山奥のダムや渓谷の橋など,大自然に佇む土木の存在を感じる旅からスタートしよう。
裾野の広がる土木ファンから,先生と慕われる写真家が西山芳一さんだ。
土木写真の道を切り拓いてきた第一人者に,土木を撮ることの魅力を聞いた。
土木への思いを撮る
「土木の魅力は何といっても“人”です。あの大きな構造物が,人の暮らしのために,人の手でつくられていく。それを撮影するのが私のライフワークです」。西山さんが被写体としての土木に出会ったのは30年ほど前。当時は広告写真を主体に活動していたが,ドライブ中にあるダムの建設現場を偶然通りかかり,構造物の迫力に目を奪われたのがはじまり。間もなくして,ある土木雑誌が創刊されることとなり,写真撮影の依頼が舞い込んだ。
当初はダムや橋のかたち,規模に興味をもって撮影していたが,「土木を知るにつれて,人がつくっていることの実感が深まっていきました」。トンネル貫通の瞬間に立ち会った際は,削孔から差し込む光を一心に見つめる工事関係者たちのまなざしに,土木にかける熱い思いを感じた。やがて,土木現場で作業員たちが働く日常の姿を撮影するようになっていった。
例えば,石や土砂を積み上げてつくるロックフィルダムでは,堤体の表面に見えるロック(岩石)はひとつ1tをくだらない。「ロックは重機で積み上げていくが,隙間に細かい石を詰めていく仕上げの作業は人の手。そういった人の力で巨大な土木構造物がつくられていくシーンや,工事関係者の思いを写真で記録していきたいのです」。
西山さんが撮影した土木構造物の写真は,展覧会や刊行物のかたちで人々の目に触れる。「土木の建設現場には一般市民はなかなか立ち入れません。私の写真が,人々と土木をつなぐ一助になれば幸せですね」。
人生経験を重ねた肖像
当社JVの施工で2013年に完成した「胆沢ダム」(岩手県奥州市)は,西山さんの思い入れがとくに強い。すでに20回以上は通ったという。「工事の進捗や現場の方たちの様子が気になって,会いに行ってもいいですか,と突然電話を入れて撮影したことも」。竣工してからも時折訪れては,その姿を写真にとどめてきた。
「土木構造物の一生を撮影し,人生のアルバムとして残していきたい」という西山さんは,土木構造物の撮影時期を人間の一生になぞらえる。「竣工写真は成人式の記念写真。いざ社会に出て,人々の役に立つぞという決意に満ちた顔をしている。一方で建設中の写真は,いわば子どもの運動会などの記録写真。一所懸命な姿が,胸を打ちます。そして,人生経験を重ねた自然体が美しい老人の肖像が,土木遺産の写真でしょうか」。
土木遺産とは,一般的には竣工から50年以上が経過した土木構造物を指す。土木遺産には現役で活躍しているものから,役目を終えて草木に覆われているものまで様々。「人々の生活に溶け込んで,長い年月を経た土木の姿を見て,土木の人生に思いを馳せる旅も好きです」。
建造された当時は今のような重機はなく,「石積みのダムは,3~4人で担げる大きさの石でできている。そこに人の手の跡を感じる」。西山さんの目には,往時のダムの姿だけでなく,建設中の風景が映っている。
土木と出会う旅
胆沢ダムの周辺は,豊かな水を求めて古くから人々が集まって住んでいたため,土木遺産も少なくない。夏におすすめの“土木旅”として,胆沢ダムと土木遺産3ヵ所を巡る約80kmのドライブコースを,撮影のポイントとともに紹介していただいた。
スタートはJR東北本線・水沢駅(岩手県奥州市)のほど近く,めがね橋の愛称をもつ「長光寺橋」。1929年完成のコンクリートアーチ橋だ。見どころは,表情豊かな玉石積み。西山さんは,玉石の陰影が出る時間帯を選んだ。周囲の家並みと調和した橋の佇まいを表現するために,橋の左右を画面に収め,寺の参道らしい欄干の擬宝珠(ぎぼし)を画面の中央に置いた。
水沢から国道397号を奥羽山脈に向かって20分ほど車を走らせると,次の目的地「徳水園」に到着する。国内最大級の「円筒分水工」は1957年に完成。日本三大扇状地のひとつである胆沢平野では,地元の利水のシンボル的存在だ。水をサイフォンで吹き上げ,同心円状に越流させることで,川の流量に関わらず農業用水を正確に分配する。西山さんは,圧倒的な流量のスケール感が伝わるように,人や周辺の構造物を画面に配し,流れ落ちる水の飛沫を高速シャッターで捉えた。
さらに20分ほど西へ進むと,胆沢ダムに至る。トップページの写真は,奥州湖眺望台へと向かうつづら折りの道から見た堤体の姿。水源である焼石連峰を背景に収めつつ,ロックフィルダムが周囲の自然に溶け込む姿を切り取った。
水の流れを感じる
胆沢ダムから西へ約30分。トンネルを抜けると,岩手県から秋田県へと変わり,並行する小川は車と同じ方向へと流れはじめる。ここから先,川の水は日本海へと注ぐことになる。県境を過ぎて約20分,右手に見える「田子内橋」は,山間を流れる成瀬川に架かるコンクリートアーチ橋。西山さんは,軽やかなアーチを表現するために,下流に架かる別の橋から,真正面にその姿を捉えた。
田子内橋から30分のドライブで,湯沢温泉郷に到着。豊かな水の恵みを感じながら入湯すれば,一日の疲れが取れるだろう。
「土木構造物は,人々と自然を結ぶ姿そのもの。それらがどのようにつくられて,私たちの生活を支えているのかを写真の中に映し出すことが,土木を撮る心なのでしょう」。西山さんの心得を胸にカメラを携え,土木旅へ出てはどうだろうか。
土木構造物はそのスケールの大きさゆえに,全貌をフレームに収めるスポットが限られ,撮影アングルが選べないことが多い。そんな土木写真で差が出る“絵づくり”のポイントを西山さんに教えていただいた。
土木構造物の役割を画面の中に収め,写真にストーリーを語らせる。ダムであれば,貯水湖の水面,水源となる山,下流の農耕地や家々。橋であれば,それがつなぐ両岸と,下を流れる川といった要素を入れるとよい。
横か縦か用紙の横使いを英語ではランドスケープと呼ぶように,土木を撮る際は,カメラを横に構えるほうが一般的だ。しかし,対象によっては縦が効果的なこともある。対象の特徴を見分けて縦横を選択するとよい。
立体を引き立てる光被写体に太陽の光が当たる時間帯を選びたい。可能であれば,朝夕の高度が低い太陽が理想的。斜めの光が立体を際立てるのは,スタジオでモデルや商品を撮影するときと同様だ。