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旧九段会館に
新たな歴史の1ページが花ひらく

(仮称)九段南一丁目プロジェクト新築工事

オフィスビルの集う都心でありながら,皇居外周に位置し,
東京の歴史を辿る上で重要な建造物が多く,文化拠点としても魅力をもつ九段エリア。
この地で長いあいだ親しまれてきた旧九段会館が,一部保存,建替えを行い,
最新のテナントビルとして装い新たに生まれ変わる。
工事の最終段階に入る現場から,保存,復原を中心としたこれまでの工事の道のりと,
竣工にかけるチームの意気込みをリポートする。

【工事概要】

(仮称)九段南一丁目プロジェクト新築工事事

  • 場所:東京都千代田区
  • 発注者:ノーヴェグランデ
  • 設計:鹿島・梓 設計・工事監理業務共同企業体
  • 用途:事務所,店舗,集会場
  • 規模:S・RC・SRC造(免震・制震構造)
    B3,17F 延べ67,738m2
  • 工期:2018年5月~2022年7月

(東京建築支店施工)

※東急不動産と当社が本プロジェクトのために出資する事業会社

地図
完成予想パース

完成予想パース

図版:保存棟正面と新築棟,田安門の方角から撮影(2022年4月1日)

保存棟正面と新築棟,田安門の方角から撮影
(2022年4月1日)

photo: Kunihiko Ishijima

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歴史的建造物の保存,復原

旧九段会館の歴史は1934(昭和9)年にさかのぼる。昭和天皇の御大典を記念し建てられた建物は,SRC造の洋風建築に瓦屋根を載せた帝冠様式と呼ばれる外観が特徴で,10種類もの石を用いた建物の外壁や内装の随所に,当時の粋と工夫を集めた職人技が光る仕上げや装飾が施されていた。皇居外苑のお濠に面する一帯は桜の名所でもあり,このエリアに馴染みのある方も多いだろう。

図版:創建時の旧九段会館

創建時の旧九段会館

©SHIMIZU CORPORATION

2011年,東日本大震災による影響で閉館したが,建物の価値を現代に合った形で継承し,再活用するための事業アイデアが公募され,東急不動産・鹿島・梓設計コンソーシアムが,外壁全面保存,免震レトロフィットの提案で2017年に受注した。

計画建物は,旧九段会館の一部を保存,復原した保存棟と,旧建物を建て替える新築棟からなる。お濠サイドにはテラスを整備し,将来的には桜を見ながら周辺エリアを散策できるようにする計画だ。

保存棟を生かす搬入動線計画

工事の最初の難所は保存棟を残しながらの搬入動線計画。「他社には搬入ルート確保のため,保存部分を一旦解体する提案もあるなか,我々は保存部分には手をつけず,長方形の建物をL型に残していくプランが評価されました。そのぶん,搬入ルートの確保にはだいぶ苦労しました」と現場を率いる神山良知所長は振り返る。

敷地の西側は江戸城跡特別史跡である牛ヶ淵が隣接し,搬出入は内堀通りの南・北ゲートの2ヵ所に限られた。この条件下での搬入動線を具体的に計画したのが,内幸町二丁目プロジェクトとの兼任から赴任した鴨下友一次長である。「L型に建物を残していく施工条件を見た段階で,すぐに完成時の状況からさかのぼって多少の変更にも対応ができるような計画を立てました」。

新築棟への動線は,保存棟に触れないようにお濠側へと回りこむ迂回路を先行してつくっていくが,お濠の上の跳ね出しが江戸城跡特別史跡に影響しない検証を重ねた施工計画を携え,行政の協力を得ながら搬入路を確保した。

図版:神山良知所長

神山良知所長

photo: shinjiro yamada

図版:鴨下友一次長

鴨下友一次長

photo: shinjiro yamada

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図版:旧建物の保存・新築エリアと搬入動線

旧建物の保存・新築エリアと搬入動線

工程の前倒しを協議

新築棟の地下躯体工事は当初二段打ち工法で計画していたが,工程表を見直し,基礎躯体工事の着手を3ヵ月前倒しすることで順打ちに変更する計画を,建物を管轄する財務省に申し入れた。2018年5月の着工から神山所長と現場を支えてきた坂本篤工事担当が振り返る。

「解体工事着手の前倒しは,保存復原工事と新築棟工事に向けてもメリットが多くありました。解体工事先行は一部着手できない箇所もありましたが,先行して保存棟チームに保存記録を進めてもらい,どの部分を“生かし取り”(部材転用)し,いつまでに解体するかという日程調整を詰めていきました」。

保存棟を守りながら解体工事をどのように進めたのか。「解体中の振動で保存棟に損傷を与えないよう,ワイヤーソーで躯体に幅600mmのスリットを設け,保存棟と解体エリアに建物を分断していきます。橋脚を切る工法を応用したものですが,この作業に約3ヵ月半かかりました」。

