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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第7回 パリ 巴里の道の下,メトロは彩る

写真:建築家ギマールのデザインによる2号線ピガール駅の入口

建築家ギマールのデザインによる2号線ピガール駅の入口。パリのあちこちでアール・ヌーヴォーのメトロ出入口に出会える

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100年のメトロ

「メトロ」の愛称で親しまれるパリの地下鉄は日本と違い,地上部分を走る区間が少なくない。メトロ駅の空間は国鉄駅に比べて小規模ながらも歴史を感じさせ,パリにおいてなくてはならない風景の一部となっている。

パリで熱狂をもって迎え入れられた鉄道網の整備が始まったのは19世紀のことで,世界史的に見れば意外と遅い。歴史的な都市で鉄道はいわば新参者だった。

とはいえパリでメトロ敷設のプロジェクトが議題に上がったのは1880年代。今からすれば140年近くも前のことだ。1898年に工事が始まり,オリンピックや万国博覧会が開催された1900年に1号線が開通した。

図版:地図

その後もハイペースで整備が進み,1914年にはすでに10路線が営業していた。第1次世界大戦(1914~1918)後にはさらに3路線が運行を開始した。現在パリのメトロは14路線だから,およそ100年前にはほとんどの路線が営業していたことになる。

日本初となった地下鉄,現在の東京メトロ銀座線の開業(浅草~上野間)が第1次世界大戦後の1927年であることを考えると,パリの整備の勢いを感じられるだろう。

歴史ある駅空間もファッショナブルに

今回はまず,凱旋門が建つエトワール広場から,最初に開通した1号線で東をめざしてみよう。

1号線はシャンゼリゼ通り,コンコルド広場,ルーヴル美術館など著名な観光地を結びながら東西に走る。歴史は長いものの,自動運転の最新型車両が導入され,駅もリニューアルが進んでいる。観光客が多い路線ということもあって,一部の駅には日本語の表示や音声案内もあり,タッチパネルの案内板が設置されるなど,筆者が初めてメトロに乗った30年前と比べると,乗客への配慮はかなり進んでいる。

写真:セーヌ川越しにエッフェル塔を望む

セーヌ川越しにエッフェル塔を望む。川にかかるモスグリーンの鉄橋の上には6号線の高架が載る

写真:1号線バスティーユ駅

1号線バスティーユ駅。100年前の軌道を走る新型車両

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一方で往時の面影を残す駅もある。こうした駅は鉄骨部分を鮮やかに塗り分けてアクセントにしている。コンコルド広場の下にあるコンコルド駅は赤,ルーヴル美術館の最寄となるパレ・ロワイヤル=ミュゼ・デュ・ルーヴル駅は紫といったように。

もっとも鮮烈なのは国鉄ターミナル駅に接続するリヨン駅で,梁や柱は黄一色だ。日本ではお目にかかれない大胆な色使いだが,違和感を抱かせず,むしろファッショナブルに映ってしまうのはパリゆえだろうか。

メトロの駅では地上の出入口にも注目したい。アール・ヌーヴォーの建築家,エクトール・ギマールがメトロ開通時にデザインを手掛けた出入口の屋根やゲート,柵などに市内各所で出会うことができる。中でもおなじみなのは,花をモチーフにしたオレンジ色の外灯をはじめとする鉄材の装飾的な加工だ。その造形は,全体でメトロの頭文字「M」をイメージさせる。「METROPOLITAIN」と記されたサインの独特の書体デザインもギマールによる。

写真:1号線リヨン駅

1号線リヨン駅。黄色に塗られた,歴史の厚みを感じさせるホームはどこかおしゃれな雰囲気

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駅舎めぐりを楽しむ旅

ナシオン駅で1号線から2号線に乗り換える。2号線は当初,かつて旧市域を囲んでいた城壁があった道路の下を走る環状線となるはずだったが,計画段階で南北に分かれ,1号線より南側が6号線となった。この2号線と6号線は,パリのメトロの中でもっとも地上部分が多い。おかげで車窓からも1世紀前の駅舎や橋梁を楽しむことができる。

たとえば2号線バルベス・ロシュシュアール駅は,近代建築の新素材として席巻した鉄とガラスが随所に用いられ,当時の架構やデザインの雰囲気を今に伝えている。一方の6号線は地上でセーヌ川を2回渡る。その軌道はいずれも道路橋の上に設けられた高架上を進む。遠くからもその重厚な姿を望むことができる。

写真:2号線バルベス・ロシュシュアール駅

2号線バルベス・ロシュシュアール駅。鉄とガラスをふんだんに使った歴史的駅舎だ

写真:6号線のベルシー駅~ケ・ド・ラ・ガール駅間は,セーヌ川を跨ぐ道路橋に設けられた高架上を行く

6号線のベルシー駅~ケ・ド・ラ・ガール駅間は,セーヌ川を跨ぐ道路橋に設けられた高架上を行く。後ろはフランス財務省

これ以外にパリの東側を南北に走る5号線もセーヌ川を橋で通過する。こちらは鉄橋の南西側に国鉄オステルリッツ駅があり,セーヌ川を渡った列車は高架上をそのまま進み,国鉄駅の正面玄関を貫いて2階レベルのメトロのプラットホームに入り込む。

パリのメトロには,その名称に「bis」を加えた路線が2本ある。3bis線と7bis線だ。bisとは「第2の」という意味を持ち,ここでは支線を意味する。本線にあたる3号線・7号線が5両編成なのに対し,これらの列車は3両編成で乗客は少ない。しかし,かつて本線の一部だった軌道が通るトンネルは半円状の断面で,うねるような壁面はなめらかに仕上げられており,当時最新鋭の工法で建設されたことがうかがえる。

写真:セーヌ川を渡る5号線

セーヌ川を渡る5号線。鉄橋上の軌道から2階レベルにあるオステルリッツ駅に滑り込む

写真:5号線オステルリッツ駅のプラットホーム

5号線オステルリッツ駅のプラットホーム

写真:3bis線終点のガンベッタ駅

3bis線終点のガンベッタ駅。ここで3号線本線に乗り換える。もともとは本線だったこのトンネルが掘られたのは1921年

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花の都の地下空間

ここまで20世紀初頭に建設されたメトロを紹介してきたが,20世紀末につくられた路線が1本だけある。1998年に開通した14号線だ。1号線とほぼ平行して走るものの駅数は少なく,バイパス的な役割を担う。

14号線は当初からホームドアと自動運転が導入されており,最近の日本の地下鉄と同じように,かなり深い場所を走る。しかし閉塞感はない。ホームも,そこへ至る階段やエスカレーターも,天井を高くとっているので,地下にいるのにむしろ開放的な気分が味わえる。

花の都パリのメトロの空間は,造形や色彩で移動する楽しさを与えてくれる。100年以上の歴史を誇る交通網は街中を覆い,観光客や市民の移動に不可欠な存在となっている。

『巴里の空の下,セーヌは流れる』はパリっ子の日常を描いた名画だが,メトロに乗るとパリの「道の下」にも色彩豊かな日常があることに気づかされ,心を打たれるのである。

写真:14号線シャトレ駅

14号線シャトレ駅。最新路線にふさわしく清潔感があり,洗練された地下空間

写真:天井が高くスタイリッシュな14号線サン・ラザール駅構内

天井が高くスタイリッシュな14号線サン・ラザール駅構内

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図版:メトロを利用すれば,パリ市内の観光地をほとんどめぐることができる

メトロを利用すれば,パリ市内の観光地をほとんどめぐることができる。100年以上前につくられたとは思えない至便なネットワークだ。

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

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