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知的生産性の向上が省エネビル拡大のカギを握る 慶應義塾大学・伊香賀俊治教授インタビュー

2016年11月にパリ協定が発効し,わが国でも今年4月に建築物省エネ法が完全施行となる。
省エネ拡大の重要なポイントと見なされているのが,都市部で大多数を占める2,000mm2クラスのオフィスビルだ。
CASBEEやBELSなど環境性能の表示システムの普及が進むなか,省エネ拡大の活路はいかに開かれるか――,
慶大・伊香賀俊治教授に話を聞いた。

写真:伊香賀俊治 (いかが・としはる)

伊香賀俊治 (いかが・としはる)

慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授。
1959年東京都生まれ。
早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修了。
日建設計,東京大学助教授を経て2006年より現職。
専門は建築環境工学。博士(工学)。
日本学術会議連携会員,日本建築学会理事,日本LCA学会理事。内閣官房,国土交通省,文部科学省,経済産業省,環境省,厚生労働省などの建築関連政策に関する委員を歴任。
著書に『最高の環境建築をつくる方法』(エクスナレッジムック),『建築と知的生産性』(テツアドー出版),『CASBEE入門』(日経BP社)など多数。

4月より建築物省エネ法が完全施行

法的な整備が省エネビル普及のきっかけになるのは確かです。とはいえ,建築物省エネ法自体はそれほど厳しい基準ではありません。昨年11月,気候変動に関するパリ協定が正式に発効され,日本も批准しました。ハードルが高いのはむしろこちらです。政府はこれを踏まえ,2030年までのCO2排出量の数値目標として,オフィスビルは13年度比で40%削減,住宅では39%削減することを宣言しました。13年後までにストックを含めて総量の4割を減らすのはたいへん厳しいものです。新築ビルのZEB化を段階的に義務化する動きだけではなかなか追いつかないのが実状でしょう。

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NOTE-1 パリ協定

2015年12月12日に,気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)において採択され,2016年11月4日に発効した気候変動抑制に関する多国間の国際的な協定。工業化のはじまりとされる産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2℃未満」に抑えるとともに,現在の平均気温上昇を「1.5℃未満」に抑えるよう努力する長期目標を定めたもの。この目標達成のために,森林等のCO2吸収源の保全・強化や技術革新の重要性が盛り込まれている。気候変動に関する国際協定の最も新しい先行例が,1997年に採択された京都議定書だが,ここでは先進国のみに削減目標が設定されていたのに対し,パリ協定では批准国すべてが5年ごとに独自の目標を提出し,達成に向けた措置をとることを義務づけた。2016年11月現在,日本を含む110の国と団体が批准している。

CASBEEやBELSは省エネの後押しになるか

私たちが制度の確立と普及を進めてきたCASBEEは建物の包括的な評価表示システムです。現在ではCASBEEで高い評価を得ることが公共建築物の発注条件などにも盛り込まれており,建築確認申請時において届出を義務化している自治体数は24にものぼります。CASBEEは省エネだけでない環境性能の総合評価ですが,高い評価を得るためには,省エネ性能が優れていることが必至です。

一方,BELSは省エネ性能に特化した表示であり,CASBEEと競合するものではありません。補助金や税制優遇の制度を定める際,国の制度や自治体によって異なると思いますが,これらふたつの指標を組み合わせるのが理想的なかたちではないでしょうか。建物の快適性や利便性をCASBEEを用いて担保しつつ,省エネ性能はBELSの指標にもとづき高める。どちらかのみを強調するのではなく,バランスのとれた連携が望ましいと思います。

NOTE-2 スマート・ウェルネス・オフィスとノン・エナジー・ベネフィット

「スマート・ウェルネス・オフィス」とはオフィスの環境整備にもワーカーの健康増進や知的生産性向上の視点を取り入れる考え方。企業経営が労働人口の減少や高齢化,ワーカーの体調に大きく影響されるのが明らかになったことが背景となっている。働く場所としてのオフィスが今,経営のための投資対象という側面から見直されており,より健康的に働ける環境整備を進める動きが起こっている。また,建物の断熱性能を高めたりVOC(揮発性有機化合物)に配慮することで,医療費削減などにつなげる「ノン・エナジー・ベネフィット」の考え方も普及しつつあり,エネルギー消費削減とQOL(生活の質)の向上を両立させる実証研究が進んでいる。

省エネ拡大をどのように牽引するか

現在,地球温暖化対策のための地域実行計画の改定が検討されています。こうした動きと足並みを揃えるように,環境省が補助金を出して,各自治体の既存庁舎や公共施設の省エネ改修を推進しています。2030年までの40%削減に向け,民間を指導する立場から率先してアクションを起こそうという動きが見られます。

