大阪南部の東西を地下空間でつなぐ技術者の底力
阪神高速道路 大和川線シールドトンネル工事/常磐工区開削トンネル工事
大阪活性化の切り札として期待される阪神高速道路大和川線。
2019年度末の全線完成をめざし,建設が進む。国内有数の古墳群が広がる大阪南部の臨海部と内陸部を直結し,開催が決まったばかりの2025年大阪万博への機運も高まる。
現在,当社JVは延長約10kmの路線のうち,4分の1にあたる区間の地下トンネルの施工を手掛けている。現場社員たちの“ものづくり”へのこだわりと熱意,そして技術で困難を乗り越えた2つの工事に光を当てる。
【工事概要】
大和川線シールドトンネル工事
- 場所:堺市堺区遠里小野町~北区常磐町
- 発注者:阪神高速道路
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規模:シールドトンネル2本
(掘進延長4,082m,
セグメント外径12.23m),中間立坑一式 - 工期:2008年2月~2019年3月
(関西支店JV施工)
常磐工区開削トンネル工事
- 場所:堺市北区常磐町
- 発注者:阪神高速道路
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規模:本線トンネル開削工法 延長350m,
掘削深さ最大38m,掘削土量 40万m3,
函体コンクリート70,000m3,
出入口ランプ延長376m
(矩形シールドトンネル 掘進延長225m) - 工期:2008年2月~2019年3月
(関西支店JV施工)
2019年度中の全線完成が予定されている阪神高速道路大和川線は,堺市堺区の三宝ジャンクション(JCT)と松原市の三宅JCTを結ぶ延長約10kmの自動車専用の幹線道路だ。大阪中心部を囲むように計画されている全長約60kmの「大阪都市再生環状道路」の一部で,開通すれば,大阪高速道路網の大幅な改善が期待される。昨年11月に開催が決定した2025年の大阪万博では,メイン会場となる湾岸エリアへのアクセスにもなり渋滞緩和への役割は大きくなりそうだ。
大和川線の道路構造は,大和川の景観保護,周辺市街地の環境への影響低減,高速道路上部の土地の有効活用により,他路線接続部を除き,地下構造または掘割構造となっている。当社は,全線開通に先駆け2017年に供用を開始した三宝JCTの建設を手始めに,現在は大和川線シールドトンネル工事(大和川線シールド)と常磐工区開削トンネル工事(常磐工区)の2つのトンネル工事を手掛けている。両工事は隣り合わせで連続していて,その延長は本線部分だけでも約2.4kmにおよぶ。
真円度計測で高品質な地下空間を実現
2つの工事のうち,大和川線シールドは,セグメント外径12.23mのシールドトンネルを2,041mにわたって,2本構築した。工区西側に位置する遠里小野立坑から東向きに先行トンネルの掘進を開始したシールドマシンは,常磐工区が構築した常磐西立坑でUターンし,2017年2月までに再び遠里小野立坑まで後行トンネルを構築しながら戻り,掘進を完了した。現在,本線トンネルでは,道路付帯構造物の設置を進めている段階だ。
2本のトンネルの最小離隔はわずか986mm。施工済みの先行トンネルと,掘進中の後行トンネルが地山を介して,お互いに影響し合う難しい工事だった。それでも,「安全と品質を極めることを目標に工事を進めてきました。セグメントのひび割れや漏水は一切ありません」と,着工時から10年にわたり,現場で施工を担ってきた西川明宏所長はトンネルの仕上がりについて,このように胸を張る。現場スローガンに「人に誇れる仕事を,愛と情熱を持って」を掲げている。
高い品質確保を実現可能にしたのは,丹念に施工したというだけではない。後行トンネルを掘進する際に導入した「真円度自動測定システム」の存在が大きい。このシステムは,シールドマシンの中心部分に設けた上向き用と下向き用の2台の回転式レーザー距離計で,組み立て直後のセグメントの形状を1リングごとに測定。トンネル断面の出来形を真円度として算出し,評価する。
先行トンネルでは従来通り,毎回,人が距離計を使用し,上下・左右だけを計測していた。これに対して,後行トンネルでは,トンネルの円周に対して,2台で合計21ヵ所の測点をわずか30秒で計測できるようになった。現場でシステムの開発に取り組んだ紀伊吉隆副所長は,次のように振り返る。「より正確に真円度を把握できるようになったので,次の作業にフィードバックしやすくなりました。セグメントを組み立てる作業員も,競うように真円度の向上に取り組んでくれ,1ピース1ピースに心を込めた作業をしてくれるようになったと感じました」。
