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サンゴを再生する

「海のオアシス」と呼ばれるサンゴ礁には,約50万種の海洋生物のうち4分の1が生息し,
地球上で最も生物多様性が高い場所のひとつとなっている。しかし近年は,沖縄県にある国内最大のサンゴ礁
「石西礁湖(せきせいしょうこ)」で死滅のおそれがある白化現象が広範囲にわたり発生し問題になるなど,
地球温暖化による海水温の上昇や陸域からの土砂の流入といった様々な影響により,
サンゴ礁の衰退が続いている。

危機感が研究のきっかけ

1997年から1998年にかけて世界各地で大規模な白化現象が起きた。これをきっかけにサンゴの保全・再生が盛んに説かれるようになる。白化現象を実際に目の当たりにした山木上席研究員は「ダイバーとしてサンゴ礁の写真を撮影するなどしてきましたが,衰退していく現実に直面し,なんとかしなければならないと思いました」と研究のきっかけが危機感であったと話す。

研究に着手した2003年当時,サンゴ再生の主流は,折ったサンゴの枝を植付ける方法だった。しかしこの手法は,ドナーとなるサンゴの破壊が懸念され,単一種のサンゴが増えて種の多様性が失われる可能性や,環境への適応ができずに生残率が低下する問題があった。

※白化現象…サンゴの体内に共生する藻類が水温上昇でサンゴから抜け出し,サンゴが白くなる現象。サンゴ自体は光合成ができず,藻類が戻らないと栄養不良で死滅してしまう

図版:豆知識

〔豆知識〕
サンゴは植物ではなく実はクラゲやイソギンチャクの仲間に分類される動物。産卵によって「有性生殖」するものと,波などが当たることによって折れ,その破片が新しい場所に固着して成長する「無性生殖」するものが存在する

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遺伝的多様性に配慮した再生技術

「最初はコンクリートにサンゴを生やすために遮光板としてネットを設置しましたが,ネットの方にサンゴがついていました」(山木上席研究員)。これをヒントに誕生したのがサンゴ再生技術「コーラルネット®」。この手法は,海中のサンゴの卵・幼生を,網状の基盤に自然着生させて育成するため,環境への影響が少ないのが特長だ。さらに海底面から底上げして設置することで海水の流れや光を通すとともに,サンゴの成育を妨げる細粒分が基盤上に溜まらず,外敵であるオニヒトデの食害被害も防止し,サンゴにとって最適な成育環境を実現する。

コーラルネットは材料に改良を重ね,現在は海況や設置場所の環境に応じ,耐久性を重視したステンレス製と,環境への影響が少ない自然分解プラスチックによる自然分解型の2種類を使い分けている。さらに,サンゴの再生場所の選定にあたっては,経験や設置者の定性的な判断ではなく,生息できる環境を波や光の強さなどの環境因子で定量的に評価する技術も開発。コーラルネットの最適な設置場所を事前に選定・評価し,効果的かつ確実な再生を可能にした。

図版:耐久型コーラルネット

耐久型コーラルネット

図版:自然分解型コーラルネット

自然分解型コーラルネット

図版:基盤に着生して間もないサンゴ

基盤に着生して間もないサンゴ

コーラルネットで再生する
サンゴ群集

当社は2008年から,石西礁湖で国が進める自然再生プロジェクトに協議委員メンバーとして参画し,再生技術の実証を行ったことを皮切りに,コーラルネットの活用を進めてきた。

2011年には沖縄県の港湾内での技術実証実験を開始し,港内の複数の地点にコーラルネットを設置,10年以上継続的にモニタリングを実施している。波あたりが強い場所のため耐久型のコーラルネットを採用。元々サンゴがほとんど成育していない場所であったが10種類以上のサンゴ群集が拡大した。現在は導入した基盤の約4倍の面積にまで拡大している地点もある。

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図版:那覇港でのコーラルネットと現地ブロックのサンゴ被度(基盤に占めるサンゴの割合)の比較

那覇港でのコーラルネットと現地ブロックのサンゴ被度(基盤に占めるサンゴの割合)の比較

2014年には国立公園の沖縄県慶良間諸島で,地元ダイバーと協働で自然海域での実証試験を行った。自然分解型のコーラルネットを適用し,再生したサンゴ群集からは,2015年に一斉産卵する様子が確認された。また近年は,台風の大型化により物理的に群集が破壊されるようになった。そこでサンゴ破片が集積した場所にコーラルネットを敷設したところ,サンゴ群集の急速な復活を確認できた。これらのサンゴに関する長年の取組みが評価され,本技術は土木学会環境賞を受賞した実績を持つ。

