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KAJIMAダイジェスト

鹿島防災・減災技術カタログ

当社では地震をはじめ,津波,台風,火災といった自然災害と,
それにともなう二次災害に備える防災・減災技術を数多く保有している。
ここに並ぶのはごく一部だが,一朝一夕でつくられたものではなく,
すべて時代ごとの要請に応えながらスパイラルアップしてきた技術である。
ITを駆使したシミュレーションシステムから最新の制震装置まで,その最前線を紹介する。

鹿島防災・減災技術カタログ

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想定外に挑む地震応答評価システム

東日本大震災は前代未聞の規模と言われた。震度7の揺れに2度続けて襲われた今年4月の熊本地震もまた,多くの専門家の想定を超えるものだった。では“建物被害の想定”とはいったいどのようなことなのか。

当社が進める地震応答解析技術の研究・開発は,想定の幅を大きく押し広げる試みだ。〈地震応答評価システム〉と呼ばれるシミュレーション技術では,建物・基礎・地盤を三位一体でモデル化するのが大きな特徴である。これまでに起こりえなかった災害状況を仮定して建物の一体挙動を検証する。

建物と基礎,地盤を一体的に解析するメリットは,振動によってもたらされる相互作用を把握できることにある。一般的に杭や地下構造物は地震が起きても大きく変形することは少ないが,地上部の建物本体に揺れを伝えることになる。基礎や地盤の挙動の変化も考慮に入れることで,地震時の建物の揺れをより高精度に把握できるのだ。

実はこのとき,研究の分野で「建物が壊れない基準(クライテリア)」を見きわめるのと同様に重要な視点となるのが,「壊れ方の検証」だ。万が一,想定外の揺れによって建物が致命的なダメージを受けた場合でも,一気に倒壊へと至らないこと。国土交通省が基準を定める「使用限界」「修復限界」にダメージをとどめるようなソリューションを導くこともまた,建物被害を想定することである。

〈地震応答評価システム〉は損傷や破壊に関する複雑な数学モデルを導入して一体解析を行い,さまざまな想定外を想定する。2度続けて揺れた事実が,3度,4度続けて揺れる可能性を示唆し,最高水準の技術やシステムが,次なる想定外を乗り越える知見を生む。

図版:6層鉄筋コンクリート造建物の震動台実験シミュレーション

6層鉄筋コンクリート造建物の震動台実験シミュレーション。建物躯体の色が赤に近づくにつれて損傷の度合いが強く,1階が大きく壊れている

図版:杭基礎の超高層建物に適用した一体解析シミュレーション

杭基礎の超高層建物に適用した一体解析シミュレーション。建物だけでなく杭や地下構造物の揺れや損傷が評価できる

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建物の健全性をスピーディに把握する被災度判定システム

当社では地震発生後の建物の健全性を測るシステムを構築し,2007年から運用を始めている。これは建物の1階や最上階を含む数フロアに揺れを検知する計測装置を設置し,各階ごとの揺れの大きさから建物の損傷状況を短時間で導き出すものだ。熊本地震では,余震にともなう建築物の倒壊や瓦礫の落下といった二次災害への危機意識から,各市町村で応急的な危険度判定の必要性が高まった。建物の安全をスピーディに把握できることはBCPの観点だけでなく,復旧・復興に向けた地域拠点の選定を迅速に行えるメリットがある。

図版:被災度判定システムの画面例

被災度判定システムの画面例

振動の吸収効率を最大化する新世代制震オイルダンパーHiDAX-R

長時間続く地震動をいかに早く効率的に制御するか――,東日本大震災が制震技術に投げかけた問いである。首都圏では高層ビルが長い間揺れ続けた。これにより利用者や居住者の不安感が高まったことが,より高性能な制震構造へのニーズを生み出した。

当社が世界に先駆けて開発した新世代制震オイルダンパー〈HiDAX-R®(Revolution)〉は,頻度の高い震度4,5レベルの地震や長周期地震動の揺れ幅を,一般的な制震構造に比べて半減し,振動の収束時間の劇的な短縮を実現した。もちろん震度7の大地震にも確実に性能を発揮する。