掘削発生土を再利用し環境負荷軽減
シールドトンネル内の避難通路は,道路の下に空間を設けている。掘進と並行して,工場で製作したボックスカルバートをシールドマシンの先端から約30m後方で順次据え付けていった。ボックスカルバートの上には,シールドマシンの設備を積んだ後続台車や,セグメントの運搬台車が走行できるようにレールを設置することで,従来のようなレール専用の枕木鋼材を省略し,仮設物の縮減や工程短縮が図られた。
「ボックスカルバートの両側は,シールドの掘削発生土を利用した流動化処理土で埋め戻しました。発生土の約3%に当たる1万6,000m3を現場内で再利用をすることで,少しでも産業廃棄物の減量化による環境負荷の軽減に貢献できるように取り組んでいます」と,西川所長は語る。
遠里小野立坑に設けたプラントで製造した流動化処理土は,高性能ポンプと高耐圧配管を採用することで,トンネル内を最大3km圧送した。流動化処理土の圧送では,前例がない距離だ。圧送中に材料分離や配管内の閉塞が生じないよう使用する掘削土に応じて,配合を調整するなど日々のきめ細かな管理が欠かせなかった。
掘進と中間立坑構築を並行で施工
この工事では,トンネルの掘進と並行して,シールドマシンが往復する区間のちょうど中間付近に浅香山立坑を開削工法で構築した。地上には,当社の建築部門が施工した換気所の建屋が併設されており,立坑を通じて,換気設備や電力設備をトンネル内に引き込む。高さ16m,幅31m,深さ36mの大規模なもので,シールドトンネルの断面は立坑内に完全に取り込まれる。
この立坑の施工管理を託されたのは入社8年目の落宏平工事係だ。「工事のメインはシールドなので,何事もなければ,立坑の構築はあまり目立たない存在です。ただし,立坑が工程通り進まないと,シールドの工程にも影響する恐れがあり,そのことが最重要課題でした」と,落工事係は振り返る。通常,このような中間立坑はシールドマシンの通過以前に躯体の構築を完了させることが多いが,この工事では,工程上の制約があり,シールド掘進と立坑の構築を並行させる必要があった。
先行トンネルが通過した後,底版まで掘削し,躯体を構築。しかも,その後,立坑内を一部埋め戻して,後行トンネルを通過させるという離れ業をやってのけた。シールド掘進という進捗が不透明な要素を抱えながら,適宜施工手順を工夫することで工程を調整。例えば,先行トンネルが通過するまでは,掘削が完了した深さから上側の本設の躯体を構築するなどして,立坑の工事そのものを止めることはなかった。
立坑内の設備の追加などもあり,当初23ステップで計画されていた躯体の構築手順は70ステップまで増加。本線の舗装など設備工事の動線確保のため,従来の下から組む型枠支保工ではなく吊りPC型枠を採用し,昨年12月,最後の頂版コンクリートを打設した。
隣接工事で連携しプロジェクトに貢献
常磐工区は,本線函体(延長350m)を開削工法で施工する。本線両端は,シールドマシンが転回する立坑を有する。「立坑に到達する本線シールド工事への引渡し時期が決まっていたので,それまでに立坑構築を間に合わせるのが工程上の一つ目のクリティカルポイントでした」。当時,工事課長として施工を担当し,昨年4月から常磐工区を率いる羽富公彦所長はこのように話す。
工区西側の常磐西立坑でシールドマシンを転回するのは当社JVが施工する前述の大和川線シールドだ。そこで,常磐工区と大和川線シールドの両工事で工程や作業を調整し,立坑の構築をしながら,部分的にシールド工事に立坑を引き渡すという策を取った。
立坑の引渡し時期が早まれば,その分,シールド工事の工期を少しでも短縮することができる。しかし,そのためには仮設を含めた立坑の施工手順が複雑になり,工事間での情報共有と綿密な調整業務が必要となった。本来は難しい部分だが,どちらも当社JVであったことから,工事間の利害を超え,プロジェクト全体の進捗を優先した。
騒音対策で土留め壁方法を見直し
常磐工区では,大和川と平行に流れる一級河川の西除川と,その右岸に沿って通る市道の直下に,最大幅38m,最大深さ38mの函体を開削工法で構築した。本線トンネルから,地上へ接続する出口ランプ・入口ランプが分岐・合流する。
