坂の上のメインターミナル
スイスと言えばアイガーやマッターホルンなどアルプスの山々を連想する人が多いだろう。実際国土の南側約3分の2はアルプス山脈が占めている。しかしその北には高原が広がっていて,チューリッヒやジュネーブなどの大都市はこの地方に点在している。
この国で4番目の人口をもつ都市,ローザンヌもそのひとつだ。国土の西部,フランスとの国境に近いレマン湖のほとりにあり,ジュネーブの50km北東に位置する。国際オリンピック委員会(IOC)の本拠地があることでも知られる。
日本からローザンヌに向かうには,飛行機を乗り継いでジュネーブ国際空港まで行き,空港内の駅からスイス連邦鉄道(国鉄)で向かうのが最短ルートになる。
このローザンヌ,チューリッヒやジュネーブではお馴染みのトラム(路面電車)の姿がない代わりに,スイスで唯一地下鉄が走っている。しかもその2本の地下鉄と私鉄のローザンヌ・エシャラン・ベルシェ(LEB)鉄道が結節するターミナルは,国鉄のローザンヌ駅ではなく,そこからやや離れたフロンという地区になっているなど,交通に特徴がある街でもある。
国鉄ローザンヌ駅の駅舎はヨーロッパらしい,重厚な石造りだ。しかし大都市では珍しいことに駅前広場はない。狭い空間にバスやトロリーバスの乗り場が設けてあるぐらいだ。それもそのはず,ローザンヌはレマン湖畔から立ち上がる坂の上にある街であり,この国鉄駅もまた斜面にあるからだ。
大橋がそびえる駅前広場
国鉄ローザンヌ駅からフロン地区までは直線距離で400mほどなので,歩いても行けそうだが,目の前には急坂が立ちはだかっている。これを地下鉄2号線が結ぶ。地下鉄ローザンヌ駅の階段を降りると,ホームの傾きが尋常ではない。ベンチは階段状に作ってあるほどだ。そこに2両編成の電車が入ってきた。
もともとこの路線は,スイス初のケーブルカーとして1877年,フロンとレマン湖畔ウシーの間で運転を始め,1958年には歯車を使って坂を上り下りする方式に転換した。2008年に山に向かって路線が延長されるとともに,パリなどと同じゴムタイヤ式に生まれ変わったものである。
ケーブルカー時代からほとんど変わらぬ急勾配を登ると,次のローザンヌ・フロン駅に到着する。到着ホームのある地下1階ではLEB鉄道への乗り換えが可能だ。エスカレーターで地上1階に上がると,やはりこの駅を始発とする地下鉄1号線のホームが建物の中にある。
駅舎の外に出たときの景色は静かな感動を呼ぶ。目の前にはロータリーのある広場(ヨーロッパ広場)があり,バス停も設けられているのだが,歩道橋は10mほど上に架かっており,広場の南北は塀で囲まれたようになっているのだ。
広場の脇に立つスケルトン構造のエレベータータワーで上がると一気に景色が開ける。広場にはその名もGrand-Pont(大橋)と呼ばれる石積みの長い橋が横切っており,奥には丘の上に建つローザンヌのシンボル,大聖堂が望める。
新旧共存するインフラ整備
1844年に完成した大橋は,もともと川を跨いでいた。フロンという地区名は川の名に由来しており,ここで荷物をケーブルカーに載せ替え,レマン湖に運んでいた。ゆえに倉庫街として栄えたという。しかしその後,川は地下水路に切り替わり,役目を終えた倉庫街にはカフェやライブハウスなどがオープン。若者の活動拠点となっていく。
こうした動きと足並みをそろえるように,ローザンヌは交通インフラ整備を中心としたフロン地区の再開発に乗り出す。この過程でフロンにターミナルとしての機能を与えることになり,まず1991年に地下鉄1号線が開通すると,2000年には隣のローザンヌ・ショドゥロン駅止まりだったLEB鉄道が乗り入れ,2007年には地下鉄2号線が開業し,3本の鉄道が乗り入れる拠点になったのである。
フロン地区にはこのほかにも大橋の上を走るトロリーバスやバスの停留所として,橋の西端にBel-Air(ベル・エール)停留所が設けられている。この名前は道端にある建造物から取られた。1932年にスイス初の高層ビルとして完成したベル・エールは,当初はアメリカのウォール街を範に取ったというデザインともども賛否両論があったそうだが,それから80年以上を経た今では,フロン地区のランドマークのひとつとして定着している。
今後ローザンヌには,1964年を最後に一度は廃止されたトラムが復活し,地下鉄は3号線が建設される。トラムはフロンを起点とし,3号線もこの地を通る予定になっている。
19世紀に作られた橋や,20世紀前半に建てられた高層ビルなど,個性的な建造物に囲まれたかつての谷は今,街の交通結節点として,さらなる発展が見込まれているのである。