生物多様性の損失は,温暖化と並ぶ地球規模での喫緊の課題となっており,
その解決のために企業が果たすべき役割も大きい。
社会基盤を構築する建設業は,地域の生態系にも深く関与している。
そのため当社は,長年にわたり生態系との共生に目を向け,様々な研究や技術開発を進めてきた。
今月の特集は,生物多様性を保全する取組みの中から,
今注目を集めるブルーカーボン※に寄与する技術など,
水域環境保全・再生に関する技術を,その歩みとともに紹介する。
温暖化は,気候変動の影響を直接受ける水産業にとって,避けて通れない重大な問題です。実際にサンマがとれなくなってきたり,トラフグやイセエビがどんどん北上したりと,海の変化を実感しています。この状況は,漁業者や水産業者がどう対処し,適応していくかが求められる大切な局面であると思っています。東京水産振興会には水産振興オンラインという媒体があり,魚種の変動やブルーカーボン,洋上風力発電の話題に関心をもって情報を発信しています。
日本では,海藻などによるCO2貯留効果の評価手法が確立してきており,これをクレジット化することで,企業などと取引が可能になってきました。これまで漁業者は藻場の保全・造成や,ワカメやコンブといった食用の海藻養殖を行ってきましたが,食用以外の多様な養殖を行うことで,新たな収入源となる可能性があります。ブルーカーボンの取組みは,温暖化対策だけでなく,環境保全や生物多様性の維持,漁場価値の維持・向上,そして漁業者の収入増にも資するものと考えています。
さらに近年,水産業は高齢化が進み,後継者が減少しています。これまでは漁師の息子が跡を継いできましたが,今はそれだけに頼れる時代ではありません。環境問題は若者ほど敏感に受け止め,切実な問題として捉えています。ブルーカーボンは,漁業者以外の人たち,特に若者世代にアピールできる取組みでもあり,新規就業や,漁村のコミュニティに入り込んでくれる可能性も持ち合わせています。そのような人たちとの相乗効果も大いに期待できるのではないでしょうか。
1997(平成9)年に河川法が改正され,それまで洪水を起こさせない治水と,工業用水・農業用水といった利水が考え方の中心だったところに,良い環境をつくるという項目が加わりました。しかしながら,この環境に関する理念は,現場ではなかなか浸透しませんでした。最近は,過去にあまり見られなかった豪雨災害が頻発し,改めて治水に注力しなければならない状況にありますが,生き物のこと,水域環境のことも忘れずにいることが,このSDGsの時代に求められています。鹿島さんも様々な分野の技術をもっていらっしゃいますから,このような分野,価値にまでどんどん踏み込んだ企業になっていただくことを期待しています。
ゼネコン唯一の海洋研究施設
葉山水域環境実験場(神奈川県三浦郡葉山町。以下,当実験場)は相模湾に面し,海水を常時取水し生物を飼育できるゼネコンで唯一の海洋研究の拠点施設。1984年に設立され今年で40年目を迎える。民間で海水を取水できる研究施設を保有するのは珍しい。当実験場には,生物の飼育環境条件(水温や照度など)を制御可能な設備を持つ生物飼育実験室,生物の観察・測定・水質分析の機器を備える分析室,大規模な飼育施設により多くの実験が可能な屋外実験スペース,さらに地先海岸から毎時30トンの海水を取水し,貯蔵する施設が設けられている。
ここに所属する当社研究員は,魚類や藻類などの水生生物の生理・生態に精通している専門家である。これらの保有する施設,人材の特長を活かして,沿岸,内湾,ならびに陸域の水域環境改善および資源保全・再生にかかわる研究開発をはじめ,自然環境に配慮した施工計画,評価技術の開発,加えて環境関連の研究所(海洋研究所)・生産施設(養殖場),水族館の企画・助言指導を行っている。