旧温水プールをコンバージョン
「ジブリの大倉庫」は,もともと公園内にあったアイススケート場棟と屋内温水プール棟で構成された一帯の建物のうち,営業終了していたプール棟をコンバージョンしてつくられたもの。建物のエントランス部分およびスケート場が運営中の状態で,大倉庫の躯体となる「箱」づくりが開始され,プール棟既存建物の一部解体工事が行われた。
屋根とガラス貼りの外壁はそのまま残し,新しい建物(内部建屋)が入れ子のようにつくられる構成。雨や風,直射日光を遮る全天候型工事となるメリットがある反面,既設建屋の制限で大型の重機が使用できないことや,資機材の搬出入口も既存建物の構造や配置の関係から,限られた2ヵ所にしか設置できない。仮置きスペースを毎日のように調整するなど,さまざまな制約がある中で工事計画が練られていった。
既設天井の膜屋根への張替えや設備工事のため,屋根下全面にクイックデッキ(吊足場)が設置されたが,同時に足場下では内部建屋も建設中。高さ13mのデッキ下と重機(クレーン)ブームのクリアランス(隙間)は最小15cmにまで迫ることも。オペレーションに細心の注意を払いながら,難易度の高い屋内工事が行われた。
【工事概要】
ジブリの大倉庫
- 規模:
- 大倉庫エリア内部建屋—SRC・RC・S造
2F 延べ9,437m2
カフェ棟—S造(リベット造)
1F 延べ299m2 - 工期:
- 2020年7月~2022年5月
中央階段の色鮮やかなタイル
大倉庫内の広場でひときわ存在感を放つ中央階段の特殊タイル。複雑な幾何学模様とその色彩の豊かさに思わず足を止め,見入ってしまう美しさだ。その制作と施工にあたっては,タイルデザイナーで施工職人でもあるユークリッド白石晋・吉永美帆子両氏と協働。宮崎吾朗監督は汚れが取れれば元に戻るところなど,タイルの「変わらなさ」が魅力と語り,階段全面に貼られるタイルのイメージを描き上げた。
これをCADに落とし込み,白石氏らが幾度もタイルを制作,その後施工を行うわけだが,平面から曲面への変換,曲面上の納まりなどでは下地の左官で形状調整を行ったり,微妙な曲線美,照明器具との取合いなどの摺合せが必要だ。問題が起こるたびに現地で宮崎吾朗監督含め関係者で繰り返し確認するという,地道な工程が続いた。そうした経過を経て,この豊かな表情のタイル空間が生まれた。よく見ると,ジブリのキャラクターも時々顔を出す。それらを見つけるのも楽しみのひとつである。
ものづくりを見つめ直す
ジブリパーク,とくに大倉庫にはまだまだたくさんの見どころがある。1期工事を担った河野久成所長によれば,そうした多種多様な施工に携わり,ものづくりの原点を見つめ直す機会になったとのこと。たとえば金属工事ひとつをとっても,一般的な建築工事で行うプレート,フラットバーの曲げ,溶接ではなく,「鍛造,鋳造」であることから,所員は製作工程を理解するところから始めた。納まりや管理方法の検討,作業員の体制どれひとつとっても慣れていないものであったし,リベットはまず仕組みを勉強することからだった。
「鹿島は今回,ジブリパーク演示・展示の土台となる建物や設備,園路整備などのいわば『器』づくりをしてきたわけですが,普段携わるような建物に比べて,工種や仕上げが非常に特殊なものばかりのプロジェクトです。要となる施工図には色や形,材料,性能がすべて記載される必要があり,発注者の愛知県および宮崎吾朗監督や日本設計の設計に基づき,製作用の図面を決定していく『もの決め』の工程に非常に力を入れることになりました」(河野所長)。
もの決めにはスタジオジブリ作品の世界観を実現させると同時に,公共建築としての品質を確保することを求められた。最終仕様の内容によっては,工期やコストに大きな影響を与えることから,副所長5人体制で注力させたとのこと。
photo: 大村拓也
財産になる経験
「宮崎吾朗監督は建材から仕上材,さまざまな装飾金物などにも造詣が深く,施工図面のチェックも的確。材料や施工方法の代案をいただいて検討し合うなど,つくることに真剣に向き合われる方です。試作の粘土型,3Dプリントなどには必ず一筆加えていただき,バランス感・美しさが豊かになりました」。月1回,さらに工程が進むと週1回の頻度で打合せを重ね,工事を進めて行くにつれ,材料や施工計画図のつくり込みや材料選定,職人との作業確認など,「施工者としてのものづくりの原点に立てた」とのこと。若手の所員は勉強会を毎月開き,研さんを積んでいったと話す。
「多くは苦労して悩みぬいた日々」と振り返るが,最大40人の所員を率いた河野所長は完成後,所員や協力会社などの関係者がこぞって家族を連れて楽しんでいた様子を見て,この経験が必ず財産になるだろうと確信する。
甦った「リベット」
ジブリの大倉庫に併接した「カフェ 大陸横断飛行」。屋根は飛行機の翼をモチーフとしており,大倉庫との渡り通路やカフェの構造に,より“本物”らしさをイメージさせるため,「リベット」接合が設計されていた。リベットは鉄骨と鉄骨をつなぎ合わせる方法としてかつて鉄橋,鉄塔,航空機などに利用されていたが,現代はほぼ使われなくなった工法である。
そこで当社は日本設計(設計者)や協力会社とともに,素材探しから製品検査基準や現場での施工精度基準作成までを改めて一からつくりあげていくこととした。
リベット接合とは2枚の鋼板を重ねて同じ位置に穴を開け,高温に熱した釘状の部品(リベット)を通し,先端をハンマーで叩き潰して接合させる方法。リベットの温度管理や,ハンマー打設の安定性に職人技が伝承されてきた工法だ。今回,温度管理については,自動で加熱することのできる「高周波誘導加熱装置」やリベットを施工するための道具一式を新しく開発・製作。現役の鉄骨職人に練習をしてもらい技量付加試験に合格した職人に作業を担ってもらった。
こうして現代に,新たなリベットが甦ったのである。
©Studio Ghibli