見つけられるという,「オープンガーデン」。
制度として施設化された公園とは異なり,
個人的な営みがつくる公共の風景の考察。

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デンマンズ・ガーデン(Denmans Garden)。イングランド,ウェスト・サセックス州。
現代のガーデンデザイナー,ジョン・ブルックスの自邸の庭。個人庭だが,カフェやショップも併設されている

資金を集める「庭づくりへの情熱」

イギリスに「ナショナル・ガーデン・スキーム(National Garden Scheme,以下NGS)」という団体がある。個人の住宅の庭を一時的に開放して来訪者に見せる,いわゆる「オープンガーデン」をイギリス広範の地域で実施している組織である。個人の庭をただ見せ合うだけが目的ではなく,来訪者に入園料を払ってもらい,それを集めて慈善団体に寄付するというチャリティ活動であることに特徴がある。

NGSは1927年にQueen’s Nursing Instituteという在宅看護を支援する慈善団体への資金活動として設立された。始まりは,その慈善団体の評議委員のひとりが,イギリス国民の「庭づくりへの情熱」を資金集めに利用しようと思いついたことだったという。その年,呼びかけに応えて609件の庭がオープンガーデンに参加し,8,191ポンド(現在の価値にすると5580万円程度)が集まった。NGSはその後も拡大しながら継続され,現在ではガートルード・ジーキルが20世紀初頭に手掛けた庭園からロンドンのタウンハウスの裏庭まで,規模もスタイルも時代も異なるさまざまな庭が登録されている。2021年は3,546の庭の参加があり,337万3,000ポンド(執筆時のレートで5億6100万円余)を集めたという。現在では在宅看護だけでなく,癌の末期療養や子供の医療などへも寄付されている。

*19〜20世紀にかけて,イギリスで200を超える庭園を設計した造園家・園芸家。現代の「イングリッシュガーデン」の潮流を主導した。

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ヘスターコム・ガーデンズ(Hestercombe Gardens)。イングランド,サマセット州。
ガーデンデザイナーのガートルード・ジーキルが建築家のラッチェンズとともに20世紀初頭に改修を手掛けた,
中世から続く屋敷の庭

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この活動が興味深いのは,個人の庭を慈善事業に利用している一方で,おそらくはイギリスの庭づくりの文化を高めていることである。個人がNGSに参加するには,地域の委員による審査を受けなければならない。かつては,「45分間楽しめる庭であること」「庭園様式のよい事例であること」「特別に興味を引く要素があること」といった要求事項が明示されていたこともあった。つまり,それなりに高い水準の庭の集まりであるということだ。腕に覚えのあるプロ・アマチュア入り混じったガーデナーたちがお互いの庭を鑑賞し合い,NGSに登録されていることが庭のオーナーの誇りとなるのだろう。私が以前訪れた際は,草花の咲き乱れる小さな庭に何人もの客が訪れ,植物の配置や育て方について言葉を交わしていて,これはイギリスのアマチュア園芸の水準は高く維持されるだろうなと感心したことを憶えている。

私の「園」「公」につなぐ仕組み

NGSに参加したオーナーは少なくとも1年に1度のオープンが求められる。年に数日であればそれほど負担にはならないだろうし,むしろ定期的に来るオープン日のために丹精を込める庭づくりの強いモチベーションになる。これがチャリティであることの意味も大きいだろう。オーナーはNGSからの報告を通じて,私個人の庭づくりや庭の鑑賞が全国的な事業に直接役立てられていることを知る。これは,単に自分の庭に没入しているだけでは得られない感覚ではないだろうか。

観光客の側から見てもNGSはよくできたシステムである。登録されている庭はウェブサイトやスマートフォンのアプリ,または書店で購入した冊子(イエローブックと呼ばれる)で検索できる。そこにはそれぞれの庭の情報として,大きさや特徴,ペットや車椅子の可否,お茶やお菓子の提供の有無などが書かれている。いつどこの都市にいてもたいていひとつやふたつはオープンガーデンを見つけることができる。春のよい季節のロンドンなどでは,個人の庭を鑑賞して回って一日を過ごすことも可能である。

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イエローブックと呼ばれるNGSハンドブック2022年版

オーナーの話を聞いたりお茶を飲んだりしながら見て回る個人住宅の庭は,公共の庭園や公園とは違った,個人的な知り合いが増えるような楽しみがある。そして,あとで写真を見返しながら気づいたことだが,私のイギリス風景の印象が,これら個人の庭の記憶でできているのだった。一つひとつの庭はそのままでは「公」園ではないが,NGSという仕組みのデザインによって,個人の営みが国土スケールの風景という「公」を担うものに高められているのである。

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庭園で使われている植物が訪問客向けに小売りされている。
ティンティンハル・ガーデン(Tintinhull Garden)。イングランド,サマセット州

日本のオープンガーデン

日本ではどうだろうか。17世紀後半,大名の私園を江戸市民に開放したことにその歴史が始まると見なす説もあるが,現代的な意味でのオープンガーデンが広まったのは1990年代後半,やはりイギリスから移入されたものである。現在では100を超える団体の活動が知られている。本も出版され,北海道から沖縄まで種々の個人の庭が掲載されている。南北に長く気候が異なる日本列島の環境がそれぞれの庭に植えられている植物の違いに現われていて,写真を眺めるだけでも楽しい。

これらは地域振興の一環として自治体が先導するケースと,園芸趣味の仲間のつながりとして始められるケースがあるようだ。ほとんどが地域限定の活動であり,全国スケールのネットワーク組織にはなっていない。NGSのようなチャリティ目的の大規模なプロジェクトはつくりにくいだろうが,たとえばSNSを利用した新しいガーデンネットワークの仕組みなどに可能性があるかもしれない。

住宅地を歩いていると,人々が足を止めて写真を撮っているほどのすごい庭に出くわすことがある。それは「公」へ踏み出しうる「園」であり,それを支えているのは個人の「庭づくりへの情熱」にほかならない。

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人々が足を止めるほどの「すごい庭」。集合住宅の庭からはみ出した,住民個人が手掛けるバラのガーデン。東京都多摩市

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参考文献:
相田 明・鈴木 誠・進士五十八「英国ナショナル・ガーデン・スキームによるオープンガーデンの発祥と活動」
『ランドスケープ研究』65(5),pp.393-396,2002年
林 香織・鈴木ひかり・福井ひなの・高橋未帆「日本におけるオープンガーデン史と情報発信方法の比較研究—30の事例をもとに—」『江戸川大学紀要』第30号,pp.135-148,2020年
『オープンガーデンガイドブック(2016〜2018年度版)』マルモ出版,2016年
The National Garden Scheme

いしかわ・はじめ

ランドスケープアーキテクト/慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部教授。
1964年生,鹿島建設建築設計本部,米国HOKプランニンググループ,ランドスケープデザイン設計部を経て,2015年より現職。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。著書に『ランドスケール・ブック—地上へのまなざし』(LIXIL出版,2012年),『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』(LIXIL出版,2018年)ほか。

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