H22行徳可動堰改築工事
江戸川の治水・利水に重要な役割を果たしてきた
行徳可動堰の改修工事が当社JVの施工で進められている。
一級河川での大規模改修工事にこれまで前例はなく,関係者の注目が集まる。
既存インフラの長寿命化に挑戦する現場を紹介する。
【工事概要】
H22行徳可動堰改築工事
- 場所:
- 千葉県市川市
- 発注者:
- 国土交通省関東地方整備局
- 設計:
- パシフィックコンサルタンツ
- 規模:
- 堰柱補強工4基
既設ゲート撤去・新設ゲート設置3門
機械室工(解体・新設)4室
擁壁工(左右岸)一式
修理用ゲート格納庫工一式 - 工期:
- 2011年3月~2014年8月
(東京土木支店JV施工)
市民生活を支える可動堰
関東地方を流れる利根川水系・江戸川は,延長約60km,流域面積約200km2の一級河川である。茨城と千葉の県境から流下し,埼玉県と東京都,千葉県を辿って東京湾に流れ出る。この河口近くで川を仕切るのが行徳可動堰だ。完成したのは1957年。コンクリート製の4基の堰柱とその間をせき止める幅約30mほどの鋼製可動式ゲート3門が,利水と治水両面の役割を果たす。河口部をせき止めることで,海水の遡上,塩害を防ぐとともに上流の水位を確保し,降水量の少ない時期でも安定した取水を可能にする。水道用水の取水は約1,000万人分に上り,工業用水は約28万m3/日が利用されている。一方で,増水時にはゲートを開いて放流し,氾濫を防ぐ。
市民の生活を支えてきた行徳可動堰だが,半世紀を経て老朽化が目立つようになり,2011年3月に改修工事を開始した。工事は施工エリアを締め切って排水し,ドライな環境をつくることからはじまる。その上で堰柱に耐震補強を施し,並行してゲート撤去と新たなゲートの設置を行っていく。既に2基の堰柱とゲート1門の施工が完了している。
「行徳可動堰が完成した当時,東洋一の可動堰と呼ばれたそうです」と話すのは,羽田空港で現場を指揮してきたことで知られる井上哲夫所長。工事は生活に欠かせないインフラの再整備であると同時に,地域の防災・減災にも資する重要な事業だと気を引き締める。「地域の皆さんは協力的で,がんばれと声をかけてくれる方もいる。その期待に応えたいと思っています」。工事用道路の出入口には経験豊富なガードマンを配置し,道路向きに強風が吹いた際にはクレーンの揚重作業を止めるよう指示を出す。現場は,生活道路として利用されている行徳橋を稼働させながらの工事に細心の注意を払って進めている。
突貫工事に向けた覚悟
この工事の最大のポイントは,タイトな工程にある。河川工事は河川法の定めで降水量の多い時期は施工できず,渇水期にあたる11月から5月の7ヵ月間が工事期間となる。3度の渇水期で工事を完成させる予定だったが,はじめのI期工事は超軟弱地盤のために思うように工事が進まず,実質残りの2期ですべての工事を完了させる必要に迫られた。
工務全般を受け持つ支倉満工務課長は,「発注者である国土交通省担当者の『どうしても予定通り事業を終わらせたい』という言葉が印象に残っている」と語る。一級河川の大規模な堰の改修はこれまで前例がなく,国土交通省は行徳可動堰の改修をパイロット事業に位置づけている。ここでの実績が今後の指針となる ため関係者の注目度は高く,現場の視察・見学会も頻繁に行われている。「難工事なだけに,発注者の信頼を得て一緒に進めていくことが重要です。膝を突き合わせて打ち合わせを重ね,計画してきました」。
軟弱地盤をよく知る臨海工事のスペシャリスト井上所長と朝倉良介工事課長がII期工事から着任した。「未だ成し遂げたことがないからこそ,挑戦しがいがある」という朝倉課長だが,工種数30を超える複雑な工事を厳しい工程でこなさなければならない。昼夜休みなしの突貫工事でも間に合うか,成否は作業員の士気にかかっていると考えたという。「協力会社にはありのままを伝えました。覚悟を決めて現場に来てほしいとお願いしたのです」。2012年11月,本格的に工事が稼動した。
