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幸せの建築術 人類の叡智を再考する 第10回 マレーシア・ボルネオ島 集まって暮らす100mのロングハウス

写真:ロングハウスの外観

ロングハウスの外観。入口の階段は外敵の侵入を防ぐため,取り外せるようになっている

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イバン族に興味をもつ

1980年代初頭,私が丹下事務所の仕事でブルネイのバンダルスリブガワンに滞在していたとき,ボルネオ島北部に住むイバン族の話を地元の人から何度か耳にした。かつて首狩りの風習があったという。さらに彼らの住居は,ロングハウスと呼ばれる長い1棟の集合住宅と聞き,建築的にも興味をもった。彼らが実際にどのような暮らしをしているのか,そのロングハウスをひと目見たい。もしかすると危険を伴うかもしれないが,なぜか私は,イバン族に対してそれほど恐怖を感じなかった。

地図

そこで,現地の日本大使館の人に相談してみたところ,真っ青になって「危険だ。やめなさい」と止められた。実際,その風習が残っていたのは20世紀初頭までだそうだが,やはりいざ行くとなると尻込みしてしまう人が多いのだ。しかし,そうなるとますます興味が湧いてくる。

バンダルスリブガワンを船で出発し,ボルネオ島北部,東マレーシアのサラワク州ミリの港に向かった。そこから車でさらに4~5時間走らなければならないが,タクシーがなかなか見つからない。しかし,運良くイバン族が運転手のタクシーがつかまった。

延々と続くリビング

オンボロのタクシーは山へ入っていく。道はもちろん舗装されておらず,走行は困難を極めた。ときに道なき道を走り続け,やっと何棟かのロングハウスが見えてきた。木造,平屋の高床式で,名前のとおり,長いものは100mにもおよぶ細長い形の集住体である。裏側に回ると斜面に建てられていることがわかった。

タクシー運転手がひとつのロングハウスと交渉してくれて,建物から長老らしい,いかにもイバン族と思われる全身入れ墨だらけの老人が出てきた。めでたく住居の中に入れることになり,私は長老のあとに付いていった。

ロングハウスの平面は極めて明快だ。切妻屋根の片側に多くの個人の住戸がほぼ均等の間口で並び,これがいわゆるプライベートゾーンになっている。そしてもう片側が,延々と続く共有のリビング「ルアイ」である。集住体と言っても,ルアイでの生活のみが共同で,各戸の生活はそれぞれ単独に行われている。

個人の住戸へは全てルアイから入る。扉を開けるとすぐに台所がある。台所の奥の空間が寝室で,その先はさらに増築され奥へ奥へと広がっているが,増築の仕方は各住戸の家族数や豊かさによって異なるようだ。

写真:ルアイ

細長く続くルアイ

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写真:ルアイでくつろぐ家族

ルアイでくつろぐ家族の輪に入れてもらう

図版:断面図

断面図。切妻屋根の片側がルアイ,もう片側が住居で,その先に増築部分が続く

図版:平面図

平面図。住居の増築の仕方は家族数や豊かさによって異なる

快適なルアイの仕組み

ルアイでは,所々にさまざまなグループが座って休憩していた。中には昼寝をしている者もいる。食事は各戸の部屋で取っているようで,ここでは酒やお茶を飲みながら話をしている。長老は自分の家族の輪に私を迎え入れ,ちょっと汚れているようにも見える容器に入った酒をすすめた。一瞬ためらったが,イバン族は侮辱されることを最大の恥と考えると聞いていたので,その得体の知れない強い酒を一気に飲み干した。ふと見上げると天井にオブジェのように髑髏(ドクロ)が飾られていて一瞬背筋が凍りついた。しかし飲みぶりが豪快に見えたのか,人々の態度はすっかり和み,歓迎の踊りを披露してくれた。

ルアイは快適な空間である。よく見ると板張りの床に隙間が設けられていて,下から涼しい空気が入り込む。やがてそこから煙が入ってきて,瞬く間にロングハウス中に霧が立ち込めたようになり,視界がきかなくなった。

床下のピロティでは,まだ青い葉の付いた木の枝が焚かれているのである。熱帯地域ではマラリアは大敵だ。マラリア蚊を駆除するため1日数回,定期的に煙を室内に取り入れるそうだ。この煙は天井裏にも回り,熱帯雨林地帯で湿気を含んだ屋根裏を乾燥させる役割も果たすのである。