この革新性をもたらしたのが振動エネルギー回生システム〈VERS(Vibration Energy Recovery System)〉である。VERSの最大の特徴は建物の振動エネルギーを一時的に補助タンクに蓄えられることだ。蓄えたエネルギーをダンパー抵抗力のアシスト力として再利用することで,振動制御性能の大幅な向上を実現した。従来の〈HiDAX〉は振動エネルギーをすべて熱に変換する仕組みだったのに対し,〈HiDAX-R〉は地震のエネルギーをそのまま制御力として活かすことができる。これによって振動の吸収効率は最大となり,収束時間は最小化されるのである。

写真:HiDAX-R。中央右上の円筒が振動エネルギーを蓄える補助タンク

HiDAX-R。中央右上の円筒が振動エネルギーを蓄える補助タンク

図版:高性能オイルダンパーHiDAXの変遷

高性能オイルダンパーHiDAXの変遷。スパイラルアップされる当社制震技術の系譜

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耐震診断とリニューアルの技術

建物の耐震性能とは,地震のエネルギーを吸収できる能力のこと。建物の強さと粘り,そして形状と経年状況から見きわめられる。耐震診断はこれらの点から建物被害の可能性の大小を測る,いわば建物の健康診断だ。

当社では現地調査や設計図書の内容調査にもとづき“診察”を行う。そして補強やリニューアルの手法にもさまざまなメニューを用意しており,発災時に災害対策本部となる庁舎や,フル稼働が求められる病院のように緊急性の高い建物には免震化を提案している。超高層のリニューアルでは,架構やプランによって,マスダンパーやオイルダンパーなど適切な制震装置を選択でき,それらを組み合わせることも可能だ。

東日本大震災では天井が落下する事故が多く発生したが,こうした非構造部材のリニューアル技術も数多く保有している。

これらの更新は利用者が「居ながら®」にして実施できるものも多く,施工中の稼働率低下や移転コストを回避できる。

図版:新宿三井ビルの構造リニューアル

新宿三井ビルの構造リニューアル。屋上には振り子状の制震装置〈鹿島式チューンド・マス・ダンパー(D3SKY®)〉を,低層階には〈HiDAX〉を設置した

図版:共立女子学園神田一ツ橋キャンパスにある共立講堂では,3D計測を用いて複雑な曲面天井の既存架構強度を確認し,適切な天井耐震補強計画を立案した

共立女子学園神田一ツ橋キャンパスにある共立講堂では,3D計測を用いて複雑な曲面天井の既存架構強度を確認し,適切な天井耐震補強計画を立案した

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地盤改良のエキスパートによる液状化対策

建物本体を耐震補強しても,地盤や杭が被害を受ければ建物にも影響が及ぶ。とくに地盤の液状化は復旧に時間と費用がかかることから,事前の対策がものを言う。

交通量の多い道路トンネルの出入口部や港湾の物流拠点などは,広い規模で長期にわたって工事エリアを確保できない。カーベックス®工法はこうした状況下でも,遠隔地からの削孔で地盤改良できる技術だ。また,小型施工機で液状化層に大口径の円柱状改良体を設置するジェットクリート®工法は,稼働中の施設の狭隘部など,通常の重機を使えない場所に有効である。

これらは当社グループ会社のケミカルグラウトが保有する液状化対策技術である。地盤改良技術のエキスパートとして,さまざまな条件下に対応した数多くのソリューションを提供している。

図版:カーベックス®工法を用いた道路トンネル出入口部の液状化対策

カーベックス®工法を用いた道路トンネル出入口部の液状化対策。通行に影響を与えないように道路から離れた駐車場に機械を設置して施工を行った

図版:地中に高圧噴射したセメントミルクが円柱状の改良体となって地盤を固化させる地盤改良技術〈ジェットクリート®工法〉。小型機械を使用するため,狭隘な土地でも施工が可能だ

地中に高圧噴射したセメントミルクが円柱状の改良体となって地盤を固化させる地盤改良技術〈ジェットクリート®工法〉。小型機械を使用するため,狭隘な土地でも施工が可能だ