2019年5月,新築棟エリアの地上躯体解体工事を予定通り完了させ,翌6月からは地下躯体解体(保存棟と新築棟エリアの本館地下)および,地中障害撤去工事を進めた。「地中に約1,600本埋め込まれていた本館の杭の撤去にも苦労しましたが,土工事中はお濠付近での15mの掘削に細心の注意を払い,24時間管理で水位が減っていないことを確認していました。保存棟も土工事による沈下の可能性を防ぐため,山留めの強度を上げ,変位を最小限(10mm以内)に抑えて掘りきりました。忙しい毎日でしたが,鴨下次長が赴任前から,免震などの安全・施工計画,役所への届け出,土工事の掘削など,多岐にわたって精査・指導してくれていたおかげで,工事の手順と実働などやるべきことも見えていました」。

2020年3月,土工事完了の工程厳守を貫き,無事耐圧盤着手へとつないだ。

図版:坂本篤工事担当

坂本篤工事担当

photo: shinjiro yamada

図版:解体工事中。切断するワイヤーソーを繰り出す

解体工事中。
切断するワイヤーソーを繰り出す

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復原への熱意

山森悟工事課長は,東京駅丸の内駅舎復原工事,髙島屋日本橋店外装改修工事と歴史的建造物に携わってきた経験を活かし,本工事に臨んだ。

いざ工事を開始すると,工事計画や図面とは異なる箇所が多くあった。「たとえば左官仕上げだろうと思っていた擬石が実はプレキャストでできていたり,外壁にスクラッチタイルとあるが分厚い煉瓦のようなものだったり。その都度,現地に合わせた工夫が必要でした。解体エリアからの部材転用の判断は東京駅での経験を踏まえ,つくりこみの検討は,神山所長をはじめ,経験豊富な協力会社や専門家の具体的なアドバイスを受け,試行錯誤を重ねています」。

石はほぼ国産品で集められていた創建時の仕上げをそのまま残し,同種の材料で補修。玄関ホールの壁や床に大理石,外壁に花崗岩,内装も解体エリアからできるだけ多く転用しデザインを統一。「外壁のスクラッチタイルは新規でつくると質感が再現できないので,全て転用することにしました。70年間は剥落しないように,1枚ずつステンレスアンカーピンを入れています。ピンニング跡はほとんど見分けがつかない出来栄えだと思います」。

図版:山森悟工事課長

山森悟工事課長

photo: shinjiro yamada

図版:スクラッチタイルと擬石が独特の風合いを醸す外壁

スクラッチタイルと擬石が独特の風合いを醸す外壁

図版:石の庇部の復原作業中

石の庇部の復原作業中

photo: shinjiro yamada

図版:階段サイドの壁は沖縄産の石,手摺はバリアフリー基準に則った高さと強度で真鍮手摺(転用)と復原手摺を追加

階段サイドの壁は沖縄産の石,手摺はバリアフリー基準に則った高さと強度で真鍮手摺(転用)と復原手摺を追加。
レリーフは創建時のデザインを鋳造

photo: shinjiro yamada

帝冠様式を特徴づける屋根の瓦にはチーム一丸となってこだわった。「解体エリアからの転用では数が足りず,半数程度新規で製作しました。創建時の瓦とは原材料も窯焼きの製法も異なります。自然な色むらの風合いを出すのに苦労しましたが,40枚以上の試作を経て,4色を決定しました。新旧の瓦の組合せを工夫しながら屋根に並べ,自然の光線の下で見て完成させています。どこを直したかわからない,といわれるのが最高の誉め言葉ですね」。

改ページ
図版:新旧を組み合せた瓦

新旧を組み合せた瓦。上裏はピンネット工法(ネットをアンカーピンで固定し,セメント塗り)で剥落防止を施している

技術の伝承と復活

内装である玄関ホールや各部屋の天井,壁に採用されている漆喰は,下地に強度を確保する脱落防止処理を行って復原。天井の梁型は保存・補強し,新たにつくった軽量鉄骨下地と連結し挙動を一体化させ,振動対策と剥落防止対策を施している。天井の平部は解体し,張り替えて梁の構造体と組み合わせた。

漆喰の仕上げは,渦巻や直線など部屋ごとにパターンが異なるため,協力会社の提案で専用のコテをつくった。「職人さんも初めての試みとなるなか,こちらの情熱に応えながら技術を習得してくれました。保存とは,昔の技術をそのまま残すことですが,難しいのは,現代では使われていない技術をどう復活させ,伝承していくか。安全上解体しなければならなかった部分や,免震化のための一部解体はやむを得ませんでしたが,その解体した部分を現代に適合する形で元に戻す技術を開発していくところに,保存復原工事の大変さと奥深さがあると感じています」(山森工事課長)。

