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幸せの建築術 人類の叡智を再考する 第6回 ナイジェリア 個性を競う楽しいデザイン

写真:壁一面に幾何学紋様が施されたザリアの住宅

壁一面に幾何学紋様が施されたザリアの住宅。子どもたちが多く,すぐに集まってくる

写真:住居の形は同じようだが,壁面の紋様やガーゴイルの影,にょきにょきと突き出した魔除けの角が,さまざまな表情をつくり出す

写真:住居の形は同じようだが,壁面の紋様やガーゴイルの影,にょきにょきと突き出した魔除けの角が,さまざまな表情をつくり出す

写真:住居の形は同じようだが,壁面の紋様やガーゴイルの影,にょきにょきと突き出した魔除けの角が,さまざまな表情をつくり出す

住居の形は同じようだが,壁面の紋様やガーゴイルの影,にょきにょきと突き出した魔除けの角が,さまざまな表情をつくり出す

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悪魔から一家を守る住居

1980年代,私は丹下健三事務所が進めていた西アフリカ・ナイジェリアの新首都アブジャの設計のため,この国に通算3年間滞在した。新首都の設計に際し政府から強く求められたことは,アフリカの,特にナイジェリアの伝統を表現してほしいということだった。私たちは広大な国土に散らばる多くの街を訪れて,それらのヒントになるものを探し求めた。

その際に,北部ハウサ地域の古都ザリアを訪れたときの感動は忘れられない。周囲の集落や街とは明らかに異なっていたからだ。ザリアは13世紀ごろにハウサ人によって建設された都市国家である。15世紀末にイスラム教がこの地に受け入れられて以後,サハラ交易で栄えた。

シティウォール(城壁)に囲まれていて,その外が後世につくられた新市街となる。大きなシティゲート(城門)が旧市街への入口だ。城壁内は古いモスクとその前の広場を中心に街区が構成され,なかでも昔ながらの伝統的な土壁のイスラム住居が密集する一帯の光景は圧巻である。

それらの住居は屋上に角(つの)が生えたような独特の形態をもつ。イスラム世界では悪魔が家に腰掛けると,その一家は不幸になると信じられている。そのため悪魔が屋根に座れないように,トゲのような突起物を付けるのだ。さらに住居にはガーゴイル(水平雨樋)が付けられ,通りに向かって壁から突き出している。上にも横にも角がにょきにょきと現れるのは,景観のアクセントになっていて楽しい。

図版:地図

写真:旧市街への入口

旧市街への入口,シティゲート(城門)

写真:角の付いた住居が並ぶ通り

角の付いた住居が並ぶ通り

写真:子どもたちと歌う筆者

子どもたちと歌う筆者。子どもたちの歌とダンスと身体能力にはとてもかなわない

写真:木の下で行われる授業

木の下で行われる授業

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偶像崇拝禁止が生んだデザイン

ナイジェリアで見られる伝統的な紋様は,食器や日用品に用いられ,民族衣装などにも染め上げられる。基本形は丸,三角,四角であるが,これらの単純な幾何学を組み合わせて,複雑で独特な動きのある多くのデザインが生み出されてきた。イスラム世界では偶像崇拝が禁止されているため,このような幾何学紋様が広く用いられている。

こうした紋様は,ザリアの住居の表面にも描かれていた。住居自体は単純な箱なので,人々は壁面に思い思いの紋様や彩色を施し自らを主張している。彩色できない家では左官で紋様を付けている。

そして太陽の強い光によって,ガーゴイルが生み出す陰影が壁の装飾をくっきりと浮かび上がらせる。時とともに刻々と変化する影は,建築に強い表情を与え,街の空間を豊かなものにする。通りには個性豊かなアフリカン・パターンの壁面が次から次へと展開され,世界でも稀に見るユニークな集落がつくり上げられている。文字どおりの多彩なデザインは,見ていて飽きない。

写真:民族衣装に施された色鮮やかな幾何学紋様

民族衣装に施された色鮮やかな幾何学紋様

写真:左官による壁面の紋様

 左官による壁面の紋様

樹木の下がコミュニティ空間

強い日差しのなかでも,人々は屋外で過ごすことを楽しんでいる。通りや広場には大きな木があって,かつての日本の井戸端のようにおかみさんたちや子どもたちがにぎやかに集まり,お喋りを楽しんでいる。屋外の日陰は貴重なばかりか,木の葉は多くの水分も含むため,気化熱作用により気温が下がる。樹木の下では小学校の授業も行われ,街中の情報が集まってくる。そこはコミュニティ空間でもあるのだ。

