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折りと包みと結びと歳時

紙幣包み

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真と行の熨斗包みの雛形。200年ほど前の江戸時代の文化13(1816)年の折形資料。
折形デザイン研究所所蔵

熨斗袋のルーツ

日常生活に最低限必要な物の品揃えをしてあるのがコンビニです。その文房具のコーナーにお祝いやお悔やみで使われる熨斗(のし)袋があります。熨斗袋はある意味で日用品のひとつになっています。

熨斗とは熱をかけて伸ばすこと。昔のアイロンは火熨斗と呼ばれていました。意味を踏まえて正確に呼ぶならば,熨斗袋は熨した鮑(あわび)を折形で包んで添えた紙幣包みと呼ぶべきかもしれません。われわれ,折形デザイン研究所では正確を期する意味で,「紙幣包み」と名付けて,熨斗袋とは呼ばないよう心がけています。

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包む文化

贈り物をするには,理由があります。「祝い心」があり,その目に見えない「心」を物に託すことが贈り物でしょう。和紙を延べ,そこに贈り物を据えて折形で包むことによって初めて「心入れ」ができると考えています。袋があってその袋に金品を入れるのでは大切なことが失われてしまいます。袋とは呼ばずに包みとすることにこだわる所以です。

風呂敷は物があり,それに添うようにして包みあげます。物に添うというところが極めて日本的と考えるのですが,いかがでしょうか。文化のあり様が象徴的に現れています。

立体的な贈答品には掛け紙(熨斗紙)を掛ける習慣が一般的ですが,掛けるのではなく本来は包むべきと考えています。袋に入れる,物に掛けるは,作業の簡略化と合理化から生まれた形のような気がしてなりません。物を贈るというのは人類の根源的な営みですので,丁寧に考えていきたいと思います。合理性やこちら側の事情ばかりを立てずに主客を入れ替えてみることも大切なことではないでしょうか。

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折形デザイン研究所が美濃の手漉和紙職人と共同開発した「あつうす」の紙幣包み。
和紙を漉くプロセスで厚いところと薄いところを漉き分け,
和紙の透ける特性を生かした現代の「紙幣包み」

伝統との向き合い方

形式化や形骸化を避けるには,常に本儀を訪ね,知ることが大切です。だからといって本儀に戻さなければならないのではなく,尋ね,知り,保守的にはならずに融通無碍に対応していきたいものです。

伝統的なことに関わるときも,この姿勢が大切だと考えています。武家故実家であり『包結図説(ほうけつずせつ)』を著した伊勢貞丈(いせさだたけ)(1717–1784)は『包之記』で進物に添える熨斗鮑包みについてこう述べています。

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一,熨斗鮑を包むこと。当世の進物では,必ず魚鳥の類を添えるのが,祝の心を示すこととされている。魚鳥を添えないときは,干し肴あるいは熨斗鮑を,百本千本添える。略するときは,熨斗鮑二,三本を切って,これを紙に包んで添える。しかし,熨斗鮑の包み方といっても,とくに定められた方式はないが,いにしえの京都将軍の時代に用いられた包み方は左の通り(下図)である。ただし,これは式三献(しきさんこん)の際の引き渡しの包み方であり,当世風の進物に添えるためのものではない。魚鳥を添えるときは,熨斗鮑を包んで添えるには及ばない。これは当世風のならわしだ。(現代語訳)

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伊勢貞丈著『包之記』。熨斗鮑包みのくだりの見開き頁。左の図は折り方と展開図。欄外の頭注で,ただし書きを加えて進物に熨斗を添える習わしは古風にはなかったと述べている。伊勢貞丈は,『包之記』を上巻,『結之記』を下巻とする2巻からなる『包結図説』を著した

つまり,貞丈の時代の江戸中期には当世風として進物には熨斗鮑が添えられていたことがわかります。コンビニでわれわれが目にする熨斗袋はこの時代にルーツがありそうです。しかし,それは本儀ではなく当世風だ,と断じているのですから穏やかではありません。

しかし,時代に抗することが難しく,貞丈は,やむなく式三献の儀,つまり儀式の引き渡しの膳に据える熨斗鮑の包み方を示しています。伊勢貞丈も逡巡したことが書きぶりからうかがえます。現代化させる際に伝統をどこまで受け継ぐのか,時流の変化にどう応じていくのか。貞丈もその問題と向き合ったにちがいありません。

文化人類学者・北沢方邦の『歳時記のコスモロジー』によれば,進物に鮑を添えるのは,鮑が宇宙論的な女陰や子宮の象徴であり,豊穣を保証する海からの恵みの力をも贈り物としたのだろうと述べています。現代的な知見も参考にする必要がありそうです。

日常のお祝いの場やお悔やみの席,人生儀礼や年中行事の際に取り交わされる金品のやり取りなどの贈答文化の背後には深い歴史と文化が重層しているのです。そこまで立ち帰って折形や歳時を考えていきたいと思います。

回を追いながら,それらのひとつひとつを詳らかにしていきたいと考えています。

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通称ポチ袋と呼ばれている小さな熨斗袋。ポチとは小さな点のことで上方の方言。転じてチップや祝儀のこと。熨斗袋が小さくなり,さらに語呂合わせや転化が加わり,多様な変化が生まれている様子がわかる。白紅の水引が赤い太い線となり上書きは,御祝儀,寸志,松の葉,壽,ひらがなの「のし」となり,さらに転じて蕨の柄などに変化している。昭和の時代のもの

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コンビニでも購入できる一般的な「熨斗袋」。右肩上の菱形の部分が「折形で包んだ熨した鮑」で,贈り物に熨斗鮑を添えた形が形骸化して残っている

参考文献:
北沢方邦『歳時記のコスモロジー』平凡社,1995

やまぐち・のぶひろ

グラフィックデザイナー/1948年生まれ。桑沢デザイン研究所中退。コスモPRを経て1979年独立。古書店で偶然に「折形」のバイブルとされる伊勢貞丈の『包之記』を入手。美学者・山根章弘の「折形礼法教室」で伝統的な「折形」を学び、研究をスタート。2001年山口デザイン事務所、同時に折形デザイン研究所設立。主な仕事に住まいの図書館出版局『住まい学大系』全100冊のブックデザイン、鹿島出版会『SD』のアート・ディレクターなど。著書に『白の消息』(ラトルズ、2006)、『つつみのことわり』(私家版、2013)、句集『かなかなの七七四十九日かな』(私家版、2018)など。2018年「折りのデザイン」で毎日デザイン賞受賞。

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