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interview 企業チームとして在るために

図版:鹿島ディアーズ ヘッドコーチ 森 清之

鹿島ディアーズ ヘッドコーチ
森 清之

1964年10月30日生まれ。愛知県出身。京都大学でLBとして活躍。1989年卒業後,同大のコーチを経て1997年にはNFLヨーロッパリーグのアムステルダム・アドミラルズにアシスタントコーチとして招聘される。アサヒビールシルバースター,アサヒ飲料でコーチ歴を重ね2001年,鹿島ディアーズのヘッドコーチに就任。ジャパンエックスボウル出場4回,優勝1回。ライスボウル制覇1回。近年は2011年の世界選手権など,ヘッドコーチとして日本代表チームを率いる機会も多い。

鹿島ディアーズは,創部以来「仕事との両立」「勝利への徹底的なこだわり」「社員・会社のためにあること」の3つを理念に掲げてきました。毎シーズン,日本一を目標に据え,勝つことでファンや社員,家族の期待に応えようと挑んできました。

私がヘッドコーチに就任した当時は,日本のスポーツ界でもヨーロッパ型のクラブチーム化が進み,企業スポーツの在り方が社会全体で変わりつつある頃でした。私にとってこの変革期にチームを任されたことは,大きな意味を持ちました。関連の資料や文献を読み込み,企業チームとしての価値を見出すことが私に与えられた役割であり,それがチームの存続につながるという思いに至りました。アメフトができる環境が当たり前ではないのです。この意識は常に選手と共有してきました。活動をご支援いただく以上,我々は会社にメリットがあるよう努めなければなりません。むろん「社員が選手」「仕事との両立」を絶対的な理念とする企業チームですから,練習時間や選手採用の制約はありました。しかし,その環境下で日本一を狙うチームをつくっていくことがヘッドコーチを担う私の本分ですし,むしろ面白くやり甲斐のある任務と思ってきました。

これまで13年間,チームの歴史の約半分に携わらせていただきました。会社の貴重な人材である選手やスタッフの大切な時間を預かった以上,彼らにはフィールド以外でも必要とされる人間になって欲しいと願い,伝え続けてきたつもりです。多くの選手は,引退後はアメフトと関わりのない人生を歩みます。スポーツ界において引退後のセカンド・キャリアは大きな課題です。アメフトだけ上手くても仕事をおろそかにするようでは,長い人生を豊かに過ごすことはできないでしょう。ディアーズの選手にもそのことを伝えてきました。試合後に現場に直行したり,夜勤明けで練習に参加する選手の姿勢を見るたびに,彼らを逞しく,誇りに思いました。彼らが職場で活躍している評判を耳にするのは本当に嬉しく,ありがたいことでした。

鹿島ディアーズとしての活動を今シーズン限りとする方針は,昨春の練習日である休日にグラウンドで選手・スタッフに一斉に伝えられました。私は正直,その日は動揺を最小限に留めるミーティングを行うのがやっとだろうと推測していましたが,選手の方から「貴重な練習日なのだから,しっかり練習したい」と申し出があり,全員が予定通りのメニューを消化しました。私が想う以上に,精神の面でも逞しく成長してくれていたのです。指導者冥利と喜びを強く覚えた瞬間でした。私たちの活動の基盤と成長の原動力は,現役時代を支えて下さる先輩・同僚,そして家族への感謝が全てです。試合で勝つことはもちろん重要ですが,それ以上に選手やスタッフが,感謝を糧として人として成長してくれることにやりがいと喜びを感じています。

改ページ

鹿島ディアーズは,来シーズンから「鹿島」を卒業し,クラブチームとして新たなスタートを切る予定です。「仕事との両立」「勝利への徹底的なこだわり」という創部以来受け継がれてきた理念は新たなスポンサーにも賛同いただき,今後も“ディアーズ”の名称を残し,継承していくことになりました。鹿島ディアーズほど血の通った応援をしていただけたチームは他にありませんでした。その気持ちを,心を,魂を,新体制で迎えるチームに引き継いでいきます。これまで積み重ねてきた25年間の成果が問われる時でもあります。鹿島を巣立ってからも,我々への応援を楽しみの一つに,また家族や仲間とのコミュニケーションの場としていただければ少しでも恩返しができるのではないかと思います。新しいディアーズもぜひ会場で応援いただきたいと思っています。改めて,これまで我々を応援して下さった皆様に深く感謝いたします。

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