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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第9回 バンコク 熱気と喧騒から生まれた交通網

写真:サパーンタクシン駅最寄りの船着場からチャオプラヤー川右岸を望む

サパーンタクシン駅最寄りの船着場からチャオプラヤー川右岸を望む

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渋滞都市からの脱却

水の都と呼ばれる都市は国内外にいくつもあるが,アジアで言えば,タイの首都バンコクがそのひとつだろう。タイランド湾に注ぐチャオプラヤー川沿いに,川を幹として細い運河が枝のように市内の各所に伸び都市が発展していった。運河は現在でも移動や物流に活用されている。

しかし20世紀後半になると,バンコクの輸送手段の主役は陸上交通になり,それにあわせて道路が次々に整備された。政府は道路を川や運河のように考えたそうで,タノンと呼ばれる幹線道路から住宅地に向けて,ソイという細い道を樹枝のようにつくっていった。そこから住民が自宅までさらに細いソイを延ばしていった。

図版:地図

よって多くのソイは行き止まりであり,自動車がタノンに集中することになった。都市高速や立体交差の建設も遅れ,その結果,世界で5本の指に入るという交通渋滞で有名な都市になってしまった。

写真:バンコク最大の繁華街サイアム駅近くを走るBTSシーロム線

バンコク最大の繁華街サイアム駅近くを走るBTSシーロム線。地上の渋滞にしばられないBTSスカイトレインはビジネスパーソンの味方

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この悪評を克服すべく,1999年に開業したのがバンコク初の都市鉄道BTS(バンコク・マス・トランジット・システム)である。

BTSはスカイトレインという愛称で,その名のとおり全線高架の鉄道だ。地上に線路を敷く余裕がなかったせいもあるが,川沿いの低地に発展したバンコクはしばしば洪水に悩まされるため,その影響を受けない構造にしたという理由もある。

BTSにはバンコク北部と東部を結ぶスクンビット線と,中心部から南西へ向かうシーロム線がある。両者が連絡するサイアム駅周辺はバンコク最大の繁華街だ。高級ホテルやショッピングセンターが入る高層ビルが立ち並び,その間を縫うようにBTSの高架線が分岐していく光景は,1,500万人超もの都市圏人口を抱えるメガシティの中心であることを実感させる。行き交う人々のファッションも洗練されており,日本の大都市と変わらない。

サイアム駅のホームは上下2層になっており,同方向に向かう列車に対面乗り換えできる。ホームから目を下に転じると道路は自動車でぎっしり埋まっており,ほとんど動いていない。対するBTSはもちろん渋滞とは無縁。定時に迅速に運行する便利さもあって,時間を問わず混んでいた。

カオスの眺め

スクンビット線に乗って北へ向かい,アヌサーワリーチャイサモーラプーム駅で降りる。駅前には第2次世界大戦中にタイがフランス領インドシナとの紛争で勝利したことを記念した巨大な塔がある。塔を囲むロータリーには,バスターミナルと庶民的なショッピングアーケードが連なる。厳かだが活気あふれる風景だ。

バスターミナルからは赤や青,オレンジ,黄などを基調に塗られたにぎやかな車体のバスがひっきりなしに到着しては,客を乗せ発車していく。バスに負けず,ピンクや緑と黄のツートンカラーといった鮮やかな色彩をまとっているタクシーの姿も目立つ。そこにバンコク名物の三輪タクシーのトゥクトゥク,自家用車,トラック,バイクなどが混じり,カオスと呼びたくなる光景が繰り広げられている。

写真:ターミナルを発車した路線バス

バンコクの交通機関が一挙に集まる戦勝記念塔を囲むロータリー。BTSスクンビット線の高架下にもバス停が並ぶ

写真:バンコクの交通機関が一挙に集まる戦勝記念塔を囲むロータリー

ターミナルを発車した路線バス

写真:戦勝記念塔広場のロータリーに列をなすタクシー

戦勝記念塔広場のロータリーに列をなすタクシー。バスに引けを取らない色鮮やかな車体

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再びBTSに乗って終点のモーチット駅に向かい,今度は地下鉄に乗り換える。バンコクの地下鉄はMRT(マス・ラピッド・トランジット)と呼ばれており,さらなる渋滞解消を目的として日本のODAなどで建設された。まずブルーラインが2004年に開業。続いてパープルラインが2016年に走り始めた。

