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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第10回 ポートランド コンパクトシティをつくるクール&クリーン・ライド

写真:公共交通優先のトランジットモールを行くMAXグリーンライン

公共交通優先のトランジットモールを行くMAXグリーンライン

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ライトレールに出迎えられて

全米でもっとも住みたい街のひとつと言われるオレゴン州ポートランド。なぜ大都市ニューヨークやリゾート地フロリダではなく,この都市が選ばれるのか。以前から気になっていたこの地が今回のテーマである。

ポートランドには日本からも直行便が飛んでいる。空の玄関口となるポートランド国際空港は市の北東部にあり,中心市街地から直線距離にして10kmほど離れている。飛行機を降り,荷物を受け取って到着ロビーに出ると,MAXライトレールという表示が見える。

図版:地図

ポートランドのライトレールの車両は日本の富山市などで走るLRT(ライトレールトランジット)より大柄で,連接車を2台つなげた4両編成は全長50m以上にもなる。ただしMAXという愛称は大きさを示しているわけではなく,都市圏を走る急行という意味合いのメトロポリタンエリアエクスプレスの略だ。現在5路線があり,国際空港に乗り入れるのはレッドラインである。

米国の空港は自動車でアクセスするのが前提というつくりが多い。本誌8月号で紹介したアトランタもそうだった。しかしポートランドはライトレールが空港に乗り入れ,市の中心部であるダウンタウンとの間をダイレクトに結ぶ。ポートランドは世界屈指の自転車都市でもあり,ホームの脇には駐輪場も完備されている。この一角だけですでに他の米国の都市との違いを感じた。

写真:ポートランドのランドマーク,鉄道駅のユニオンステーションとMAXグリーンライン

ポートランドのランドマーク,鉄道駅のユニオンステーションとMAXグリーンライン

車内で目に付いたのはドアの脇にあるユニバーサルスペースだ。自転車やベビーカーのほか空港利用客を意識して,スーツケースのアイコンが描かれている。ちなみに自転車は前輪を上に吊るして固定する。スペースの節約になるし,人間は席に座っていられる賢い方法だ。

写真:MAXの車内。前輪を上にして縦に吊るす自転車ラックは機能的でお洒落なデザイン

MAXの車内。前輪を上にして縦に吊るす自転車ラックは機能的でお洒落なデザイン

写真:MAX4路線とバス7路線が乗換え可能なローズクォータートランジットセンター駅

MAX4路線とバス7路線が乗換え可能なローズクォータートランジットセンター駅。すべての車両には車いす利用者のためのステップやリフトが設置されている

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ライトレールは空港からしばらくの間,日本の通勤電車並みのスピードで専用軌道を疾走する。駅間も2分前後とライトレールとしては長い。ところがダウンタウンに近づくと速度を落とし,路面電車を思わせる走り方に変わるので,大都市の景色をゆっくり眺めることができる。空港を出て30分,ローズクォータートランジットセンター駅に着く。ホームに隣接してバスターミナルがある。

駅名の最後にトランジットセンターを加えた駅は他にもいくつかある。いずれもバスターミナルが併設してあり,バスと対面乗換えできる駅さえある。バスとの組合せで枝のように路線が分岐し,利用者の立場で公共交通を整備していることが伝わってきた。

住民が築いたダウンタウン再生

街の中心部を流れるウィラメット川を,その名もスティールブリッジという巨大な鉄橋で渡り,ダウンタウンに入る。ここからライトレールは道路上を走る併用軌道となる。碁盤の目のように走る道路は歩道が広くとってあり,車道の幅はさほどでもない。よってライトレールは一方通行で上下線は別の道を走る。

写真:MAXグリーンラインが渡るスティールブリッジ

MAXグリーンラインが渡るスティールブリッジ。MAXの下には長距離鉄道のアムトラックが走る2層構造で,船舶が通過する際は路面の一部が2層ごとエレベータのカゴのように上に持ち上がる

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車窓から外を眺めると,通り沿いのビルは例外なく,1階にショップやレストランが入っていることに気付く。どの店もカジュアルかつファッショナブル。米国のダウンタウンというと,年季の入った古く,ときには暗い街並みが続く,昼間でも怖さを感じるような場所があるなかで,ポートランドは安心して歩ける雰囲気をつくりだしている。