ナイジェリアの子どもたちは,我々外国人を見つけると集まってきて,人懐こくどこまでも付いてくる。彼らにとっては屋外の空間すべてが遊び場だ。これらが混然一体となり街の活気が生み出されるのである。テロが頻発し政情不安定の今,この光景は果たして見られるのであろうか。

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サバンナの茅葺き集落

大西洋側のジャングル地帯をセスナで飛び立ちサバンナに入ると,赤土の地肌があちこちに現れる。乾燥していて,草原にぽつぽつと立つ木々が特徴的である。

サバンナを車で走っていくと所々に集落を見かける。その住戸の壁は日干し煉瓦に土を塗ったもので,茅の屋根が葺かれている。平面はほとんどが円形であり,これは構造的にも安定し,屋根を架けるのも容易なのだろう。事実,屋根は傘のような円錐形をしている。この建築にはほとんど窓がない。我々には分かりにくいが,窓がないほうが室内は暑くならず,快適らしい。

上空から見ると,茅葺きの建築群はまとまって建てられているのが分かる。それは家族や親族の単位であり,小さな集落を形成する。周囲は赤土むき出しの共同の庭であり,家事をしたり子どもたちの遊び場になっている。

庭にはユニークな形態をもつ穀物倉庫が置かれている。どれも個性的なデザインのため,所有者が一目で見分けられる。作物を地熱から遮るために,地面から浮くように足が付けられ,壁面の中央部には水平に帯状に盛り上がった,いわゆる鼠返しがある。こうしたアフリカの造形は,デザインといい,プロポーションといい,西洋のモダニズムの美学の洗礼を受けた私たちには最初は奇異に見えるのだが,慣れてくると何とも魅力的で,かつてピカソや岡本太郎などが,その魅力に取り憑かれたのも理解できる。

写真:サバンナのなかの茅葺き円形住居群

サバンナのなかの茅葺き円形住居群

写真:各戸で思い思いの形につくられた,どことなくユーモラスな穀物倉庫

各戸で思い思いの形につくられた,どことなくユーモラスな穀物倉庫

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古市流 地球の歩きかた

ナイジェリア連邦共和国
(Federal Republic of Nigeria)

面積:92.4万km2(日本の約2.5倍)
人口:1億7,850万人
首都:アブジャ(1991年に遷都)
アフリカ西部に位置し,南部は大西洋のギニア湾に面する。アフリカで最も多い人口を擁する。最大の都市は旧首都ラゴス。

主食はヤムイモ

ナイジェリアの青空市場に行くと,どこでもヤムイモが山高く積まれている。まずふかしてから,木製の臼と杵でぺったんぺったんと日本の餅のようについていく。広大なナイジェリアでは,通りのあちこちに茶屋のようなものがあり,そこで少女たちがヤムイモをついている光景によく出くわしたものだ。餅のように柔らかくなったヤムイモに地域によって異なるソースを付けて食べる。

写真:茶屋でひと休み

茶屋でひと休み

写真:市場に積まれたヤムイモ

市場に積まれたヤムイモ

忘れられないご馳走

地元住民のパーティーに招かれたとき,サンドウィッチのような料理を美味しく食べた。食後にたずねてみると,白いパンのような食材はトカゲの白身とのこと。トカゲの肉は美味しいと聞いていたので別に驚かなかったが,表面に塗られていたプチプチした甘いジャムの正体は,何とハエだった。プチプチしていたものは目玉だという。私は何を食べても平気だが,このときばかりは全身が震え出し,思わず外に出て吐いてしまった。しかし後日詳しく聞くと,ハエといっても花の蜜を吸った,甘くて清潔なハエだったのだ。

古市徹雄(ふるいち・てつお)
建築家,都市計画家,元千葉工業大学教授。1948年生まれ。早稲田大学大学院修了後,丹下健三・都市・建築設計研究所に11年勤務。ナイジェリア新首都計画をはじめ,多くの海外作品や東京都庁舎を担当。1988年古市徹雄都市建築研究所設立後,公共建築を中心に設計活動を展開。2001~13年千葉工業大学教授を務め,ブータン,シリア調査などを行う。著書に『風・光・水・地・神のデザイン―世界の風土に叡知を求めて』(彰国社,2004年)『世界遺産の建築を見よう』(岩波ジュニア新書,2007年)ほか。

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