地上部での施工にあたり,西除川を仮設配管で迂回させて埋め立てたほか,市道も施工範囲に応じて,車線を切り回した。また,現場の両側には,住宅街が広がり,小学校に近接した地域のため,騒音や振動には細心の注意を払った。「土留め壁を施工する重機には,騒音源となる油圧ユニットに防音パネルを装着するなどの対策を取りました。土留め壁の造成が完了し,現場の周囲に仮囲いを設置する段階になるまで,気が抜けない日々が続きました」。こう話すのは,土留め壁の造成を一手に担っていた竹内業史工事課長代理だ。
当初,土留め壁はCRM工法(掘削土再利用連壁工法)で施工する計画だった。しかし,同工法は振動ふるいを用いることから施工中の騒音が大きくなる。そこで,比較的騒音が少ないTRD工法(等厚式ソイルセメント地中連続壁工法)へ変更した。
「コンクリートがつなぐ思い。」
2015年のコンクリート打設から始まり,2018年11月末で約70,000m3の本線函体の打設が完了した。最終となるコンクリート打設は大和川線シールドがシールドマシンの転回で使用した常磐西立坑の頂版コンクリートであった。「ひび割れが少なく,品質が良いコンクリートだと発注者からお褒めの言葉をいただき,打設で様々な工夫を検討し品質確保に取り組んだ甲斐があった」と竹内課長代理。当現場のコンクリート打設スローガン「コンクリートがつなぐ思い。」は,社内で毎年設定しているコンクリート品質向上月間・実施期間において,2018年度啓蒙ポスターの優秀賞に選ばれた。ベクトルを合わせJV職員・協力会社が一丸となってコンクリートを打設してきた成果が実ってきている。
狭隘な地下空間を矩形シールドで掘進
本工事は,設計・施工一括の総合評価落札方式で発注された。仮設・本設の合理化による施工性の向上および工程短縮を目標に掲げた技術提案業務から現場での施工計画,そして施工まで一貫して取り組んでいるのは,戸川敬工事課長だ。実はこの現場では,もうひとつ大掛かりな変更を行った。それは出口ランプ分岐トンネルの施工方法だ。市道直下を開削工法で施工する計画を非開削工法とした。
「出口ランプトンネルの施工範囲は,住宅街に沿った場所に位置します。すべて開削工法で施工する場合,住宅の敷地と目と鼻の先で土留め壁を造成する必要がありました。工事中,周辺住民の方の負担を少しでも軽減するため,外幅8.48m,高さ8.09mの矩形シールドと地中切り開き工にて出口ランプトンネルを非開削で構築できるように全面的に見直しました」。現場で設計を担当した戸川課長はこのように説明する。
矩形断面のシールドトンネルの長さは約226m。地上の発進立坑から西に向かって掘進をし,本線函体に到達した。発進立坑から8%の縦断勾配で下り,土被りは発進部で1.5mの小土被り,到達部で17mとなっている。
この工事に矩形シールドを採用した理由は,円形断面と比較して,掘削断面が最小限にできるからだ。当初計画では,開削トンネルを矩形で想定していたため,その矩形断面を包絡する円形トンネルにした場合,掘削断面が大きくなり,施工可能なエリアを越えてしまう。
シールドマシンには,当社が開発した「アポロカッター工法」を採用した。カッターヘッド(直径3.32m),揺動フレーム,公転ドラムの3点で構成する掘削機構で矩形だけでなく任意の断面形状で掘削することができる。同工法を用いたのは,この工事が3例目となる。
矩形シールドは,掘進の反動で,シールドマシンが回転するローリング(傾き)が出来形に影響しやすい。道路の横断勾配や建築限界を逸脱するほか,この工事では,150mm程度しか離れていない本線トンネル用の土留め壁に地中で接触して,シールドマシンが身動きを取れなくなってしまうリスクもあった。
「アポロカッターは,シールドマシンの断面よりも最大50mm程度大きく地山を切削することができます。ローリングが発生したときは,マシンが回転しようとする方向とは反対側の地山を多めに余掘りすることで,シールドマシンの姿勢が戻るように調整しました」。同工法を最初に適用した大阪市内の地下駅と出入口をつなぐ地下歩道構築で同工法に携わった経験を持つ加藤淳司機電課長は,マシンコントロールのコツを挙げる。
矩形シールドが到達した場所で,本線トンネルはランプ分岐部に接続となるが,その地上も住宅近くで土留め壁を造成できなかった。そこで,本線函体の土留め壁(1次)内から地中横方向に,導坑と呼ぶ小さなトンネルを掘削し,その中から実際の躯体の施工に必要な2次土留め壁を造成。その後,1次土留め壁を切り開いて,ランプ分岐部の躯体構築のスペースを確保した。
