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地中美術館 コンクリートの迷宮空間を地中深く構築する

三角コートは地中美術館の見どころのひとつ

三角コートは地中美術館の見どころのひとつ。壁の高さは12.8mにもおよぶ 写真:松岡満男

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ベネッセハウスから地中美術館へ

岡山県宇野港からフェリーで20分。直島(なおしま:香川県香川郡)が,アートの島として様相を変えはじめたのは1992年。世界的建築家の安藤忠雄氏の設計による,美術館とホテルの複合施設《ベネッセハウス》が端緒を開いた。「サイトスペシフィック・ワーク」と呼ばれる手法が当時,大きな話題となった。

サイトスペシフィック・ワークとは,アーティストがその場所の固有性から着想を得て,作品に昇華させる制作手法のこと。直島では施設の計画段階からアーティストと建築家がコラボレーションし,作品とそれにふさわしい空間を創造する。こうした制作過程を経ることでそこでしか体験できない無二の作品が実現するのである。

 《ベネッセアートサイト直島》を展開するベネッセホールディングスと福武財団は,直島や豊島(てしま),犬島といった瀬戸内海の島々を舞台に,この手法でいくつものアートスポットを展開している。

そのメルクマールとなったのが2004年,《地中美術館》のオープンだった。直島南端の丘陵地に埋め込まれた独創的な建築は,2年の歳月が工事に費やされ,安藤氏の最高傑作との呼び声も高い。

シンプルさを追求したコンクリート造形

建物の最大の特徴は外観が見えないこと。鑑賞者は建築の外形を把握できないまま,迷宮のような地下空間をめぐりながら,ジェームズ・タレルや,ウォルター・デ・マリア,クロード・モネの作品を鑑賞していく。安藤氏がここで追求したのは,鑑賞の体験を損なわないシンプルな空間だ。

私たちが普段気にすることは少ないが,建物の内面には本来さまざまな凹凸がある。例えば窓や扉のフレーム,階段の防滑材,壁の立ち上がり部分の幅木といった多種の部材が取り付けられ,真に平滑的な空間にはならない。

地中美術館では,こうした要素すらも最小限にとどめた空間を構築することがめざされた。それは,安藤建築の代名詞である打ち放しコンクリートを際立たせ,それ以外のあらゆる付帯物を極限までそぎ落とし,純粋な造形をつくり上げる挑戦でもあった。

凹凸を最小限にするディテール

施工を指揮した当社中国支店の豊田郁美所長とともに館内を巡ってみた。《ベネッセハウス》の現場以来,ベネッセアートサイト直島の一連の工事に携わり続けるスペシャリストだ。

館内に入るとまず「ほら,ここ」と指したのはガラス扉のスチールフレーム。フレームが コンクリートの壁に埋め込まれるかたちで納まっている。「フレームごとコンクリートを打っています。扉のような付属物は後付けが当たり前ですが,それでは安藤先生の要求するクオリティにはなりません」。このディテールによってフレームの存在感は消え,コンクリート躯体の印象が強まっている。

しかし,「フレームごと打つ」のは並大抵の工事ではない。コンクリートは材料の配合や気候によって仕上がりの表情が異なるため,養生中の品質管理にも気を使う。安藤氏がしばしばコンクリートは生き物だと表現する所以だ。このディテールも見当を誤ればフレームが変形したり,ガラスが破損するおそれがある。しかし,このディテールの実現には離島ならではの勝算もあったと豊田所長はいう。

直島には当時,要求を満たすコンクリートを製造できるプラントがなかった。地中美術館のコンクリートはすべて対岸の岡山県からフェリーで運ばれてきた。地域の人びとの足であるフェリーで生コン車を運搬するのは,1便に6台がやっと。1日あたりの打設量は最大100m3程度となる。これに対し,地中美術館の総コンクリート量8,000m3だった。打ち継ぎが増えればそれだけ,品質の確保は難しくなるが,豊田所長はこれを逆に「精度を追求する余裕が生まれる」と考えた。細かな打ち継ぎに配慮を行き届かせ,難しい納まりを見事に成功させたのである。

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図版:コンクリートと一体的に設置されたスチールフレーム

コンクリートと一体的に設置されたスチールフレーム

図版:足元灯のディテール(左)と仕上がり(右)

足元灯のディテール(左)と仕上がり(右)。照明器具の露出は最小限に留められ,コンクリート躯体と光源のみに抽象化されている

図版:館内のダウンライトのディテール(左)と仕上がり(右)

館内のダウンライトのディテール(左)と仕上がり(右)。コンクリートと一体的につくり込むためにモックアップでの検証が重ねられた

地中美術館の見取り図

地中美術館の見取り図

「1枚の面」を切り抜くように

こうした環境で打たれたコンクリートの最大の見どころは,三角コートと呼ばれる中庭の大壁面だ。庭を囲む高さ12.8mの巨大な三面壁には,安藤建築の真骨頂である美しい肌理を見ることができる。

