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Interview 予測力・予防力・対応力──次世代の防災・減災に求められる3つの力

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Interview 予測力・予防力・対応力──次世代の防災・減災に求められる3つの力

国土面積は世界の1%未満にもかかわらず,マグニチュード(M)5以上の地震は,
世界の10%が日本で起きている。
わが国が災害列島と称される所以である。地震観測開始から130年あまりの記録によれば,
M8超の地震は概ね10年に一度の割合で起こっている計算だ。
しかしこうしたデータにも,当社の建築構造と研究技術開発を率いる児嶋一雄副社長は一歩踏み込んだ洞察を示す。
「歴史的に見れば震源は分散している。重要なのは地域ごとの災害リスクを見きわめること」。
日本人の防災意識がかつてなく高まる今,建設業の技術開発に求められる役割を聞いた。

児嶋一雄 副社長

児嶋一雄 副社長
建築構造・研究技術開発担当

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「重要なのは地域ごとの地震リスクをきちんと評価して,これに見合った設計を行うこと」

技術開発はスパイラルアップ

当社の技術開発を担う立場として,お客様から「これは最善の技術ですか?」と聞かれることがあります。最新であることには自信を持てますが,技術の進歩によって最善は更新されます。

日本産業技術大賞で文部科学大臣賞をいただいた新世代制震装置〈HiDAX-R®〉は,一朝一夕で生まれた技術ではありません。当社は1985年に京都大学名誉教授の小堀鐸二先生を副社長に迎え,数々の制震技術を生み出してきました。HiDAX-Rの契機となったのが1995年に当社が開発した日本初の建築用オイルダンパーHiDAMです。この原点に当社技術研究所西調布実験場のAVS(Active Variable Stiffness System:可変剛性システム)があります。

当社の制震技術を例に歴史をさかのぼると,半世紀前に施工を担当した日本初の超高層《霞が関ビル》に萌芽が見られます。そのスリット壁は,わが国でまだ強震動のデータが不足していた当時,揺れの減衰性能を設計に採り入れたものです。未知のデータを冗長性で補う,今日の制震装置のはしりとも言える技術に,わが国を代表する構造学者・武藤清先生の先見の明が表れています。

こうした系譜からもわかるように,「技術の棚」に蓄積された要素をスパイラルアップさせ,時代の要請に応じて新しい技術をスピーディにつくり出すのが私たちの技術開発の強みだと感じています。

例えば1995年の阪神・淡路大震災後には,安全・安心に対する社会や顧客の関心の高まりから,制震・免震構造は急激に増えました。当社ではこれまでに進めてきた制震・免震技術を用いてこのニーズに素早く応えました。さらにこのころ,橋梁の耐震補強の必要性も高まるなかで,いち早く既設橋梁の免震化の技術を開発し,実用化の道を拓きました。こうしたスピード感は長年の研鑚の賜物であり,当社技術開発のDNAと呼べるものです。

写真:建設中の霞が関ビル

写真:内部

建設中の霞が関ビル(上)と内部。壁にスリットを設けることで地震力を吸収するディテール

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写真:技術研究所のAVS(Active Variable Stiffness System:可変剛性システム)

日本産業技術大賞文部科学大臣賞を受賞した次世代制震装置HiDAX-R(Revolution)に連なる当社の制震用オイルダンパーの系譜の源流となった,技術研究所のAVS(Active Variable Stiffness System:可変剛性システム)

写真:阪神・淡路大震災後,橋梁の耐震補強が急速に進んだ

阪神・淡路大震災後,橋梁の耐震補強が急速に進んだ。当社ではすでに供用されている橋を免震化する技術を開発。技術研究所で行われた公開振動台実験には多くの見学者が詰めかけた。橋梁の上部工と下部工の間に免震ゴムを設置する工法はその後,広く普及し,一般的な技術となった

独自の安全基準を持つこと

地震の話題が出ない日はないと言えるほど,今日本人の防災意識は高まっています。首都圏一帯には南海トラフや相模トラフが横たわり,内陸には数多くの断層がひしめきあっています。首都直下地震はいつ起きてもおかしくない状況と言われています。

私たちは阪神・淡路大震災以降,地震に関して正確かつ詳細な情報を得られるようになりました。日本中をカバーする数千ヵ所の高感度地震観測網K-NETやKiK-netが整備され,地震のデータは急速に増えたのです。

