夏井地区海岸堤防工事
10月の完成を目指し,福島県いわき市の夏井海岸沿いで,延長約1kmの新しい防潮堤の工事が進んでいる。
堤体には東日本大震災で発生したコンクリートがれきを有効活用した
CSG(Cemented Sand and Gravel)という材料が用いられている。
ダム建設などに使われてきた「CSG工法」が,防潮堤に適用されたのは国内初となる。
【工事概要】
夏井地区海岸堤防工事
- 場所:
- 福島県いわき市
- 発注者:
- 福島県
- 設計者:
- 建設技術研究所
- 規模:
- 延長920m 体積60,000m3(CSG堤40,000m3) 高さ9m(最大)
- 工期:
- 2012年11月〜2013年12月(うちCSG堤部分:2013年3月~2013年8月)
(東北支店施工)
ダム技術を海で活用
7月末,北海道,東北地方の太平洋側沿岸に吹く山背(やませ)と呼ばれる冷たく湿った冷気が,夏井海岸を覆っていた。東日本大震災の時,この付近には堤防がなく,高さ約7.6mの津波被害を受けたため,早期に防潮堤の整備が望まれている地区の一つである。一般に,防潮堤などの堤防は,盛土を行い,その表層をコンクリートで保護する方法が用いられている。しかし,今回の津波で,内部の盛土部の土砂が流出し,崩壊した堤防が多かったため,より強固な防潮堤の整備が望まれていた。
発注者である福島県が出した答えは,ダム建設などで培われた「CSG工法」の採用だった。この工法は,(一財)ダム技術センターを中心に,わが国で研究・開発された技術で,建設現場の周辺で手に入る材料を有効活用し,環境負荷低減とコスト低減を図るのが特徴である。また,品質保証の手法が確立されており,既に国内のダム本体に適用された実績がある。
施工中の防潮堤は台形状で,延長920m,体積6万m3,高さ9m(最大)。CSG堤の海側はコンクリートにより保護され,陸側は盛土となり植生が施される。同規模の防潮堤を従来工法で構築すると約1年かかるが,「CSG工法」では効率的な重機施工が可能なため,約6ヵ月で構築できる。CSG堤には,震災で発生したいわき市のコンクリートがれきが用いられ,強度は2.9N/mm2以上。津波が堤防を越流した場合でも,盛土のように浸食や流出の心配がない。
試験施工の大切さ
CSGは,コンクリートでいう砂利(骨材)の代わりに,現場周辺で採取できる岩石質材料などをCSG材として利用し,これにセメントと水を加えて製造する。コンクリート用骨材が一定の品質規格に則り,原料の選別や洗浄等の工程が必要なのに対して,CSG材はこうした工程を極力省略する。「地元の材料を,できるだけ手を加えずに活かすことがCSGの最大の特徴です。ここでは,震災で発生したコンクリートのがれきがCSG材の原料です」と若くして数々のダムの施工に携わってきた江角真也工事係は話す。具体的には,CSG材の粒度がばらつくことを前提に,施工可能な水量の範囲を決め,そこから得られる強度の最低値を “CSGの強度”と規定し,設計に反映している。
そのため,事前の試験施工が大切となる。「震災で発生したコンクリートがれきには,ブロックやレンガ,タイルなど様々な物が混じっています。どんな性質で,どんな粒度となるか。本施工を始めるにあたって,徹底的に調べるのが第一歩でした」と現場を統括する宮本浩介所長は振り返る。まずは,い わき市から搬入された最大長辺が100cm程度のコンクリートがれきを破砕して,粒度分布を調べていく。試験破砕されたコンクリートがれきは既往工事で使ってきたCSG材の粒度と同程度で,これならCSGに使えるという自信も湧いてきたという。しかし,本施工へ向けての試験は,これからが本番。「この人がいなければ施工はできなかった」と宮本所長が話すキーマンがいる。当別ダム(北海道石狩郡当別町)などでCSGの経験を積んできた土木管理本部工務部ダムグループの武井昭次長だ。宮本所長含め社員3名という少人数現場ということもあり,試験施工の段階から現場に乗り込み,ダム技術センターの評価を受けながら,品質管理の要となるCSG材の粒度の範囲や単位水量(CSGのm3あたりの水量)の範囲を設定し,CSGの強度決定に取り組んだ。また,振動ローラによる転圧回数の決定,重機の改良など様々な施工方法に関するフォローを行ったうえで,品質管理を支える検査フローを構築した。「品質と施工性は表裏一体」。施工者側の視点から「CSG工法」の発展に向け尽力する武井次長のモットーである。