そしてこの空間を強烈に印象づけるのが,壁を切り裂くように穿たれたスリットである。コンクリートのボリュームを上下に隔てるこの開口部は,壁の向こうにめぐらされた回廊に光を採り込むものだが,豊田所長はこの表現に安藤建築の真髄があると考えた。

「スリットというのは1枚の面を切り抜いてできるもの。このイメージをもって打たなければ失敗なんです」。つまり,ただ隙間が空いているだけでは切り抜いたようにはならない。このつくり込みこそ豊田所長を悩ませた難問だった。

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船上での現場会議

スリットのある壁を「1枚の面」らしく見せるために,上下の躯体を同時期に施工した。別々に打てば仕上がりは異なり,印象はまるで違ったものになっただろう。安藤氏の指定による型枠パネルの割付けが仕上がりから見てとれるが,面の印象を強めるように型枠のラインが上下でつながるデザインになっている。

スリットを断面で見ると,上下の壁の端部──通常,「回り込み」と称される部分が鋭角に打設されている。これにより,まるで壁をナイフで切り裂いたかのような印象を与えるのだ。生コンを型枠の隅部まで均質に行き渡らせなければこのようなエッジにはならない。

豊田所長によれば,こうしたディテールのつくり方は,職人たちと船の上で考案したという。離島での仕事はフェリーが唯一の交通手段であり,皆同じ便で通勤する。それによって仕事に一定のサイクルが生まれ,現場の往き帰りに職人たちと“即席会議”を行うのが習慣になった。「建築家のイメージを具現化する術は図面に描かれていません。特別なものをつくっている実感を共有できたからこそ,彼らもつき合ってくれたのでしょうね」。

図版:三角コートの壁に象られたスリット

三角コートの壁に象られたスリット。エッジのシャープさを追求することで,ナイフで切り抜いたようなコンクリート表現が実現した 写真:松岡満男

図版:三角コートの配筋状況

三角コートの配筋状況。奥に見えるのはウォルター・デ・マリアの作品《タイム/タイムレス/ノー・タイム》の基壇部分

図版:コンクリート打設が少しずつ進んでいく

コンクリート打設が少しずつ進んでいく。壁の配筋によって空間の輪郭が姿を見せはじめた

図版:高さ12.8mにおよぶ三面壁を打つために組み上げられた型枠と足場

高さ12.8mにおよぶ三面壁を打つために組み上げられた型枠と足場。谷底を望むような光景だ

図版:エントランスロビー付近から三角コートを望む

エントランスロビー付近から三角コートを望む。瀬戸内海に抱かれた絶好のロケーション

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アーティストとの対話

地中美術館ではもちろん,打放しコンクリート以外にも入魂のディテールを随所で発見できる。

クロード・モネの名画《睡蓮》シリーズの展示室は「白さにこだわった」空間であり,その「白」の基準もまた鑑賞を損なわない配慮が込められている。壁面は漆喰で仕上げ られ,床には70万個もの大理石のピースが地元住民も参加し,手作業で一つひとつ埋め込まれた。部屋全体が天井からの間接光をやわらかく拡散させるよう色調がコントロールされているのだ。

現代アートの巨匠ジェームズ・タレルの作品《オープン・スカイ》は,時間や天候で移り変わる光や空の色調を体感できる。頭上に望む空の印象を強めるために,開口部のエッジが画用紙を切り抜いたように極限まで薄く仕上げられている。

同じ直島内の《南寺》でタレル氏の作品を実現させている豊田所長には,アーティストと接する際に決めていることがある。「彼らの思考は建物の工事とは全く違います。要望は具体的な寸法や仕上げでは指示しない。あくまで頭の中のイメージを伝えることに徹します。だからこちらも拙速に解決策を提示せず,試作を重ねて粘り強く協議するのです」。

それゆえ施工に時間がかかるが,こうした姿勢が多くのアーティストや職人との信頼を築いていき,アートの島を支え続けていく。

図版:ジェームズ・タレル《オープン・スカイ》の施工中の様子

ジェームズ・タレル《オープン・スカイ》の施工中の様子

図版:モネ展示室の床材の仕上げ作業

モネ展示室の床材の仕上げ作業。70万個の大理石のピースを一つひとつ敷き詰めていく

図版:三角コートのスリットのモックアップ制作過程

三角コートのスリットのモックアップ制作過程。壁の傾斜を再現した状態

図版:三角コートはモックアップで施工精度を確認

三角コートはモックアップで施工精度を確認。安藤忠雄氏も現場に足を運んだディテール

図版:《ANDO MUSEUM》起工式の際の写真

ANDO MUSEUM》起工式の際の写真。左から安藤忠雄氏,豊田郁美所長,福武財団理事長・福武總一郎氏

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