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ウナギの棲み処をつくる

日本の文化や歴史に深いかかわりがあり,昔ながらの伝統的な食材のひとつでもあるウナギ。
夏の土用の丑の日にはウナギを食べる習慣が定着するなど,広く身近な存在として親しまれてきた。
しかし現在は,生息域の環境悪化や,乱獲などの影響により減少の一途をたどっている。
2012年に政府が緊急対策としてニホンウナギの保護を呼び掛け,2013年には環境省により
絶滅危惧種に指定された。

「石倉カゴ」の誕生

当社は,水田の用水路整備が盛んになりはじめた1960年代頃からウナギの減少が進んでいることに着目し,ウナギの棲み処を人工的につくり出す取組みを行ってきた。コンクリート構造物でも形状や構造を工夫すればウナギやウナギの餌料となるカニなどの棲み処になることをつきとめ,1995年に「カニ護岸パネル」や「潮だまり干潟付きテラス護岸」を考案し,食物連鎖の復元を実証した。このときウナギが好んで棲みついたのは,テラス護岸の石の隙間だった。

当社環境本部の柵瀬(さくらい)信夫さんはその後,この状況などから着想を得て「石倉カゴ」を開発した。柵瀬さんは当実験場設立当初から40年にわたり水域の生態系保全に取り組んできた。学生時代は神奈川県・江ノ島海岸で8年ものあいだ漁師に混じって学費を稼ぎつつ,ウナギの稚魚であるシラスウナギの生態を追いかけ学位論文を完成させたという「鹿島の魚屋」である。「ウナギがたくさんいた一時代前の手法が未来への道しるべと考えました。日本古来の,浮世絵や絵馬などにも蛇(じゃ)カゴが描かれており,これが活用できないか検討を始めました」と開発当初を振り返る。

図版:ウナギと竹蛇カゴが描かれた絵馬(和歌山市直川の本恵寺奉納)

ウナギと竹蛇カゴが描かれた絵馬
(和歌山市直川の本恵寺奉納)

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古くて新しいウナギの棲み処

石倉カゴは,ウナギの生息環境改善工法として当社らが共同開発した。川の中に石を積んで,仮のウナギの棲み処をつくり,そこに入ったウナギを捕る伝統漁法の「石倉漁」と,かつて竹カゴなどに石を詰めて護岸に用いた伝統土木工法の「蛇カゴ」の長所を組み合わせたものだ。軽くて錆びず,破れにくい耐久性に優れたポリエステルモノフィラメント製亀甲網(STKネット)の新材料カゴの中に石や洗掘防止マット,通水パイプを詰めて蛇カゴにした,伝統的であるにもかかわらず,新しいウナギの棲み処である。さらにこの石と石との間の空間には,ウナギだけでなく,ハゼ・エビ・カニなどの様々な生き物も棲みつきやすい。

石倉カゴは設置・移動が容易で調査もしやすいことから,2014年に水産庁のウナギの保護事業に採用されたことを皮切りに,2022年度末時点で,合計646基が各地の河川・湖沼・水路・運河・干潟でウナギの棲み処づくりに実適用され,全国に広がりを見せている。

※ 東レ・モノフィラメント,粕谷製網,
フタバコーケン,田中三次郎商店との共同開発

図版:石倉漁

石倉漁

図版:土木部材の竹蛇カゴ

土木部材の竹蛇カゴ

図版:「石倉カゴ」の構成

分かりやすい仕組みと市民科学

石倉カゴは,自然に生き物が棲みつくため,人の手を煩わせることが少ない。同じ大きさのカゴを継続して使用することで,ウナギの生息状況を把握するための定量的な調査も容易に行うことができる。「一般の方でも簡単につくることができます」(柵瀬さん)。扱いやすさも特長のひとつだ。石倉カゴの底面に折りたたんだモジ網を仕込んで設置し,調査時はモジ網で包んで引き上げる。その後,カゴから詰めた石を取り出し,モジ網内に入ったウナギやウナギに係る他の生き物を同時に生きたまま採捕する。採捕したウナギは測定後に放流。放流する際にタグを装着し再採捕することで,自然状況下で同一個体の継続した生育状況を調査できる。

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柵瀬信夫さん

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静岡県静岡土木事務所の「いはらの川再生プロジェクト」では,静岡市内を流れる庵原川の河川維持修繕工事に根固め工として石倉カゴを採用。事後の生物調査を地域住民とともに,2017年から2022年まで継続して実施している。「単年で終わらずに長い期間調査ができるのは,地域の方々が協力してくれる『市民科学』のおかげです。分かりやすい仕組みで,第三者が面白いと思って協力してくれる。それが大事なことだと思います」(柵瀬さん)。

さらに,金属や繊維カゴと比較して耐久性があることに加え,生き物の棲み処としてのはたらきが注目され,石倉カゴの土木部材(蛇カゴ)としての復活もはじまっている。河川の護岸造成や補強工事,海岸復旧工事での工事用消波堤の部材としても採用され,今後は漁礁としての機能を発揮することで,さらなる活用範囲拡大が期待されている。

図版:調査時の様子。青いモジ網で石倉カゴを包む

調査時の様子。青いモジ網で石倉カゴを包む

図版:モジ網内の魚介

モジ網内の魚介

図版:調査のため採捕されたウナギ

調査のため採捕されたウナギ

様々な形状に加工可能なので
活用範囲も幅広い

図版

魚道として活用

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護岸工事で活用

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工事用消波堤の部材として活用

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カニ護岸パネルで
内湾の食物連鎖がよみがえる

カニ護岸パネルは,新規の護岸造成だけでなく既存の岸壁でも設置することができる。カニが好む日光の照り返しが低い色調を採用するとともに,パネル表面をカニが歩行しやすく,カニの餌になる藻類が増殖しやすい粗面にしてある。さらに石積を模した目地やパネル表面から裏面に通じる貫通穴を設けることで,裏込めの砕石や土の空間で,カニが安心して隠れたり冬眠したりできるようになっている。また,穴を好むウナギなどの棲み処,食物連鎖の基盤にもなる。

2006年に芝浦アイランド(東京都港区)に採用されたカニ護岸パネル周辺では,春になるとたくさんのクロベンケイガニなどの生き物を見ることができる。

図版

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