ドライエリア構築
現場ではドライエリアの構築がひとつのポイントとなった。1門あたり延長34.5m,幅2.5m,高さ5.0mの仮締切ゲートを工場製作し,曳航して堰の上下流両端に設置する。こうして施工エリアを締め切った後に内部を排水していく。しかし4,500m3におよぶ排水には,目には見えない課題があった。堰の周辺河床は水流による浸食を防ぐためにコンクリートが打設されているが,排水することで水圧のバランスが崩れて浮力が発生し,河床底版が崩壊するおそれがあるのだ。
この現象を防ぐために慎重に検討が行われた。底版部周囲への遮水鋼矢板打設に加え,揚水を行って水圧の上昇を防ぎつつ,底版下部に間隙水圧計を設置して土中の間隙水圧を計測する管理システムを構築した。水圧データはパソコンで常時監視。水圧が一定の値を超えると職員の携帯電話に警報メールが発信され,現場では赤色灯が回転点灯して注意喚起される。この時点で作業を中断して総員が避難し,さらに管理値を超えた場合はゲート内に注水を行うことと定めた。土中の間隙水圧を管理しながら5日かけて排水作業を行って無事に完了し,3ヵ月かかってやっとドライエリアの構築が完成した※ 。朝倉課長は振り返る。「当初は工事完成の目途もつきませんでしたが,排水が完了してはじめて手ごたえを感じました。“これで工事が終わる”と」。
既設ゲートはクレーン付台船で揚重できる大きさに溶断・分割して撤去し,ゲートの新設を行う。堰柱補強工は,堰柱の表面厚さ10cm分を斫(はつ)って鉄筋の健全性を確認した後に,せん断補強筋を配置してコンクリートを20cm厚で打設する。II期工事の間に,左右岸の擁壁と修理用ゲート格納庫も完成し,異常出水などのトラブルに見舞われながらも工程の遅れを取り戻すことに成功した。「ここまで漕ぎつけられたのは,協力会社の皆さんの誠実な仕事ぶりのおかげ。慣れない河川工事のなか,遭遇する課題に対してできないとはいわず一つひとつ解決策を見出してくれた。プロのプライドを垣間見ました」(朝倉課長)。
※仮締切の施工方法と安全対策については,特許出願中施工手順
土木技術者の原点
現在,2基の堰柱とゲート2門を施工するIII期工事が行われている。現場管理を務めるのが酒井寿裕工事係と今村福一工事係だ。II期工事で知見を得てはいるが,堰柱周辺の施工量はII期工事の倍となる。「30m四方2マスの狭隘なエリアで100人弱が作業しますから,安全には十分な配慮が必要です。当然品質も重要で,手戻りは許されない。すべてが満点でなくてはならないのです」と酒井工事係。資材・作業員不足は深刻だが,その環境を受け止め現場を切り盛りしている。今村工事係は2013年入社の新入社員。立会検査などを担当する。「日々様々なことを経験させてもらっています。周囲の会話がやっと理解できるようになってきました」。入社からもうすぐ1年が経つ。
井上所長は「その時代で社員の役割に大小はあれども,市民の安全を守り,市民生活の繁栄に貢献してこその土木技術だと思っています」と若手の成長に目を細める。東日本大震災で防災・減災の重要性が議論され,国策として国土強靭化が推し進められている。高度経済成長期に建設されたインフラの長寿命化は建設業に課せられた喫緊のテーマでもある。新たな技術に挑戦して課題に先鞭をつけていくことが,技術者の大きな糧となる。「ここは土木技術者の原点に帰れる現場です。市民が必要としているものを,先達から次代に受け継いでいく。こうした機会に恵まれることはなかなかありません。技術者冥利に尽きます」。
工事は,これから大詰めを迎える。2014年8月に現場は竣工する予定だ。