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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第6回 アムステルダム 水陸自在ののりものワンダーランド

写真:観光船とトラムが交差するポイント

観光船とトラムが交差するポイント。その奥には立体式の駐輪場が見える

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水の都市の多彩な交通網

オランダは現地の言葉ではネーデルラント(Netherland)と呼ばれる。英語ではネザーランズ,ドイツ語ではニーダーランデで,いずれも「低い土地」という意味をもつ。国土の約4分の1が海抜0m以下にあることから,こういう名称になった。

もともとこの地域は,スイス・アルプスを水源とするライン川とその支流の河口に広がる低湿地だった。昔から居を構えていた住民が堤防を築き,風車などを使って海水を排出することで干拓を進めていった。

首都アムステルダムも例外ではない。この地名は,13世紀に,アムステル川にダム(堤防)をつくったことに由来している。

堤防は都市に海水が流れ込むのを防ぐとともに,船で運ばれてきた農産物や水産物を取り引きする場としての役目も果たした。はじめは小さな漁村にすぎなかったアムステルダムは,ヨーロッパでの交易拡大とともに貿易港として発展していく。ユネスコの世界遺産にも登録されている扇形に枝分かれした運河は,その過程でつくられたものである。そして19世紀にアムステル川の河口部分が埋め立てられ,現在に至っている。

かつて埋立て前に河口があった場所には,19世紀にアムステルダム中央駅が建てられた。ここには国内各地を結ぶオランダ鉄道が乗り入れるほか,地下鉄の駅もある。駅前の大きな広場にはトラムやバスの乗り場があり,列車から降りてきた人々を乗せて市内各所へ向け発車していく。左右には運河が流れ込んでおり,船も停泊している。これらは観光客を乗せて運河をめぐる遊覧船だ。さらに駅の裏側からは,エイ湾を挟んで対岸のノールト地区に向かう水上バスが出ている。

図版:地図

写真:赤レンガ3階建ての中央駅と駅前広場

赤レンガ3階建ての中央駅と駅前広場

写真:中央駅の裏側に整備された新しい街並みとマリーナ

中央駅の裏側に整備された新しい街並みとマリーナ

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自転車王国がつくる風景

オランダは自転車利用者が多いことでも知られる。ひとり当たりの保有台数は1台以上で,世界一である。自転車移動が苦にならない平坦な地形に加え,1970年代の交通事故増加やオイルショックを契機に早くから自転車専用レーンの整備に乗り出したことの現れだ。

アムステルダムでも,中央駅からまっすぐ伸びるダムラック通りや,駅に沿うように走るプリンス・ヘンドリックカーデ通りには自転車専用レーンが完備され,お気に入りのデザインの自転車に乗る人々が街を行き交う。鉄道,トラム,バス,船,そして自転車。多彩な交通手段がこの街の景色を特徴づけている。

中央駅周辺には複数の駐輪場がある。そのひとつはプリンス・ヘンドリックカーデ通り沿いにあり,長さ約100mの3階建てで,約2,500台が収容可能というものだ。首都の玄関口に駐輪場があることにも驚かされるが,圧倒的なスケールからもまた自転車王国であることがうかがえる。

写真:自転車専用レーンが随所に整備

自転車専用レーンが随所に整備

写真:プリンス・ヘンドリックカーデ通りの自転車専用レーン

プリンス・ヘンドリックカーデ通りの自転車専用レーン

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運河というもうひとつのアングル

中央駅からダムラック通りを300mほど行くと重厚な建造物を右手に臨む広場に到達する。ダム広場と呼ばれるこの場所はアムステル川をせき止める堤防がつくられた,まさにこの街のルーツといえる場所だ。

写真:ダム広場に面するダムラック通りをさっそうと横切る自転車の列

ダム広場に面するダムラック通りをさっそうと横切る自転車の列。右側に見える建物が王宮

広場に面するこの建物は1648年に市役所として建てられ,19世紀に王宮となった。ただし王室はハーグにあり,実際は迎賓館として使われてきた。よって賓客が来訪中でない普段は,自転車やトラムが慌ただしく通過しており,王宮前らしからぬ広場となる。

ダム広場の前をそのまま直進すると,やがてまた別の運河が目に入り,まもなくムント広場に達する。ここでアムステル川に対面する。川の流れに沿うように走るトラムの軌道を追っていくと,レールが二股に分かれる。

そのままアムステル川の流れに並行して南へ向かう道を辿る。いわゆる裏通りのような感じで,トラムは単線になる。前述した扇形に広がる運河を渡るたびに道路が上下して進みにくいのだが,それがまたアムステルダム独特の景色をつくり出している。

写真:裏通りの狭い道を進む単線トラム

裏通りの狭い道を進む単線トラム

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写真:橋があるたびに上下する道は運河の街の特徴

橋があるたびに上下する道は運河の街の特徴。わずかな起伏で散策も味わい深いものに

アムステル川と直交する細い運河に沿って横道に逸れると,小さな可動橋に遭遇することもある。絵になる風景の一方で,橋の欄干や運河沿いの柵には,まるで隙間を埋めるように多くの自転車がチェーンなどで繋ぎ止められている。日本の駅前でもおなじみだが,自転車好きとそうでない人との間で,この景観については議論が分かれるところだろう。

写真:横道に逸れると歴史を感じさせる可動橋とのご対面も

横道に逸れると歴史を感じさせる可動橋とのご対面も

写真:運河沿いの柵に自転車が延々と並ぶ

運河沿いの柵に自転車が延々と並ぶ。目的地のそばに停めたいのはオランダの人も同じ

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網の目のように張りめぐらされた運河沿いの散策に満足したので,次はトラムに乗って中央駅に戻り,運河からアムステルダムの街を眺めることにする。

水面の高さから道路を眺めるのはやはり新鮮だ。先ほど目にした欄干や柵と自転車,トラム,自動車を,今度は下から見上げることになるのだから。

運河のレベルに下りて同時に気づくのは,今は移動や物流にはほとんど活用していない運河が数多く残されていること。観光客の立場としては,街の景色はできるだけさまざまな角度から眺めたい。干拓により陸地を広げてきたアムステルダムでは,新旧多様なモビリティが水陸で共存し,個性豊かな街の見方を教えてくれる。

写真:船上から街を見上げる。非日常的な高さからの新鮮な眺め

船上から街を見上げる。非日常的な高さからの新鮮な眺め

図版:運河が扇形に広がる歴史地区には観光名所も多い

運河が扇形に広がる歴史地区には観光名所も多い。自転車をレンタルしてトラムと組み合わせれば,街めぐりが一層楽しくなる

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

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