安全安心につくる
桜丘“口”の悲願
渋谷駅桜丘口地区第一種市街地
再開発事業(A街区)
若者を中心に多くの人が行き交う渋谷駅周辺。
そのどこにいても自然と目に飛び込んでくる超高層ビル建設現場,
渋谷駅桜丘口地区第一種市街地再開発事業が進行中だ。
JR線・首都高・渋谷駅西口歩道橋に隣接し,多数の人々が頻繁に周囲を往来する環境。
ひとたび外周部に飛散物があれば,即公衆災害につながる。さまざまな制約がある中,
「誰が見ても安心安全な現場」に取り組む社員の姿をレポートする。
【工事概要】
渋谷駅桜丘口地区
第一種市街地再開発事業
(A街区)
- 場所:東京都渋谷区
- 発注者:渋谷駅桜丘口地区市街地再開発組合
-
設計:鹿島・戸田建設共同企業体
(A街区担当:当社建築設計本部) - 用途:事務所,店舗,駐車場ほか
-
規模:
S・SRC造 A1棟―B4,39F
A2棟―B4,17F
総延べ184,700m2 - 工期:2019年5月~2023年11月
(東京建築支店JV施工)
渋谷のまち全体の利便性・快適性・
安全性の向上を図る
渋谷駅周辺では100年に一度とも言われる大規模再開発が次々に進んでいる。渋谷駅桜丘口地区第一種市街地再開発事業は,渋谷駅南西部に広がる約2.6haの敷地を一体的に整備するもので,渋谷区中心地区の都市基盤上,重要な事業として位置づけられている。先行して再開発が進む周辺地区と連携し,縦動線アーバン・コアや歩行者デッキをはじめとする歩行者ネットワークの整備をおこなう。そのほか,都市計画道路や地下車路ネットワークを整備し,桜丘地区だけでなく,渋谷のまち全体の利便性・快適性・安全性の向上を図る。この工事では,分担施工方式が採用されている。再開発エリアのうち,事務所,店舗などからなるA街区および区道補助18号線整備を当社が設計・施工し,住宅,事務所,教会などからなるB・C街区をJV構成他社が設計・施工する。
事業名の桜丘“口”に込められた想い
渋谷区桜丘町は「音楽のまち」「クリエイティブのまち」などの顔をもつ。1964年の東京五輪の開催を機に国道246号が整備されたが,図らずも桜丘町は,その国道によって駅や繁華街との通行が分断された。そのため,渋谷駅周辺の急速な発展の波から取り残されてきた経緯がある。
「この再開発事業名は桜丘口地区となっていますが,正式な地名は桜丘町です。今はバリアフリー化の整備も含め,周囲に比べると渋谷駅までの動線が不便です。この再開発で渋谷駅から桜丘町に直結する改札口ができることへの期待を込め,桜丘“口”という名前がつけられています」。現場を率いる板屋剛夫所長はプロジェクトの意義をこう話す。渋谷駅周辺の利便性などの向上を図ると同時に,地域にかかわる人々にとって悲願のプロジェクトでもあるのだ。
photo:takuya omura
難題の多い敷地条件
現場を訪れた2022年8月下旬は,上棟式を1ヵ月前に控え,躯体工事が最終段階,さらに外装・内装工事が同時並行で進められていた。現場に到着し,まず驚いたのは,狭隘な工事敷地内に第三者が通行する歩行者用通路が設けられていることだ。この光景からも,現場の敷地条件の特異性は十分に認識できたが,それに加えJR線,首都高,渋谷駅西口歩道橋に隣接し,いたるところから現場の様子がよく見える特殊な環境であった。
現場は大規模工事にもかかわらず,敷地条件から道路に面する搬出入ゲートを2つしか設置できない。さらにメインゲートは,A街区の車両だけでなく,B街区の車両も経由しなければ搬出入ができないため,調整が非常に難しい。加えて,敷地目いっぱいに建物ができるため,鉄骨建方ヤードも十分に確保できない。「いかに場内の車両をスムーズに通行させるかが課題でした。仮囲いやゲートの配置と建方用構台の架構を何度も図面で検討し,なんとか1つのゲートで3車線を確保することができました」と話すのは岡田峻工事課長。車線確保のため,歩行者動線の直上に防護構台と建方用構台を2重に設置し,鉄骨工事においては荷卸し時間の短縮のため小梁揚重架台を製作。細かい部材をまとめて構台上に揚重できるように工夫し,搬入車両の留め置き時間の短縮,ゲートの混雑緩和につなげた。
photo:takuya omura
photo:takuya omura
1年先を見据えた調整
渋谷駅前で多くの関係者,工事が複雑に絡み合う環境の中,最前線で社内外の調整にあたっているのが西川原和彦副所長だ。当現場に配属前の延べ14年間,東南アジアで施工管理などの業務にあたり,いろいろな文化・国の人と業務調整をおこなってきた経験が当現場でも生きている。
鉄道近接工事における事業者との協議では,早めの計画提示が必要となる。工事工程から逆算して,決定までにかかる時間からスケジュールを組み,先手管理で工事を進むべき方向に導いている。当現場に着任当初,村上所長のもと土木工事でも関係各所の調整にあたっていた。着工からの経緯を熟知し,社外から信頼を得ているが故に,外部からの問い合わせは西川原副所長に集中する。「1週間先ではなく,半年先,1年先の我々の姿を想像しています。自分の工事のマイルストーンだけでなく,関係者のマイルストーンを理解しなければいけません」と調整時の心構えを話す。