現場では現在,本線函体上部の埋め戻し,ランプ部擁壁や避難通路等の付帯設備の躯体構築,西除川の河川復旧工事が進められている。「わ(輪・和)を持って良いものを安全に」。羽富所長は現場スローガンをこう掲げる。着工から10年。全線完成時に「良いものができた」と,大阪の人々に言ってもらえる日まで,気を緩めることはできない。
阪神高速道路
建設・更新事業本部
堺建設部長
杉江 功 氏
現在,関西圏の移動で阪神高速道路を利用する車の約7割が大阪市中心部を周回する1号環状線を1回は通行しています。大和川線の全線開通により,これまで東西方向の幹線道路が発達していなかった大阪南部の堺市と松原市の幹線道路ができ,都心への通過交通が分散し,慢性的な渋滞が大幅に軽減します。先日の堺区民祭りでは参加されていた市民の方々からの声を聞くと,大和川線への認知度や,期待感が高まっていることを実感しました。延長10kmに満たない幹線ですが,開通による大阪経済の活性化に大きく貢献してくれるはずです。
1999年度に大和川線の都市計画事業が承認された際,阪神高速道路公団(当時)の計画部門の立場で携わっていたので,個人的にも思いが詰まったプロジェクトです。当初,地下区間のほとんどを開削トンネルとして計画していました。地上の重要構造物や経済性,工期,周辺環境などを考慮して,なるべく多くの区間にシールド工法を採用するように計画を見直したのは,2007年のことです。ただ,都市計画幅は開削トンネルを計画した当時のまま据え置かれたので,結果,大和川線シールドでは並走する2本のシールドトンネルの離隔が1mを切る,超近接施工が求められました。計画を変更したときと今では,シールドの技術は格段に進歩しており,こうした難易度が高い工事の実現には,鹿島さんの技術が大きく寄与してくれています。また,環境への取組みも積極的に行いました。その一例が,掘削した土を道路面の下部に使用するなど,掘削土の有効活用や廃棄物の排出削減に取り組み,鹿島JVと連名で「平成28年度3R推進功労者等表彰」の国土交通大臣賞を受賞することができました。
一方,地上への出入口を設ける常磐工区は,本線函体を開削工法としましたが,工事中,近隣の方々の生活環境への影響を最小限にするために我々事業者と施工する鹿島JVが協力し,最大限の努力をしてきました。出口ランプ部では従来の開削工法のままでは困難なところ,アポロカッターによる大断面の矩形シールド工法と,本線函体を地中で切り開き,拡幅する前例のない施工方法を考え出せたのはよかったと思います。
大和川線シールドと常磐工区。隣接する鹿島JVの連携により円滑な工程調整ができ,また品質においても両者の目でチェックして良い物を造っていただいています。昨年10月に,大和川線の電力設備の拠点となる浅香山換気所で,2万2,000ボルトの電力を引き入れる「火入れ式」を実施し,ようやく血液が流れ始め,開通のときが刻々と迫っていることを実感しています。地上への影響を可能な限り少なくするため,時間をかけて地下構造物を構築してきました。こんなところに大きな地下空間を造ってきたことに驚きもあると思います。工事に協力していただいた住民の方の期待に応えるためにも,このプロジェクトを成功させたいと考えています。
特定のセグメントを損傷させ地震時の安全を確保
阪神高速道路と当社は共同で,大和川線シールドの地震対策を目的に「損傷制御型鋼製セグメント」を開発。セグメント幅は1.1mで,延長2kmのトンネルに3ヵ所,上下2本のトンネルの合計6ヵ所に1リングずつ従来のセグメントに挟み込むように設置した。
大和川線シールドの耐震設計では,中規模地震の「レベル1地震動」や,兵庫県南部地震のように発生確率は低いものの極めて強い「レベル2地震動」といった一般的な設計で想定される地震動だけでなく,大和川線を南北に横切る上町断層を震源とする地震が発生した場合の「最大級シナリオ地震動」も考慮した。最大級シナリオ地震動が発生した際,損傷制御型鋼製セグメントが座屈することで,そのほかのセグメントが損傷することを防ぐ。座屈したセグメント付近の道路は損傷する恐れはあるが,トンネル全体は崩壊することなく,トンネル内にいる利用者の安全性を確保することが目的だ。
なお,レベル2地震動では,損傷制御型鋼製セグメントは弾性域で挙動するので,座屈しない。地震直後でも,緊急車両は通行可能としている。