汎用重機での施工
現場では,コンクリートがれきの搬入,鉄筋などの除去,破砕,CSGの製造,運搬,打設などの作業が,施工フローどおりに淡々と行われている。このシステマティックな重機の動きが,スピード感ある施工を可能にした。「全て汎用重機を使っているのも特徴です」と現場運営全般を担当する荻野博史副所長が教えてくれた。将来的に,地域の建設会社が施工することを考え,特殊な重機ではなく調達しやすい重機を選定しているという。一般的に,ダムでは一度に打設する高さは75cm毎だが,ダムで使用するよりも小型で汎用的な振動ローラーを調達して30cm毎とした。結果として今回の防潮堤の規模だと,30cm毎の方が,効率的な施工が可能となった。“30cm”には,もう一つメリットがある。海岸側に保護コンクリートを打設する際にも,30cmの高さで打設するので階段状になり,津波や高潮時に,万が一海岸側にいたとしても容易に陸側に避難できるのだ。
初めての海工事
「CSG工法」が海岸の堤防に使われるのは初めてだが,工事を担当する3名も,これまで担当してきたのはダムや造成で,海工事は初めてとなる。堤体の北側半分で行われた液状化対策工事では,波の高さや潮の流れを考慮した施工計画が求められた。試行錯誤を続けていたが,なかなか解決には至らなかった。土木管理本部や技術研究所,土木設計本部といった社内の臨海土木のスペシャリストからの支援に加え,地元建設会社に夏井海岸特有の波高や潮流,潮汐について助言をもらい,無事に工事を進めることができたという。「土木は地域特有の自然条件に左右されるため,経験工学的要素も求められることを改めて実感しました」(江角工事係)。
土木を市民の手に
世界初のCSG防潮堤への注目度は高い。官公庁や自治体,地元建設会社など,これまで300名を超す見学者が現場を訪れている。「初めてCSGの防潮堤を経験した者として,責任を感じています」と荻野副所長。所員皆が,単に工事を進めるだけでなく,CSGのメリットや施工方法など,見学者へ丁寧に説明をしている。「コンクリートがれきを使った場合の品質は,この工事で確実に把握できました。私たちのノウハウを地域で活かしてもらいたい」(宮本所長)。いわき市のコンクリートがれきは50万m3に のぼり,そのうち本現場では4万m3を使った。今後の活用が期待される。
「元来,土木構造物は地域で必要な物を地域の市民が造ってきたはずです。ダムのような大規模構造物を支える高度な土木技術を誰もが使える技術にして普及させる。これも私たちシビルエンジニアに課せられた使命だと思っています」。武井次長の言葉に,土木技術者としての矜持を見た。
世界初のCSG防潮堤を実現させた立役者の一人である。かつてダム建設に携わってきた経験から,「CSG工法」が優れていることは知っていたという。しかし,一般に構造物を建設するための材料や工法の決定は,対象構造物への採用実績が重視される。防潮堤に用いたことがない工法を採用することは簡単ではなかった。ダム技術センターの指導のもと,標準的な工法との比較を丹念に行い,同等以上の性能があることを関係者に何度も説明をして,新たな工法採用への道筋をつくった。「とにかく早く,粘り強い防潮堤を整備したかった。そして震災で発生したがれきを有効活用するには,CSGが最も適していた」と話す。
今回,CSG材として用いられるコンクリートがれきは,建設資材として活用されなければ,一般廃棄物として処理する必要がある。処分費と資材費の両面からコストメリットがある選択だ。「誰かが本気でやらなければ,物事は動かない。自分が動いてできるなら,行動すればいい」という信念を貫いた。この言葉を象徴する一つのエピソードがある。昨年12月,試験施工を目前に控え,大地震に起因した海岸線の変化が著しいことが判った。“海と喧嘩しても仕方ない”と即座に関係機関と協議し,陸側への10mのセットバックを決め,予定どおり工事をスタートさせた。
「ちょうど3月11日に,黙祷のあとCSG堤防の本施工に着手し,予定どおり半年で完成できた。コンクリートのがれきを使った防潮堤を実現してくれた鹿島の機動力と技術力に感謝したい」。
現在,県内で最も早い防潮堤の完成を記念して,10月末に地元小学生に記念植樹をしてもらう企画を進めているところだ。