山木上席研究員は「これまでのサンゴ再生は波が静かな場所で行っていましたが,今後は波あたりが強い場所にもサンゴを増やそうという取組みが進んでいきます。その背景には海面上昇で南の島国が水没してしまうのではないかという懸念に対し,サンゴ礁による自然の防波堤としての役割が期待されているからです。波あたりの強い場所で再生効果を発揮できる技術はコーラルネットしかありません」と,開発した技術に期待を込めた。

図版:那覇港での耐久型を使用した再生状況(2017年)。5年間で多様なサンゴ群集が自然再生した

那覇港での耐久型を使用した再生状況(2017年)。5年間で多様なサンゴ群集が自然再生した

図版:那覇港の再生状況(2021年)。10年目,波あたりの厳しいエリアではさらに拡大

那覇港の再生状況(2021年)。10年目,波あたりの厳しいエリアではさらに拡大

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再生したサンゴが一斉産卵

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interview

写真

灘岡和夫
東京工業大学名誉教授

当社は,東京工業大学,フィリピン大学と共同で東南アジア圏のサンゴ礁再生を目的とした「InCORE」を始動させた。このプロジェクトは,アジア開発銀行が,アジア・太平洋地域における気候変動対策と持続可能な取組みの一環として,衰退著しいサンゴ礁の保全・再生技術を世界中から公募し,34もの研究機関・団体が応募する中,当社が代表を務めるチームの提案が採択されたものである。
中核となるサンゴの再生技術にはコーラルネットが適用される。
このチームの中心的役割を担い,沿岸生態系の分野で世界的に活躍する東京工業大学名誉教授で今年4月から当社顧問となった,灘岡和夫氏に世界のサンゴ礁の現状と,InCOREに期待することを伺った。

Integrated Approach for Coral Reef Conservation and Rehabilitation

世界のサンゴ礁は楽観視できない状況にあります。その理由として大きく2つのカテゴリーに起因します。1つはローカルな負荷。例えば,隣接している陸域からの赤土などの影響による海の濁りです。これはスケールから考えると,その気になれば有意に抑えられる対象でしょう。もう1つは地球温暖化によるグローバルな問題です。これはローカルの人の力ではどうにもなりませんし,世界規模で取り組んだとしてもその効果が現れるのは先の話になります。

世界的にはスーパーコーラルという高温耐性を持ったサンゴを開発する試みも進んでいますが,私はレジリエンス(自然の回復力)の強化が肝要だと考えています。生態系は自然の治癒力を持っています。1998年の石西礁湖の大規模白化の後には2,3年で自然回復の傾向が顕著に見られました。しかし,健全な海であれば自然回復は十分できますが,だんだん回復が遅くなっています。海の濁りなどの普段の環境条件を良くし,健全な海にしていくというのが私の基本的な考え方です。大規模白化や巨大台風などのパルス的な攪乱のリスクが,温暖化の進行に伴って当面増大することが避けられない状況にあって,大規模攪乱後の回復を如何にして早めるか,つまり「レジリエンスの強化」が鍵になります。

しかし,環境条件を良くしても,様々な理由で回復しない場所が発生します。そこに鹿島が開発したコーラルネットといった技術で人間が手助けしてあげる。それによって,自然の回復力が及ばないエリアも含めて,トータルのレジリエンスを強化していくことが現実的な戦略だろうと思います。

InCOREは,コーラルネットがコア技術ですが,それ単体だけではサンゴの保全・再生は難しく,プラスアルファが必要です。つまり,「個別技術からシステム技術への展開」です。主役となるのは地元の人たちです。彼らと一緒にやって,我々がいなくなっても彼らだけで続けられる仕組みとし,常に微修正しながら改良を加えていけるような順応的管理を実現していきたいと考えています。そのためには,定期的なモニタリングによる評価を続けていかなければなりません。時間・コスト・手間がかからないようなプログラムを自分のものにしてもらう。研修を通じた人材育成も必要です。それらを一体化したトータルプログラムパッケージとして実装しなければなりません。「トータルパッケージのシステム技術」として,成功例を是非このプロジェクトでつくりたいと考えております。

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