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KAJIMAダイジェスト

音の響きを聴く

コンサート鑑賞をメインディッシュにした旅はどうだろう。
音楽ホールの感じ方を知れば,楽曲の味わいもさらに深まる。
音響エンジニアリングのエキスパートである当社技術研究所の古賀貴士グループ長に,
音の響きを聴くポイントを聞いた。

街と人がつくるホール

文化人に愛されてきた避暑地・軽井沢に,初の音楽専用施設となる「軽井沢大賀ホール」が誕生して12年。JR軽井沢駅のほど近く,矢ケ崎公園内の湖畔に佇む瀟洒(しょうしゃ)な建築は,いまやこの地に欠かせない景観となっている。アマチュア演奏家たちを主人公にした今春放送のテレビドラマでは,クライマックスのコンサートシーンの舞台ともなった。

「音楽ホールは,その街の色に染められます。音楽ファンはもちろん,街の人々に育まれていくからです。例えば,ドイツでは観客も演奏も堅実で響きが豊か,フランスは華やかでクリア」。学生時代にオーケストラに所属していた古賀さん。夏休みになると演奏旅行や鑑賞のため国内外各所のホールを巡った。旅先のホールで音楽と街と人をつなげるものづくりに感銘を受け,建設会社での音響エンジニアの道を選んだ。

おすすめのホールを尋ねると,「どんな音楽を,どのように聴きたいかによって会場を選ぶのが大切」だという。例えば「サントリーホール」(東京都港区/1986年竣工)はステージを観客席が取り囲むワインヤード型。対照的なシューボックス型は四角い箱の片側にステージがある。こうした座席配置や,空間のかたち,素材などによって,響きの個性は幅広い。

同じホールの中でも,聴く位置によって音のブレンドのされ方も千種万様。ひいきの演奏家や馴染みの楽曲でも,好みの座席位置と違った場所を選んでみると,新たな発見があるかもしれない。

写真:技術研究所 建築環境グループ 古賀貴士 グループ長

技術研究所 建築環境グループ
古賀貴士 グループ長
音環境のエンジニアリングを研究し,GINZA SIX 観世能楽堂,サンケイホールブリーゼ,戸塚さくらプラザなど多数の劇場・ホールの音響設計を担当。集合住宅の遮音性能の研究なども行っている

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写真:「軽井沢大賀ホール」(長野県軽井沢町/2005年竣工)

「軽井沢大賀ホール」(長野県軽井沢町/2005年竣工)はカルテットやピアノソロなど少人数編成の演奏に適した全824席のワインヤード型ホール。写真中央奥の合唱席と,その左右に設けられた2階立見席はこのホールの特徴のひとつ

写真:湖畔に佇むその姿は,軽井沢の風景として親しまれている

湖畔に佇むその姿は,軽井沢の風景として親しまれている

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静けさに始まる音環境

聴き手からつくり手に視点を変えると,ホールの設計で一貫して重視するのは“静けさ”をつくることだという。「静けさこそが鑑賞空間の土台。そのうえで,はじめて個性豊かな音の響きが生まれる」。また,音を漏らさないことも音環境の基本。どちらも高い精度の施工が欠かせない。

古賀さんが携わったホールを紹介しよう。「アクトシティ浜松」は新幹線駅直結の至便なホールで,城下町の史跡を巡った後に音楽鑑賞といったコースはどうだろう。シューボックス型の「中ホール」は,クラシック音楽の鑑賞に最適な音環境。真横を新幹線が通る立地を感じさせない,優れた音響設計と施工技術の賜物だ。

大阪最大の繁華街・梅田では「サンケイホールブリーゼ」が,地上34階建て超高層ビルの7~8階で観客を出迎える。“文化の殿堂”と親しまれた旧「サンケイホール」が2008年に生まれ変わった中空の名舞台である。スレンダーな建物に,できるだけ広い平面で客席数を確保しつつ,ステージなどの舞台機構を緻密に配置した。

写真:「アクトシティ浜松」(浜松市中区/1994年竣工)

「アクトシティ浜松」(浜松市中区/1994年竣工)は2,336席と1,030席の2つのホールとコングレスセンター,ホテルなどからなる大規模複合施設。写真の中ホールはシューボックス型の好例。大ホールは四面舞台を備え,本格的なオペラの上演にも対応
(Photo: 浜松市文化振興財団)

写真:「サンケイホールブリーゼ」(大阪市北区/2008年竣工)

「サンケイホールブリーゼ」(大阪市北区/2008年竣工)は超高層ビルの中ゆえの平面計画の制約と,振動しやすい鉄骨造といった難条件をクリアし,992席の大ホールを実現した。ほかにも小ホール,ホワイエなどを併設している
(Photo: Nacása & Partners)

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地下に浮かぶ能楽堂の静寂さ

今年4月,渋谷区松濤から「GINZA SIX」に移転オープンした「観世能楽堂」。開場を報じた新聞記事は,「地下ならではの緊密な空間が異色ながら,笛の鋭さ,太鼓や小鼓が空気を震わせる感じ,シテ(主役)の床を踏む音などが鮮烈だ。ジャズのセッションを聞くような耳の体験だった」と感動を伝えた(日本経済新聞2017年4月25日付朝刊)。

もとは外部空間の中で演じられていた能楽の伝統に敬意を払い,「室内ゆえに聴き手が抱く音量への期待に応えつつ,外部空間に近い響きをめざして設計した」と古賀さんは明かす。能楽堂のある地下3階は,上部に建物を貫通する自動車道,側面には地下鉄が走る。外部からの影響を最小限にするため,能楽堂は建物の本体から切り離した構造とした。また,舞台は能の公演以外にも使えるよう,左手前の目付柱を取外し式とし,屋根は上階から吊り下げられている。

写真:「GINZA SIX」に開場した「観世能楽堂」(東京都中央区/2017年竣工)

「GINZA SIX」に開場した「観世能楽堂」(東京都中央区/2017年竣工)。檜舞台と調和する木材を基調としたインテリアで,席数は480席。観世流にとって銀座は江戸時代に幕府拝領屋敷があった宗家ゆかりの地。約150年ぶりに拠点が戻り,新たな伝統文化が育まれていく
(Photo: エスエス東京支店)

新しい能楽堂には,音響設計,建築構造,施工技術と様々な創意が注ぎ込まれている。「“意識しなければ気づかないけれど,ふと気づけば快適な状況”をつくり出すことが環境設計の仕事です」と古賀さんが語るように,観客にそれを感じさせないことが,音環境づくりの妙味なのだ。

Column チェロを試奏する音響エンジニア

「軽井沢大賀ホール」での最初の演奏者は古賀さんだった。右の写真はその時の様子。古賀さんは学生時代,オーケストラに所属したチェロ奏者という顔ももつ。音楽ホールの引渡し前に行われる音響試験では,電気信号によるスピーカー試験が一般的だが,古賀さんは自らチェロを弾き,演奏者とエンジニアの両眼・両耳で確認する。ときに発注者や運営者も見守る中で持参のチェロを奏で,澄んだ音が響いたときには安堵の表情がホールに広がる。古賀さんは現在もプライベートで仲間たちと弦楽五重奏の舞台に立つ。

写真:軽井沢大賀ホールで試奏する古賀さん

軽井沢大賀ホールで試奏する古賀さん

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