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津波解析技術とアップグレードされた実験施設

震源から沿岸部までの距離や海底地形によって複雑に挙動が異なる津波は,3つのフェーズできめ細かく解析が行われる。波源から遡上までの広域な運動を解析する「津波伝播解析」,沿岸部到達後の氾濫過程を解析する「津波氾濫解析」,構造物等による津波の変形や波圧の作用を解析する「数値波動水路/水槽」である。

当社ではこれらの検証を数値解析と水理実験の両面で行う。とくに甚大な津波被害に見舞われた東日本大震災以降,より多様かつ詳細な再現性へのニーズが高まったことから,当社技術研究所では今年2月,国内屈指の性能を誇る水理実験施設の機能更新を行った。使用頻度の高いマルチ造波水路では,東日本大震災で観測された2段型波形の再現のほか,従来から2倍の波高による模型実験が行えるようになった。これらによる検証結果は設計にフィードバックされ,安全な海洋・港湾構造物の建設技術確立や沿岸域の防災・減災対策に役立てられる。

写真:より精緻に波を再現できるようになったマルチ造波水路

より精緻に波を再現できるようになったマルチ造波水路

図版:東日本大震災の記録から津波伝播解析を用いた最高津波水位の計算例

東日本大震災の記録から津波伝播解析を用いた最高津波水位の計算例

自然災害のリスクマネジメント支援

災害シミュレーションの対象は建物への物理的な被害だけではない。

当社では,合理的なBCPの策定のために「リスクを正しく知ることが第一歩」と考え,自然災害のリスクマネジメント支援を行っている。まず保有施設全体のスクリーニングによって,被害想定と事業への影響評価(損失額や事業中断期間)を算出する。これを踏まえて,優先的に対策を講じる施設が精査される。大地震などの自然災害による企業の保有施設への被害は,長期間の事業中断をもたらし,企業経営に大きなダメージを与える可能性がある。この可能性を適切に評価し,復旧目標を立てることが防災・減災の第一歩となる。BCPの策定やBCM(事業継続管理)の実践のためのリスク分析や事業影響分析を行い,これにもとづく具体的な被害軽減策の戦略立案を支援している。

図版:BCP(事業継続計画)の概念

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都市型水害を一体的に予測する解析システム

記録的な自然災害が相次ぐ近年,備えが求められるのは地震災害に限らない。人口が集中し,都市空間の利用拡大が進む都市部においては,台風や集中豪雨による水害が懸念されている。当社では都市型水害の状況をより高い精度で評価できる解析システムを中部大学と共同開発し,対策の計画立案を支援している。

この解析システムの特徴は,河川や下水道ネットワークをはじめ,ポンプ場,貯留施設といった水理施設をモデル化することで,一体的な解析が行えることだ。これによって地表面氾濫といった事態も予測でき,浸水が想定される地域にはその対策を提案するなど,総合的な治水対策の計画に結びつけられる。

近年はさらにGIS技術を取り入れた解析が進み,情報環境の高度化にもともない,より高精度かつ大規模なシミュレーションも可能になっている。

図版:都市型水害予測解析システムを用いた解析結果のアニメーション

都市型水害予測解析システムを用いた解析結果のアニメーション。わかりやすいビジュアルは住民説明等にも有効だ

港湾施設の地震・津波対策

東日本大震災以降,国土の強靭化を推進するうえでも,臨海地区の地震・津波対策はとりわけ喫緊の課題となっている。沿岸部は化石燃料の貯蔵・精製施設や,発電所などのエネルギー供給施設,さらに生産・出荷を担う物流拠点が集中しているからだ。とくに埋立地の液状化対策や沿岸部の津波対策が,都市機能を低下させないための重要なポイントとなる。

当社は,港湾施設の被害を最小限にとどめるための技術を数多く保有している。新たな施設を建設するとき,最新のモニタリング・シミュレーション技術にもとづいた調査・診断が行われ,この結果が設計・施工にフィードバックされる。既存施設の液状化対策では,前出の技術を用いて,施設の立地および減災目標に対応した最適なメニューが提案される。津波対策でも,前出の技術や施設を活用し,防潮堤建設や漂流物対策といったソリューションが導き出される。