photo:takuya omura
さらに西川原副所長は「鉄道運行の支障ゼロ」を必達目標とする現場で,鉄道近接作業のキーマンとしても日々の安全作業に目を光らせる。鉄道の運行状況に目を配り,徹底した安全管理の手法を目当てに,都内の鉄道近接建築現場の担当者が見学に訪れる。「敷地境界に越境を知らせるレーザーバリアを張ったり,列車停止ボタンや列車接近装置の設置,列車見張員と重機誘導員の配置など,建築系社員は鉄道近接工事の対応に慣れていない社員もいる。ここでの経験をほかの鉄道近接工事にフィードバックしていきたいです」。
安心は表情で伝わる
JR線敷地境界と建物外壁との離隔が約1.6mしかない。絶対にものは落とせない環境だ。そこで,鉄骨建方時の施工方針として「ネットの隙間をつくらない」「鹿島らしい,見栄えの良いシートによる外部養生」を掲げた。「『安心は表情で伝わる』というコンセプトのもと,鉄骨建方から外装取り付けまでネット開口ゼロを実現し,外周への飛散物がない『安心』と,シートとネットの張り方の工夫により,施工性・外観を兼ね備えた養生(『表情』)を実現しました」(岡田工事課長)。
外周養生シートを張る際は養生用の仮設の枠を組み,それをせり上げていく方法もあるが,せり上げる際に開口が生じ,飛散物が出てしまう危険性がある。現場では盛替え時を含めたネット開口をなくし,さらに外観にも配慮するため,垂直ネットを先行設置し,スラブ先端のコンドメチャンネル,デッキ,大梁をユニット化した。また,シート・ネットの張り方のディティールまで検討を重ね,シートも特注で製作した。
一般的には白いシートをネットの内側に設置するだけのことが多く,風で暴れたり,シートの汚れが目立ったりしてくる。また,シートの外側でネットをラップさせた場合,ラップしている箇所の色が濃く見えて,せっかく綺麗にシートを製作しても見栄えが悪くなる。そこで中間部にもハトメを追加したシートをネットと同色で製作し,さらにネットのラップ部分が表に出ないように,両側のネットを内側に入れ込む張り方とした。そしてシートに張りを出すために,緊張するための仮設のアングル部材を節最上階と節最下階の鉄骨に仕込んでいる。さまざまな検討と検証を重ね,『安心な表情』を実現したのだ。
霞が関ビルから受け継ぎ,次の世代へ
「施工計画が全て」(板屋所長)と施工計画には特に力を注ぐ。自身が過去に大現場で所内の意思統一に苦労した経験から「初期の段階で現場の意思統一を図ること,その計画の趣旨を皆が理解しておくことが一番大事です」と,所内幹部を含めた関係者全員での打合せを定期的に実施し,効率的に複数人の視点で確認することにしている。板屋所長は2000年から超高層ビル建設現場に携わり,今回で5現場目となる。初めての超高層ビルの現場では,日本初の超高層ビルである霞が関ビル建設を担当した現場所長のもと,その技術を学んだ。「先人が霞が関ビルで培ってきたものを,僕らの世代が受け継いでいると思っています。マニュアルでは教えられないことを,鹿島の技術を伝承するという気持ちで下の世代に受け継いでいきたいです」と次世代へバトンをつなぐ。
桜丘町の悲願を達成するため「他企業者との工程調整など,竣工に向け解決すべきことはまだまだあります。お客様,地域の皆様に喜んでいただけるような建物となるよう,現場の職員・当社の関係者,協力会社とともに一丸となって取り組みたいです」と竣工までの意気込みを力強く語った。
東京土木支店との連携
開発事業を進めるにあたり,建築工事の敷地外の道路に,下水道を新設し,既存の下水道から切り替える作業が発生した。立坑を12ヵ所,さらに推進工法で道路下に下水道を掘り,JR線と反対側の渋谷川に接続させる工事だ。「工事内容を考えると,建築系社員だけでは施工できないと思い,東京土木支店に工事の協力を仰ぎました」と話す板屋所長。そこで白羽の矢が立ったのが,東京駅などの建築工事と連携する土木工事に長年携わり,首都圏の都市開発事業に明るい,東京土木支店の村上祐司所長だ。「建築工事の工程に影響を与えないため,2019年12月の下水道切り替えが大切なクリティカルパスでした。JR線にかかわる工事は,終電から始発までの限られた時間帯で実施しなければならないなど,条件にあわせた施工計画を立てるのに苦労しました」と振り返る。
photo:takuya omura
施工を円滑に進めるため,当初の計画線形が,用地境界からわずか9mmの離隔しかなかった箇所を,109mmに変更するよう協議をおこなうなど,トラブルのリスクを事前に摘み取った。また,施工中には地中から予期せぬ障害物も出てきたが,試掘して事前に取り除くことで,下水道の切替え工事を工程どおり完成させた。
上棟式を挙行
昨年9月23日に事業者,工事関係者が参列し上棟式が挙行された。神事が滞りなく執り納められた後の上棟行事では,板屋所長の吊り上げの合図とともに,関係者の名前が明記された最後の鉄骨梁がタワークレーンでゆっくり吊り上げられた。
吊り上がって徐々に姿が小さくなっていく鉄骨梁を参列者が見上げる中,会場からは大きな拍手が沸き起こった。