今回乗ったブルーラインはバンコク中心部をコの字型に囲むように走る。ホームドアを備えた近代的な駅のつくりは,日本の地下鉄でもおなじみの光景だ。景色は楽しめないが,スピーディに都市内を移動できることから,こちらもホームは大混雑,座席が常に埋まるほどの乗車率だった。

バンコク随一のオフィス街の中心シーロム駅で降りて地上に出る。人々の憩いの場でもある大きなルンピニー公園が目の前に広がる。公園手前の交差点の陸橋を見ると,タイと日本の国旗が掲げられていた。わが国では「日タイ橋」と呼ばれるこの陸橋は,1992年に日本の資金援助で架けられた。近くには「タイ・ベルギー橋」もある。外国からの援助を受けながら,渋滞解消のための道路整備を急ピッチで進めてきたのがわかる。

日タイ橋の上を交差して走るBTSシーロム線に乗り,隣駅チョンノンシーへ。ここからはバンコクで唯一のBRT(バス高速輸送システム)が出ている。オフィス街を走る大通りの中央を流れる細い川の左右に専用レーンが設けられ,そこを黄色い小型のバスが走行する。外側の車線は例によって大渋滞。しかしBRTの専用レーンに割り込むような車両はいない。マナーの良さに感心した。

写真:地下鉄MRTブルーラインのホームは渋滞を避けたい客であふれている

地下鉄MRTブルーラインのホームは渋滞を避けたい客であふれている

写真:シーロム交差点にかかるラマ4世通りの「日タイ橋」

シーロム交差点にかかるラマ4世通りの「日タイ橋」。その上を交差してBTSシーロム線が走る

写真:シーロム地区のBRT

シーロム地区のBRT。大渋滞をしり目にオフィス街をさっそうと行く

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究極の渋滞回避策

一方,古くからの水運ものぞいてみよう。チョンノンシー駅から再びシーロム線に乗り,チャオプラヤー川を渡る手前のサパーンタクシン駅で降りる。ここはバンコクの中でも下町情緒あふれる地域で,歩道や路地には屋台が連なり,地元の買い物客が群がる。慣れない観光客は前に進むのさえたいへんだ。

駅前には赤いピックアップトラックが並ぶ。これはソンテウと呼ばれる乗合タクシーで,荷台には客が並んで座っている。反対側にはスクーターを使ったモーターサイと呼ばれるタクシーが客待ちをしていた。帰宅時間帯ということもあったが,バスのない地域に向けた交通手段として重宝されているようだった。

人やのりものの混雑を抜けるとようやくチャオプラヤー川左岸の船着場に到着する。川にはさまざまな船が浮かんでいた。ナイトクルーズへと向かう情緒豊かな観光船の間から,細い船体の水上バスがやってきて,地元住民らしい客を乗せると,上流に向かっていった。水上交通もバンコクの貴重な足である。

写真:ソンテウと呼ばれる赤いピックアップトラックの乗合タクシー

ソンテウと呼ばれる赤いピックアップトラックの乗合タクシー

慢性的な渋滞の中で,いかにして移動するか。そのためにバンコクは水の上を含めた多彩な交通手段を駆使している。それがバンコクらしい熱気と喧騒を生み出す源泉のひとつになっていた。

写真:ボートは川沿いに観光名所が集まるバンコクにうってつけの交通手段

ボートは川沿いに観光名所が集まるバンコクにうってつけの交通手段。観光船やクルーズ船で目的地に乗り込めば贅沢でゆったりとした時間が楽しめる。一方,特急から鈍行まで種類や路線が豊富な水上バスは地元住民にはなくてはならない移動手段

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図版:スワンナプーム国際空港とバンコク中心部は都市高速鉄道のエアポートレールリンクが結ぶ

スワンナプーム国際空港とバンコク中心部は都市高速鉄道のエアポートレールリンクが結ぶ。観光の目玉,王宮とワット・プラケオ(エメラルド寺院),ワット・ポー(涅槃仏寺院),ワット・アルン(暁の寺)の三大寺院へは,水上バスが便利。チャオプラヤー川左岸の船着場へはBTSシーロム線サパーンタクシン駅から行くことができる

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

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