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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第4回 フェズ~サハラ砂漠(モロッコ) 道なき道はラクダに揺られて

写真:サハラ砂漠をラクダで移動する。砂丘は風によって地形が変わり道路は存在しない

サハラ砂漠をラクダで移動する。砂丘は風によって地形が変わり道路は存在しない

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モロッコの多様な地勢

古来,人間の生活と動物は切り離せないものだった。馬や牛は農耕,牧畜には欠かせない生き物であり,産業革命によってモビリティの主役の座を機械に譲るまで,馬車や牛車といったのりものの動力にもなって人々の営みを支えてきた。

その過程で道路も,人間や動物の足で固められた踏み分け道から,石畳を経て,アスファルトやコンクリートの舗装道路に姿を変えていく。欧米や日本をはじめとする先進国では,アスファルトの上を自動車が走る光景が一般的になっている。

図版:地図

しかし世界を見渡せば,現在もロバやラクダといった動物たちがモビリティの一翼を担っている場所が存在する。モロッコもそのひとつだ。

モロッコはアフリカ大陸の北西部に位置しており,国土の北端はジブラルタル海峡に接し,東側は地中海,西側は大西洋に面している。首都ラバトや,映画の舞台になったカサブランカ,旧市街がユネスコの世界遺産に登録されているマラケシュ,フェズなどの大都市は,国土の西側に集中している。一方で内陸には,モロッコの最高峰ツブカル山(4167m)を擁するアトラス山脈が横たわり,その奥には世界最大のサハラ砂漠が広がる。

このように多様な地勢を誇るモロッコを,海沿いから内陸に進んでいくと,同じ国とは思えないほどの景色の変化に驚かされる。今回はラバトとともに北部の核となっている都市フェズから山を越え,砂漠地帯に至るルートを辿った。

「迷宮」都市からアトラス山脈へ

モロッコ有数の大都市フェズは1200年以上の歴史を持ち,この国で最初に首都が置かれたことでも知られる。筆者が最初に訪れたのは城壁に囲まれた旧市街のフェズ・エル・バリ。8ヵ所ある門から街に足を踏み入れると,「迷宮」という別称のとおり,毛細血管のように細く入り組んだ道が張り巡らされている。初めて訪れた人は,現地ガイドなしでは迷子になってしまうだろう。

城壁の内側にはこの地でなめした革を用いた靴や鞄をはじめ,民族衣装から野菜といった食料品まで,さまざまな物が売られる「スーク(市場)」がある。多くの道は幅1~2m程度。そこに住民と観光客と店員が入り混じり,客引きの声が壁に響く。カオスという言葉を思い出す。

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写真:フェズの「スーク」

フェズの「スーク」

写真:旧市街の皮革用品店と階段状の街路

旧市街の皮革用品店と階段状の街路

ここでのモビリティは馬やロバだ。道が狭いことに加え,路面は土のままという場所もあり,階段さえ存在しているからだろう。最初は驚いたが,環境に見合った選択であることもまた事実だ。

もっともこの光景を体験できるのは古き街並みを維持すべく保全の手が入っているためでもある。門を出ればアスファルトで舗装された道路を自動車が走る,日本でもお馴染みのシーンを目にすることができる。

しかしそれも束の間,都市部を出ると家並みが途切れ,乾燥した地肌に樹木が点在する眺めに移り変わっていく。荒れ気味の舗装路は次第に登り坂になり,山越えに向かっていることを伝える。

アトラス山脈は日本の山脈より緩やかで,裾野が高原のように広がっている。フェズもこの裾野にあり,街の標高は約500mだ。しかし山脈を越えるには,2000m級まで登らなければならない。

写真:「スーク」の一角で休憩中のロバ。ここでは歴としたモビリティ

「スーク」の一角で休憩中のロバ。ここでは歴としたモビリティ

写真:フェズ郊外のアスファルトで舗装された幹線道路

フェズ郊外のアスファルトで舗装された幹線道路

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写真:フェズ旧市街,「迷宮」を望む

フェズ旧市街,「迷宮」を望む

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砂漠に生きる心強い“のりもの”たち

フェズから3時間ほど走ってきた幹線道路に別れを告げ,そのまま自動車で地方道を山越えに挑んでいくと,景色が一気に変わる。坂はかなり急になり,道には砂利さえ敷かれておらず,ところどころ岩が露出している。標識や案内の類もなく,旅行者は現地ガイドに従うしかない。

写真:山越えの道。道しるべになるものはなく頼りは現地ガイドとわだちだけ

山越えの道。道しるべになるものはなく頼りは現地ガイドとわだちだけ

山を越えると再び景色が変わる。今度は礫(れき)砂漠だ。驚いたのは,山脈のさらに奥にある砂漠地帯にも人が住んでいることである。クルマを止めると周囲に子どもたちが駆け寄ってきた。自動車はもちろん,よそものと会うこと自体がめずらしいのだろう。

この砂漠をさらに南へと進むと,砂の粒が細かくなり,砂丘になる。ここで移動手段は自動車からラクダに切り替わる。砂丘はご存じのように,風によって地形が変わるので道路は存在しないし,自動車のタイヤはすぐに砂のなかに埋まってしまい,身動きが取れなくなることも多いからだ。

写真:砂漠に住む子どもたち

砂漠に住む子どもたち

途中で数十頭のラクダを引き連れた遊牧民とすれ違った。体験のためにラクダに乗る私たち観光客とは対照的に,彼らは肉や乳を飲食し,自分たちの移動や物を運ぶのにもラクダを利用している。

モロッコの人々は多彩な環境に適したモビリティを選択していた。それがフェズやサハラ砂漠といった土地ごとの個性を明確にしている。のりものは風景に欠かせない名脇役であることを思い知らされた。

写真:休憩中のラクダの群れ

休憩中のラクダの群れ

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写真:今回はフェズから幹線道路を下り,地方道で山越え,サハラ砂漠まで道なき道を辿った

今回はフェズから幹線道路を下り,地方道で山越え,サハラ砂漠まで道なき道を辿った

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

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