写真:ロングハウスの裏側

ロングハウスの裏側は,各戸ごとに増築が施されている。突き出したバルコニーの広さもまちまち

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写真:高床の下の空間

高床の下の空間。ここで草を焼き,蚊を駆除するための煙を起こす

写真:新しいロングハウス

新しいロングハウスでは高床下を倉庫や車庫として使っている

プライバシーのバランス

なぜこのように何十世帯もの人々が,1軒の長屋に住むことになったのであろうか。もともとは外敵から身を守るためだったという。高床になっていることも,斜面に建っていることも,それを裏付けている。その昔この部族の男子は,他部族の男の首を取ってこないと一人前の成人男子と見なされなかったらしい。そのためロングハウスには大きな鎌があり,月の出ていない夜に,若い男たちは首を狩りに出かけたそうである。他部族からは当然リベンジを受けることになる。そこで,多くの家族が身を寄せ合い,互いに守り合いながら集まって住むための住居がつくり出されていった。彼らは団結を第一として,ロングハウスの中で長老の指導の下,さまざまなルールをつくって暮らしている。

現代社会では核家族化が進み,プライバシーが尊重され,近隣とのつながりも敬遠されてきた。わが国でも昨今その弊害が顕著にあらわれ,独居老人の孤独死などが社会問題になっている。一方では,シェアハウスなど,集まって住むことを再考しようという動きも出てきている。ロングハウスのプライベート空間と共有空間の絶妙なバランス。ここには集まって住むことのヒントが示されているのではないだろうか。

写真:新しくつくられたロングハウス

新しくつくられたロングハウス

別れ際に,長老から「次に来るときも,必ず俺のところに来い」と言われ,その言葉どおり,興味をもった同僚を連れて数年後に長老を訪ねた。彼は約束どおり歓迎してくれ,再度酒を酌み交わした。首狩りの風習が無くなった現在も,彼らは集まって住み続け,新たなロングハウスがつくられている。

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古市流 地球の歩きかた

マレーシア国旗
(Malaysia)

面積:33万km2(日本の約9割)
人口:2,995万人
首都:クアラルンプール
国土は,マレー半島とボルネオ島の一部
(サバ州,サラワク州)から成る。

すすめられたヤシ酒

ロングハウスの長老にすすめられた酒は,ヤシ酒だと言われた。パームワインとも呼ばれ,世界中のヤシ生息域で広く飲まれている。ヤシの樹液が原料で,溜めておけばすぐに発酵するため簡単につくることができる。このとき飲んだ酒は白く濁っていて,かなり強く感じた。ほんのり甘かったような気もするが,緊張していたせいか,あまり覚えていない。

写真:宴で披露された歓迎の踊り

宴で披露された歓迎の踊り

マラリアの恐怖

元気なときにはなかなか感染しないが,身体が弱っているときなどは要注意。マラリアに感染した蚊に刺されることで発症する。私もアフリカ滞在時に3回ほどかかったことがあり,高熱にうなされ大変な思いをした。早期に治療すれば治癒することが多い。アフリカで同僚が徹夜明けの早朝に発症し,震えが止まらなくなり大騒ぎになった。すぐに薬を飲み半日ほど意識を失うほど寝込んだが,目が覚めたらすっかり良くなり,いきなりテニスをやり始めたのにはびっくりした。

ロングハウスにホームステイ!

現在は,いくつかの旅行会社がロングハウスツアーを企画している。イバン族と一緒に川魚や山菜をとり,現地の料理を味わい,私が体験したような酒や民族舞踊でもてなしてくれるそうだ。中には宿泊客用のゲストハウスをもつロングハウスもあるらしい。実際のイバン族の暮らしを体験できるツアーである。また,ロングハウスをイメージした高級リゾートホテルも建てられていて,スタッフの半分はイバン族の人たちだそうだ。

古市徹雄(ふるいち・てつお)
建築家,都市計画家,元千葉工業大学教授。1948年生まれ。早稲田大学大学院修了後,丹下健三・都市・建築設計研究所に11年勤務。ナイジェリア新首都計画をはじめ,多くの海外作品や東京都庁舎を担当。1988年古市徹雄都市建築研究所設立後,公共建築を中心に設計活動を展開。2001~13年千葉工業大学教授を務め,ブータン,シリア調査などを行う。著書に『風・光・水・地・神のデザイン―世界の風土に叡知を求めて』(彰国社,2004年)『世界遺産の建築を見よう』(岩波ジュニア新書,2007年)ほか。

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