ホーム > KAJIMAダイジェスト > November 2014:特集「せとうちアート建設ツーリズム」 > 豊島美術館

KAJIMAダイジェスト

豊島美術館 3次元曲面のコンクリートシェルを実現させた驚異の工法

屋根の下はさえぎるもののないシームレスな空間

屋根の下はさえぎるもののないシームレスな空間。ふたつの大きな開口にガラスなどはなく,瀬戸内海の風や音,ときには雨も降りこむ。屋内でありながら屋外的な環境がつくり出された館内で,来館者は五感をはたらかせて環境への想像をふくらませる 写真:矢野勝偉

水滴のような造形

直島と小豆島のちょうど中間に位置する人口約1,000人の豊島(てしま:香川県小豆郡)。この北東部,唐櫃(からと)地区に2010年,建築家の西沢立衛氏とアーティストの内藤礼氏のコラボレーションによる豊島美術館が誕生した。棚田の広がる緩やかな傾斜地で,訪れる人びとの目を最初に引くのが,なだらかに成形された純白の大屋根だ。シェル構造と呼ばれる薄いコンクリートの曲面が,地表を覆うように滑らかな起伏を形成している。「水滴」をイメージした独特の外観は,「建築とアートと環境が一体化するものを」という福武財団理事長・福武總一郎氏の発意から,西沢氏が構想したものである。

低くて薄い屋根の難しさ

豊島美術館の施工がはじまったのは,地中美術館のオープンから5年後の2009年。豊田郁美所長がふたたび陣頭指揮をとった。困難を極めたのは何といってもコンクリートシェルの構築。大屋根の最長スパンは約60m。国内でもめずらしくない規模だが,難関は最頂部を4.67mに抑えることにあった。

ドーム屋根は一般的に頂部が高いほど,アーチ状の半円に近づき構造が安定する。頂部が低ければ,補強材は増え,断面の厚みが増す。豊島美術館では「自然との融合」が理念に掲げられており,コンクリートが強い存在感を出すのは好ましくない。低くて薄い大屋根をいかにして構築するか,「地中美術館とはまるで違うコンクリートの難しさがあった」(豊田所長)。

改ページ

盛土を型枠に

なだらかな曲面をつくるには従来の型枠の支保工では難しい。そこで考案されたのが,盛土そのものを支保工にする方法である。「発想の転換が必要だった」と豊田所長が語るように,ヒントになったのは船舶のスクリューの製造工程だった。プロペラの滑らかな曲面は,じつは砂の鋳型で成形される。この原理をコンクリートに応用できないかとひらめいた。

豊田所長は現場の若手社員にはとにかくモックアップをつくる大切さを教えたという。地中美術館の現場でコンクリートの試験施工から得た手ごたえを,彼らにもつかんでほしいと考えたからだ。

盛土型枠の表面をどのように処理すれば,肌理の滑らかなコンクリートが仕上がるか。複雑な屋根形状を精度よく,かつ断面を薄くするための配筋とは。コンクリート打設後,土を掻き出すのにどこまで重機を使えるか──。一つひとつの疑問をモックアップで検証し,実現の見通しを確かなものにしていった。

土盛型枠の断面図

土盛型枠の断面図。鋳物の製造工程をヒントに,滑らかな曲面を成形できるよう改良を重ねていった

熱気に包まれたコンクリート打設

コンクリートシェルの厚みは,最終的に250mmまで抑えられることがわかった。屋根のコンクリート量は約600m3。これを継ぎ目なく滑らかに打つために,豊田所長はプラント船を手配し,晴れた冬の日にひと息に打設すると決めていた。

実施日となった2010年3月11日,この様子をひと目見ようと島中からギャラリーが集まった。型枠の土盛りがはじまった前年の10月ごろから見物人が現れはじめ,現場周辺は日に日ににぎやかになっていった。

朝9時からはじまった作業は,2台のポンプ車を使って1時間に20~30m3を目安に打ち進む。落ち葉に気を配りながら,左官職人の手が肌理を仕上げていく。夜を徹しての作業となったが,ギャラリーは絶えなかった。すべての作業が完了すると,現場からは自然と拍手が湧いたという。打設開始から26時間が経過した12日の朝11時のことである。

図版:コンクリートシェル構築後の豊島美術館

コンクリートシェル構築後の豊島美術館。豊島の豊かな自然に一滴の雫が落ちたような光景 写真:矢野勝偉

改ページ

完成度を上げるのは職人の感性

「難しい工事だったが,特別に超一流の職人を集めてきたわけではない」と豊田所長は語る。それでも数多くのアート空間が実現できたのは,彼らが豊かな感性を持ち合わせていたからだという。「豊島美術館も当初は他の現場と同じように捉えられていたと思う。そのうち自分がとんでもない建築に関わっていると気づきはじめる。すると途端に仕事のレベルが上がるんです」。20代,30代の若手社員とも積極的に対話し,感性を高め合った。

