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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第11回 上海 リヤカーはリニアモーターカーの夢を見るか?

写真:国鉄上海駅から地下鉄でわずか2駅

国鉄上海駅から地下鉄でわずか2駅。1998年に観光用に整備された多倫路文化名人街では,各所に文化の香り漂う歴史的建造物に巡り合える

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「世界最速」に乗る

一時期に比べれば勢いは鈍ったものの,中国は依然として経済成長を続けている。その牽引役となっているのが上海だ。人口は約2,400万人と東京23区の3倍近くにまで膨れ上がり,首都北京を抜いて中国最大の都市となっている。

上海市には国際空港がふたつある。市の東部の浦東(プードン)空港と西部にある虹橋(ホンチャオ)空港だ。今回は浦東空港から都心を目指すことにした。理由は世界最速の旅客列車「上海トランスラピッド」に乗れるからである。

図版:地図

開発を担当したドイツ企業の名(トランスラピッド)からそう呼ばれるこの磁気浮上式リニアモーターカーは中国語では「磁浮」と,あっけないほど簡単に表記される。乗り方も簡単で,地下鉄やバスなどと共通のICカード型乗車券を自動改札機にタッチし,ホームに入ってきた車両に乗るだけである。

浦東空港と竜陽路駅を結ぶこの路線は,中国全土に広がる都市間をつなぐ高速鉄道ネットワークの展開を視野に入れ,実験的に敷設された。最高速度は時速430kmに達する。現在このスピードを出す時間帯は大体午前9時~11時,午後3時~4時と限られており,それ以外は時速300kmに留まる。それでも同じ区間を走る地下鉄2号線が約55分かかるところをわずか8分で走るのだから,片道50元(約840円)の運賃は割安感が勝る。

写真:都心側の終点,竜陽路駅に停車中の磁気浮上式リニアモーターカー「上海トランスラピッド」

都心側の終点,竜陽路駅に停車中の磁気浮上式リニアモーターカー「上海トランスラピッド」

現在,世界で営業運転を行っている磁気浮上式リニアモーターカーは複数あるが,どれも時速は100km程度。高速で走らせているのは,2003年に開通したこの上海トランスラピッドだけである。

脈動伝わるコンコース

上海市の郊外にある終点の竜陽路駅で,地下鉄2号線に乗り換える。8年前の春にここを訪れた際,この駅には地下鉄は1路線しかなかったのに,現在は7号線と16号線も乗り入れるターミナルとなっている。

上海に地下鉄が走りはじめたのは1995年のことだが,それから22年で14路線,総距離597kmと,路線数では東京をひとつ上回るほどになった。路線距離では約2倍に達しており,世界第1位の座にある。都市の勢いをそのまま路線長に反映しているかのようだ。

このうち2号線は街を東西に貫いており,浦東・虹橋の両国際空港や,4路線が乗り入れる世紀大道駅を通り,上海を代表する繁華街である南京路の真下を走る。メインルートのひとつと呼んでよいだろう。

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写真:中国有数の繁華街,南京路

中国有数の繁華街,南京路。歩行者天国が約1kmにわたって続く。この下を上海市街を東西に走る地下鉄2号線が通る

中国の地下鉄は日本の地下鉄と違って,改札を通る前に空港のような荷物のセキュリティチェックがある。またホームには「礼儀を尽くして譲る」「賢者は秩序を守る」など,マナー向上を促す標語が大きく各所に貼られている。乗客の多くがスマートフォンの画面を眺めているところは日本と似ているが,車内で大声で通話している人を見ると,中国にいることを実感する。

南京路の中間地点にある人民広場駅で降りる。ホームと地上との間には,コンビニエンスストアやファストフード店が並ぶ広いコンコースがある。そこを人々が縦横無尽に早足で移動していく。世界有数の経済都市ならではの脈動が伝わってくる。ところが地上の南京路はそれとは対照的。この辺りは歩行者専用道路となっているせいもあって,観光客も多く,老若男女さまざまな人々がゆったり歩を進めている。こちらは中国有数の繁華街としての顔だった。