港湾施設を守るとは,つまり都市と未来を守ること。数多くのソリューションを提供する理由はライフラインを絶たせないため,その一語に尽きる。

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図版:臨海地区の地震リスクとその対策例

臨海地区の地震リスクとその対策例(画像をクリックすると拡大表示されます。)

数千年分のサンプルにもとづく台風シミュレーション

防災白書によれば台風の施設等被害額は地震に次いで大きい。しかし,強大な台風は案外少なく,台風による強風データは不足している。当社では数千年におよぶ仮想台風のサンプルを算出することでデータを補い,風速を評価するシステムの開発を進めている。これは台風シミュレーションと呼ばれ,「台風境界層モデル」を用いた場合,大型計算機を使い数日で計算を行う。近年は海水温の上昇により台風が勢力を保ったまま日本近海まで接近する。災害対策と設計風速評価の両面で効果が期待されている。

図版:台風境界層モデルのアニメーション

台風境界層モデルのアニメーション

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スーパーコンピューターを用いた超高層ビルの気流シミュレーション

超高層ビルには自重や地震力だけでなく,風による力も作用している。台風や竜巻,季節風などのさまざまな種類の風が大きな風外力をもたらすが,そのような風外力に対し,これまでは縮小模型を用いた風洞実験による評価が主流だった。近年,解析技術やコンピューターの発達により,高精度のシミュレーション技術が風外力の評価に活用されつつあり,さらに構造解析との連成シミュレーションなどのより高度な解析も行われはじめている。タワーマンションなど実際の建物の多くは表面にベランダなどの凹凸があり,これに風が作用することで渦が生成される。こうした複雑な流体現象を考慮に入れた評価にはスーパーコンピューターが不可欠であり,当社では世界最高水準のスーパーコンピューター〈京〉を用いた高度なシミュレーションも行っている。

図版:超高層ビルの解析例

超高層ビルの解析例。建物表面に渦が発生しているのが見て取れる

火災時の避難行動を詳細に予測するPSTARS

 大規模な建物で万が一火災が発生した場合,人は必ずしも誘導灯にしたがって避難するとはかぎらない。火の手の位置や熱,煙の流れによって迂回したり,引き返すことも予想される。当社ではこうした状況下で,一人ひとりの動きや相互作用を詳細に再現・予測できる「人・熱・煙連成避難シミュレータPSTARS(People, Smoke, Temperature, And Radiation interaction evacuation Simulator on Sim-Walker)」を開発し,防災や歩行空間の計画に活用している。近年は大型複合施設の増加や,高齢化によって,都市部を中心に多様な人びとが集う空間が増えている。都心部の再開発に加え,スタジアムのような大型の計画でも,避難行動をアニメーションで検証できるPSTARSの明快さとスピーディさに期待が高まっている。

図版:PSTARSの人・熱・煙連成避難シミュレーションの例

PSTARSの人・熱・煙連成避難シミュレーションの例。火の手の状況に応じた人の行動を再現し,防災計画にフィードバックできる

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避難時の階段内を可視化する階段シミュレーター

高層ビルでの火災や地震時の避難経路は,ほぼ階段にかぎられる。そのため階段は,発災時にも安全・安心に避難できるよう堅固につくられている。ところが,フロアの収容人数が多いほど避難に時間がかかることは想像できるものの,階段室まで避難する時間や,ビル内の滞在者が地上まで避難する時間の予測は難しい。避難時間を左右するのは避難開始のタイミングであり,発災時の状況もまたさまざまだからだ。

当社ではフロアごとの人数分布が避難におよぼす影響を測る「階段シミュレーター」を開発し,高層ビルの避難安全設計に活用している。これにより,階段内の渋滞による避難時間の長大化を未然に防ぐことができる。また,発災時におけるビル全体の適切な避難誘導方法の検討にも使用している。

図版:階段シミュレーターの検証例。階段室(グラフの左側)とフロア(右側)の人口分布が,時間の経過にしたがって変化する

階段シミュレーターの検証例。階段室(グラフの左側)とフロア(右側)の人口分布が,時間の経過にしたがって変化する。赤色が火災階を示しており,階層ごとの人数の多寡を示す帯が順に右から左へと移っていく

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