図版:漆喰塗りには専用のコテを開発(左)。漆喰の上にさらに丁寧な彩色が施されていく

漆喰塗りには専用のコテを開発(左)。
漆喰の上にさらに丁寧な彩色が施されていく

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図版:創建時の柱の免震改修。柱を一部くり抜き,鉄筋とコンクリートで補強する

創建時の柱の免震改修。柱を一部くり抜き,鉄筋とコンクリートで補強する

図版:当時の職人技が光る石の削り出しと補強の接合部分

当時の職人技が光る石の削り出しと補強の接合部分

photo: shinjiro yamada

図版:外壁を飾る4つの鬼の面は最も状態の良いものを3Dスキャンし,プレキャストで制作。石の粒を混ぜた当時のリソイド塗りを再現した仕上げで,耐候性をもたせながら独特の質感を出した

外壁を飾る4つの鬼の面は最も状態の良いものを3Dスキャンし,プレキャストで制作。石の粒を混ぜた当時のリソイド塗りを再現した仕上げで,耐候性をもたせながら独特の質感を出した

photo: shinjiro yamada

保存・新築棟の足並みを調整

一方で新築棟は,鉄骨を安全にいかに早く建てるかが勝負である。全体工期やコスト,品質管理を担当する鴨下次長が振り返る。「保存棟と新築棟では物決めのプロセスが異なります。特に保存棟は,真正性の検証があったり時間軸が異なるので,同時に進めていてもどうしてもずれが生じます。最終的に一本化しなければならないので,新築棟と保存棟の足並みが揃うように設計と協議したり,定例や社内会議で進捗を調整しています」。

神山所長も所員の頑張りを評す。「鴨下次長は工程の組立て,施工の動線,計画が立体的に見えている。山森工事課長は,保存棟の役員室の塗り壁の下に何かを見つけ,その裏側を見させてくれと目を輝かせるような研究者肌(発見された創建時の織り物クロスは正倉院所蔵の銀壺(ぎんこ)と類似模様だと判明し,価値を尊重し復原)。坂本工事担当は入社5年目(着工時)で初めて取り組む工事でも計画力が抜群。ほかの所員も,皆それぞれに優秀で努力家揃いです。良いものをつくりたいという思いに向け,その時々に応じた適材適所の人員配置によって,個々の能力や優れた部分を引き出せるように常に心掛けています」。

真珠の間(復原,撮影時はフローリング未着手)。
シャンデリアも当時の竣工写真や報道写真を手掛かりに,デザインとサイズを再現

photo: shinjiro yamada

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鳳凰の間(復原)の天井保存・補強改修の様子(左)と仕上げ(右)

photo: shinjiro yamada

思いを継ぐ

神山所長は1985年入社。千葉県内を中心に大規模ホテル・事務所,超高層マンション建設現場を数多く担当し,研鑽を積んだ。「現場で覚えたのは,とにかく工程表を守ること。顧客の工期短縮要求に対しては“○○作戦”と名付け,工期を縮めるアイデアをたくさん出し合いましたね。スペックを下げない提案をしてより合理的に変えていくところに,現場ならではの醍醐味があると思っています」。

近年は八重洲の特殊鉄骨工事・東京駅のグランルーフを担当し,浦安市新庁舎で所長として現場を統括した。「この現場は今までの集大成。保存棟でその経験が活き,あらゆるものを時間の許す限り検討していきました。創建時の真正性を追求したい一方で,安全性の確保はもちろん,予算との兼ね合いもある。優先順位を決めるのが所長である自分の仕事と考え,はっきり方向性を打ち出しました。何をどの程度復原し,保存していくかは,物と向き合いながら,そのときの最善の選択,判断をしていった形です。後は状況に応じて,最適と思われる工法を決めていく。そして役員室のクロスのように,何か発見があったときに工夫する発想と,『よく現場を見ること』を大事にしています」。

図版:役員室の白い壁下から発見された創建時の織り物クロスは洗浄し,復原

役員室の白い壁下から発見された創建時の織り物クロスは洗浄し,復原。ほかにも保存棟からの数々の発見(木の設えの中に金・銀をまぶした壁紙,鉄製扉と真鍮の丁番,チーク製木扉など)が現場提案で復原された

改ページ

現場に乗り込んだ2018年から今年で5回目の桜の季節を迎える。「最高の施工計画が立てられ,それが目に見えて進んでいます。ラストスパートにかけるワクワク感と緊張感,その感動を,チーム一体で味わいたいですね」。

山森工事課長も言葉を継ぐ。「この建物をメモリアルとして大事に思っている方が多いので,復原することで皆さんの思いも後世につなげていけるのが大きなやりがいです。建物が完成後,どのように使われていくのかが楽しみです。何十年か経って後年また改修されたときに,『鹿島はきちんとした仕事をしていたね』といわれるものを仕上げたいと思います」。

完成後のにぎわいに早くも期待だ。

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