このまちづくりは,1958年に設立された市開発局の力によるところが大きい。彼らは住民の後押しを受けて,荒廃しつつあったダウンタウンの再生に取り掛かった。ビルの1階に店舗を入れ,その上をオフィスや住宅にするという職住近接のコンパクトシティ化を推し進めるとともに,ライトレールを開通させていった。

こうした大胆な取組みが新進気鋭のクリエイターたちの目に留まり,彼らの手掛けた個性的なショップやレストランが次々にオープンした。これが「全米一住みたい街」の原動力になったのである。

ライトレールを降りて近くの洒落たレストランでランチを取り,街を散策すると,巨大な煉瓦造りの建物が見えてきた。ブルワリーブロックと呼ばれるこの建物は,もともとはビールの醸造所だった。当時の建造物を一部残しつつ再開発され,ショップやオフィス,住居が入っている。ポートランドではこれ以外にも由緒ある建物を残してランドマークとしつつ,機能面では現代的に仕立て直す例がいくつかあり,無機質になりがちな街並みに情緒を加えている。

写真:ブルワリーブロック。かつてのビール工場を改装した一画で,ショップ,オフィス,住居などに使用されている

ブルワリーブロック。かつてのビール工場を改装した一画で,ショップ,オフィス,住居などに使用されている。ポートランドは現在も地ビール製造が盛んで70以上の醸造所がある

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街を象徴する光景

この辺りにはライトレールとは違う車両が走っている。こちらはストリートカーと呼ばれる路面電車で,ダウンタウンを南北に貫くNSラインと,ウィラメット川をまたぐように環状運転するAループ(時計回り)/Bループ(反時計回り)の3路線がある。車両は全長約20mとライトレールより小柄である。古い倉庫を改修したギャラリーやショップで若者に人気のパール地区やダウンタウンの南に位置するポートランド州立大学を結ぶ。

Bループに乗ってみる。しばらくダウンタウンを南に向けて走るが,まもなく街並みが途切れ,サウスウォーターフロントと名付けられたウィラメット川沿いの再開発地区に入る。1960年代の住民運動を受けて,米国で初めて高架道路を撤去することで公園やビルにつくり変えたという画期的なウォーターフロント再開発地区のひとつだ。

写真:1年を通してさまざまなイベントが開かれるポートランドの中心地パイオニアコートハウススクエア

1年を通してさまざまなイベントが開かれるポートランドの中心地パイオニアコートハウススクエア

写真:開閉式の自転車用ラックが前面に設置された路線バス

開閉式の自転車用ラックが前面に設置された路線バス。自転車は自分で載せる

写真:地元企業であるナイキが出資して展開している自転車シェアリングの駐輪場

地元企業であるナイキが出資して展開している自転車シェアリングの駐輪場

まもなくストリートカーは真新しい吊り橋を渡りはじめた。ティリカムクロッシングと名付けられたこの橋は2015年に開通したばかり。特筆すべきは公共交通と歩行者,自転車だけが通れる「環境に優しい橋」であることだ。ここもまたポートランドのまちづくりを象徴している。

米国の都市ではお世話になることが多いタクシーやライドシェアを,ポートランドでは一度も使わなかった。ダウンタウンに滞在していれば,ほとんどの用事が公共交通でこなせる。しかもダウンタウンのお店やギャラリーなどの多さは,進んで出かけたくなる。暮らしてみたい,そんな言葉が自然と口に出る。

「全米でもっとも環境にやさしい都市」「住みたい都市」と言われるその片鱗を覗くことができた。

写真:サウスウォーターフロント地区とウィラメット川東岸を結ぶティリカムクロッシング

サウスウォーターフロント地区とウィラメット川東岸を結ぶティリカムクロッシング。ティリカムは先住民の言葉で人々の意

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図版:ポートランド中心部。メインストリートのノースウエスト6thアベニューとノースウエスト5thアベニューは公共交通優先のトランジットモールとなっている

ポートランド中心部。メインストリートのノースウエスト6thアベニューとノースウエスト5thアベニューは公共交通優先のトランジットモールとなっている

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

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