写真:地下鉄2,4,6,9号線が通る世紀大道駅

地下鉄2,4,6,9号線が通る世紀大道駅。マナー向上を促すさまざまな標語が貼られたホームドア

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スマホで予約する自転車

再び2号線に乗り込み,市の西側にある中山公園駅へ。近代中国を代表する政治家のひとり,孫文を記念してつくられた公園は市民の憩いの場となっており,歌う人,踊る人,絵を描く人などさまざまだ。加えて公園の脇には巨大なショッピングセンターが立ち並び,若者たちが集うスポットにもなっている。

信号待ちをしていると,カラフルな自転車が傍らに集まってきた。最近中国の都市部で急速に普及している自転車シェアリングだ。利用者を見ると,ほとんどが若い男女である。

上海の自転車シェアリングは欧州や日本のそれとは違って特定のステーションを持たない。街角の自転車置き場に並ぶ車両をスマートフォンのアプリで予約し,2次元コードなどで照合すると鍵が開いて乗り出し可能になる。利用者が若者中心なのもうなずける。

ちなみにこの新世代自転車シェアリング,サービスが開始されてまだ1年半しか経過していない。新しいモビリティをすぐに受け入れ,乗りこなすスピード感,これもまた現在の中国を象徴するものだろう。

中山公園駅から環状運転を行う地下鉄4号線に乗って時計回りに進むと,北京や南京へ向かう長距離列車が発着する国鉄上海駅に到着する。

写真:若者たちが乗るのは最新システムのシェアリング自転車

若者たちが乗るのは最新システムのシェアリング自転車

巨大な駅舎が目を引く南口広場は,とにかく広大で,中国最大の都市としての威厳すら感じる。

写真:中山公園で舞踊の練習をする女性たち

中山公園で舞踊の練習をする女性たち

写真:威容を誇る国鉄上海駅と南口広場

威容を誇る国鉄上海駅と南口広場

写真:国鉄上海駅北口広場の通り沿いに並ぶシェアリング自転車

国鉄上海駅北口広場の通り沿いに並ぶシェアリング自転車

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道を曲がるたびに変わる風景

国鉄上海駅で地下鉄3号線に乗り換えてふたつ目の東宝興路駅周辺,虹口地区のこの辺りはかつて日本租界だった場所だ。近年は昔の街並みを残した多倫路文化名人街が人気スポットとなっていると聞いて足を運ぶことにした。

魯迅をはじめ多くの文化人がこの近くに住んでいたこともあって,観光用に整備された路地には骨董品や古書などを扱う店が並び,タイムスリップしたような気分に浸れる。行き交う乗り物もリヤカーを引いた自転車など,かつての中国を思わせる。上海駅からわずか2駅の場所とは思えない。しかし若者たちが乗るカラフルなシェアリング自転車とすれ違って,21世紀に引き戻された。

過去と未来を同時に見たような奇妙な気分を抱いたまま,再び地下鉄を乗り継いで南京東路駅へ。駅を出て東に進み外灘地区へ向かう。大通りを渡って階段を上ると,黄浦江の流れの向こうにタワーや高層ビルが林立する,観光写真でおなじみの景色が目の前に現れた。

道を曲がるたびに,階段を上るたびに,予想もしない光景が次々と目に飛び込んでくる上海の街。だからこそ川をのんびり行き交う船と対岸の見慣れた眺めは,一種の清涼剤になる。ここを訪れる多くの人が,同じ気持ちを抱いているかもしれない。

写真:黄浦江の夕景

黄浦江の夕景。外灘地区から対岸の高層ビル群を眺める。左が上海テレビ塔。右の上層階が雲に隠れているのが上海タワー。127階建て,632mは高層ビルで世界第2位の高さを誇る

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図版:20年あまりの間に建設が進んだ上海の地下鉄網

20年あまりの間に建設が進んだ上海の地下鉄網。市街地の中心,人民広場および人民公園の一帯は,かつては競馬場だったエリア。現在は,上海市政府,博物館,美術館,劇場などが集まる

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

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