しかしヨーロッパに比べるとその歩みは少し遅れていると言わざるをえません。向こうでは省エネ指令を発し,不動産取引のときに省エネ性能を表示することを義務付けています。新築だけでなく既存建物でも,賃貸借契約や売買契約の際に証書を提示しなければなりません。この制度の施行開始からすでに十数年が経過しており,各国が個別に法律を定めて運用しています。

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日本がこの遅れを取り戻すには

建築主の意識が変わらないと新築・既存建物の省エネ化は進みません。国も自治体も民間企業も気候変動対策の法的な削減義務を負うわけです。しかし,まだパリ協定がとんでもない数値目標だということすら多くの人が認識していないのが現状です。いずれいっせいに火がついたとき,提案力をもった設計者・施工者への期待が高まるでしょう。しかし,今の段階ではまだ多くの建築主がそのことに気づいていません。今後,インセンティブのメニューが揃えば機運が高まると思いますが,問題は現時点ではまだ省エネのメリットを実感しにくいところにあります。これからのオフィスには省エネによりランニングコストを下げることに加え,働きやすさの面でもオーナーやテナントがメリットを感じられるような環境づくりが求められるでしょう。

新たな価値基準は必要か

そこで今,ノン・エナジー・ベネフィットといった視点から,単なる省エネを超えた付加価値を評価しようという動きが始まっています。2年前のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書でも,コベネフィットという言葉で同様の内容が明記されました。また建築の分野では,スマート・ウェルネス・オフィスという考えを推進しています。省エネに対する先行投資は,光熱費の削減だけでは回収が難しく,別の便益も示す必要があります。環境性能が高いオフィスで働くことにより効率が上がり,業績が上がる。快適に働けてストレスが減り,健康増進にも繋がるというようなメリットをエビデンスで示し,省エネと環境品質の向上を推進しようというのがスマート・ウェルネス・オフィスの基本的な考え方です。

NOTE-3 CASBEEとBELS

CASBEE(キャスビー)とBELS(ベルス)はいずれも建物の性能を第三者認証によって示す評価システムである。CASBEEは「建築物や街区,都市などに係わる環境性能を様々な視点から総合的に評価するため」(公式サイトより)の仕組みで,Q(Quality/環境品質)とL(Load/環境負荷)のふたつの要因が評価の対象となる。QとLはそれぞれ,Q1:室内環境,Q2:サービス性能,Q3:室外環境,L1:エネルギー,L2:資源・マテリアル,L3:敷地外環境に分類・評価され,これらを総合したBEE(環境効率)の値にもとづき,5段階でランクが定められる。BELS(建築物省エネルギー性能表示制度)は2016年に一部施行となった建築物省エネ法と連動した仕組みであり,建物の省エネ性能に特化した評価システムである。評価方法は一次エネルギー消費量の指標となるBEI値にもとづき,★の数で5段階にランクづけされる。

環境配慮型オフィスの理想像とは

まず自然光をきちんと採り入れられる環境づくりが重要です。直射日光が当たる時間以外でもブラインドをつい下げっぱなしにしてしまうオフィスが多く,外が見える状態を保てる空間の価値は設計で見落とされがちです。また通風や換気の面でも,窓がすこし開くだけでワーカーのモチベーションが上がります。こうしたことを実証したデータが今少しずつ集まっています。閉め切られたオフィスで,人工的な空調だけに頼って働き続けるのは好ましくありません。

共用部のデザインについても,歩きたくなるような内部階段をつくることが大きな流れになっています。エレベータの利用を抑え,電力消費を下げるだけでなく社員同士の顔が見やすくなるのも健康促進につながります。このように現在,さまざまな面でデータの収集が行われ,省エネと知的生産性を向上させるための取組みが進められています。

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省エネと知的生産性の両面を追求したKTビルについて

鹿島が手がけた最新の省エネビルについてですが,まず延床面積1万2,000m2のオフィスでビル用マルチエアコン(ビルマル)を導入したことに驚きました。ビルマルは本来,2,000m2前後のオフィスビルに用いられるのが一般的であり,この規模のビルが日本の都市部で大部分を占めています。今後,同等規模の建替えや改修が増えることが見込まれるなか,現段階で最も汎用性の高いシステムを採り入れて省エネを追求したのは画期的なことです。この規模でCASBEEのSクラスとBELSのZEB Readyを達成したのは非常に優れた成果です。

また,建設業界が慢性的な人手不足に悩むなかで,徹底的なユニット化を推し進めたことも見事です。品質の確保と労務量の軽減を同時に行い,省エネも実現する。設計・施工双方の知恵と努力の賜物ですね。

写真:伊香賀俊治教授

照明や空調システムによる省エネ効果にも注目しています。これらが知的生産性の向上に貢献するか期待しています。現在は供用開始から1年間のデータを収集中とのことですから,さまざまな稼働パターンを試してください。他のビルとの比較結果もぜひ教えていただきたいと思います。

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