取材に入った8月中旬,豊田所長は岡山大学キャンパス内で進行中の,《岡山J テラス》(仮称)の現場にいた。《海の駅なおしま》を手がけた妹島和世氏と西沢立衛氏のチーム,SANAAによる設計だ。“ひとり現場”を志願した。「年齢的にはおそらくこれが最後の現場。朝は新入社員と同じくトイレ掃除からはじめますが,今の自分には経験がある。ひとりでどこまでできるか挑戦したいんです」。

現場は2ヵ月後の竣工に向けて,スチールの屋根を自重で曲げる試験の最中だっ た。職人たちとの議論はあいかわらず尽きないという。

図版:豊田郁美所長

豊田郁美所長。「中学生のころから建物をつくる仕事に憧れていた」。そのころの探求心が今に続いている

Column:水が湧き出るアート作品

図版:造成工事開始

造成工事開始。現場で発生した切り土を支保工とするため,豊島内の仮置きヤードで保管した

図版:美術館本体の基礎配筋

美術館本体の基礎配筋

図版:基礎コンクリート打設後

基礎コンクリート打設後。この上に型枠となる土を盛っていく

改ページ

図版:土盛りがほぼ完了

土盛りがほぼ完了。重機を使った盛土表面の成形作業

図版:曲面をより細かく成形するための3次元測量

曲面をより細かく成形するための3次元測量。計測ポイントは3,600ヵ所におよんだ

図版:土盛型枠の表面にはバッサモルタルを塗り重ね,より平滑な曲面をつくりだす

土盛型枠の表面にはバッサモルタルを塗り重ね,より平滑な曲面をつくりだす。この上にはさらに剥離剤が塗られる

図版:バッサモルタルの表面処理後に再度3,600ヵ所の測量を行う

バッサモルタルの表面処理後に再度3,600ヵ所の測量を行う

図版:設計図どおりに忠実に組まれていく鉄筋

設計図どおりに忠実に組まれていく鉄筋

図版:配筋完了後の様子

配筋完了後の様子。鉄筋量は約170t。延べ400人によって高精度に組み上げられた
写真:矢野勝偉

改ページ

図版:いよいよシェルコンクリートの打設作業

いよいよシェルコンクリートの打設作業。大屋根をひと息で打ち込むために,生コンはプラント船で供給

図版:朝9時からはじまったホワイトコンクリートの打設作業

朝9時からはじまったホワイトコンクリートの打設作業。2台のポンプ車を使って一気に打っていく

図版:打設作業は夜を徹して行われた

打設作業は夜を徹して行われた。大屋根が大勢の左官職人によって滑らかに仕上げられていく

図版:夜が明けてコンクリート表面の左官仕上げは最終局面に

夜が明けてコンクリート表面の左官仕上げは最終局面に。その誤差は5mm以内。地域の人びとに見守られながら作業を終えたのは打設開始から26時間後のことだった

図版:打設完了後,盛土の掻き出しを開始

打設完了後,盛土の掻き出しを開始。ふたつの開口部から重機とコンベアで土を掘り出していく

図版:土盛型枠の撤去がさらに進んだ状態

土盛型枠の撤去がさらに進んだ状態。内部空間が次第に現れてくる

改ページ

図版:土盛型枠の撤去後,《母型》の根幹をなすシェル内部の床面コンクリート打設作業

土盛型枠の撤去後,《母型》の根幹をなすシェル内部の床面コンクリート打設作業。430m3を連続打設

図版:3次元自由曲面コンクリートシェルがついに姿を見せた

3次元自由曲面コンクリートシェルがついに姿を見せた。打ち放しコンクリートが美しい表情をのぞかせる 写真:矢野勝偉

図版:棚田の風景にまぶしく浮かび上がる水滴のような造形物

棚田の風景にまぶしく浮かび上がる水滴のような造形物。彼方には小豆島を望む 写真:矢野勝偉

Column水が湧き出るアート作品

豊島美術館では建築のコンセプトである「水滴」と共振する作品が,館内に設えられている。

館内の床には直径2mmほどの小さな孔が186ヵ所に穿たれており,水が不規則に湧き出るようになっている。通常のコンクリートとはやや異なる仕上げの床面上を,水の粒が微風とわずかな起伏に導かれて漂い,1日かけてあるポイントに小さな「泉」をつくり出す。これこそ内藤礼氏によるアート作品《母型》である。

まるで生き物のような水の挙動をつぶさに観察すると,粒が床の上を立っていることに驚く。粘質性の特殊な液体かと思えばそうではない。豊田所長によれば,この水の粒は井戸を掘って汲み上げた天然水である。離島に暮らす人びとにとって,水は生活のための貴重な資源であり,上水を使うことは好ましくないと考えた。不規則に見える水の湧出もおもに自然な水圧で放出している。

環境との一体化をめざしたアート作品は,島の暮らしと共生する試みでもあったのである。

ホーム > KAJIMAダイジェスト > November 2014:特集「せとうちアート建設ツーリズム」 > 豊島美術館

ページのトップへ戻る

ページの先頭へ