地震に対する知見が日進月歩で広がるなか,一番の課題はやはり都市部の災害です。被災地の復旧活動も建設業にとって大切な役割であることは言うまでもありませんが,こうした環境で大切なのは,地震リスクをきちんと評価して,これに見合った設計を行うことです。地域ごとの地震リスク,ハザード評価,地震工学の知見を活かした地震動の動的解析といった検討を通じて,建物のダメージ累積に対する安全性を設計段階で評価する重要性が増しています。法的基準に則っていれば十分ということは決してありません。激甚災害を意識した設計を行うとは,つまり独自の安全基準を持つことです。当社の技術開発はこうした信念の下で行われています。

写真:児嶋一雄 副社長

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「公的機関からより高い確度で発信される情報に,ITやIoTを活用して対応する技術が求められます」

急がれるシステム強化

熊本地震では,被災直後の建物の健全性を測る任務の重要性を再認識することになりました。こうした事態に直面し,当社の保有する被災度評価の技術やデータを,復旧に向けてより高度化する必要性を感じています。

一方,被災した建物の健全性を測るのは,簡単ではありません。例えば耐火被覆で包まれている鉄骨造の構造体などは,破断していても目視では判断できない。超高層と中低層でも被害の度合いや現れ方が異なります。当社では地震直後の建物の健全性を測る「建物被害度簡易判定システム」を開発し,普及を進めていますが,熊本地震のような災害に直面し,規模や構造形式に応じたシステムの強化が急務であると考えています。

2013年12月には,防災科学技術研究所・兵庫耐震工学研究センターの実大三次元震動破壊実験施設「E-ディフェンス」で大規模な振動台実験が行われました。この実験は当社と小堀鐸二研究所,京都大学,防災科学技術研究所が共同で行ったもので,建物試験体に強い揺れを与え,崩壊までの遷移を測るものでした。壊れない技術を追求するには,どれほどの地震で壊れるかを把握することも重要です。

写真:防災科学技術研究所・兵庫耐震工学研究センターの「E-ディフェンス」で,2013年12月に行われた大規模な振動台実験の様子

防災科学技術研究所・兵庫耐震工学研究センターの「E-ディフェンス」で,2013年12月に行われた大規模な振動台実験の様子。1980~90年代に一般的だった18階建ての高層ビルを想定した試験体の高さは25.3m、重量420t。通常耐火被覆で覆われて被災の度合いが視認できない鉄骨造の構造体に強い揺れを与え,破断までの変遷を検証するというもの。当社と小堀鐸二研究所,京都大学,防災科学技術研究所が共同で行った,世界最大規模の実験となった

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液状化対策の重要性

インフラの防災面では,液状化対策が今後ますます重要になっていくと思われます。港湾や道路,下水道といったインフラの強靭化が進む一方で,東日本大震災で見たように,液状化により被害を受けた構造物や建物は,復旧にたいへんな時間を要します。液状化が起こりやすい臨海部は発電所をはじめ,エネルギー関連施設が多く立ち並ぶエリアです。

公共的な土木の分野では,国などが主導して国土強靭化に関する政策論が進んでおり,防災・減災関連の技術開発において,これまで以上に,私たちが果たすべき役割は大きくなると考えています。

防災技術に求められる3つの力

私たち建設業が担う防災技術にはこれから3つの力が求められます。ひとつ目は災害を想定する「予測力」,ふたつ目はそれにもとづく「予防力」,3つ目は災害時の「対応力」です。私がPre-earthquake Engineering(予測・予防力の技術),Post-earthquake Engineering(対応力の技術)と呼ぶ技術的な側面の,とくに後者にあたる「対応力」も今後より重要になっていくと考えられます。

現在,内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では「レジリエントな防災・減災機能の強化」をめざして,リアルタイムな災害情報の共有と利活用が検討されています。近い将来,地震の大きさや津波の発生といった情報が公的機関からより高い確度で発信される社会が訪れるでしょう。こうした情報に,ITやIoTを活用して瞬時に対応できる新たな技術開発が,建設業に期待されます。建設業にはBCPはもちろん,建設現場の安全確保といった義務もあり,さまざまな対策技術が今後要請されます。

また一方で,確度の高い情報は私たち建設業だけでなく,建物のユーザーにとっても重要なものになります。エレベーターに偶然乗り合わせる人もいれば,身体が不自由な人もいるでしょう。より安全・安心な社会をつくるためには,「災害リテラシー」を持つことも重要です。

リスクを予測して,それに対する予防をし,災害が起きたら対応する。私たちがこの力を磨いていくことが,レジリエントな社会をつくっていくのではないかと考えています。

(2016年7月19日,本社にて収録)

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