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トイレの矛盾と形

公園に設置される施設に公共トイレがある。
必要でありながら敬遠されるという矛盾を含んだ施設だが,
挑戦的なプロジェクトがいくつか見られる。
トイレと公園の可能性について考える。

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大阪府池田市満寿美公園。埋められたトイレの起伏を上る

公園が引き受けるトイレ

多くの公園に設置されている公園ならではの施設がある。たとえば樹林や花壇などの緑,子供たちの遊び場,ベンチや水飲みなどの休憩施設,球技ができる運動場,飼い犬を遊ばせるドッグランといったものだ。これらは必要なものだが,あくまでも都市の活動を支え補完するものである。端的に言えばお金を生みにくい。そこで,自治体などが公共施設として整備することになる。かつて,そういう場所は街や住宅地に入り混じって存在していたものだが,都市化の進行に伴ってキャッチボールをしたり犬を放して遊ばせたりできる空き地は消え,雑木林は消えてしまった。都市からいわば追い出されたこれらのアクティビティを支える場所として期待されるのが公園である。公園は都市が担いきれないムダや隙間を引き受ける場所なのだ。

公園が引き受けている施設のひとつに公共トイレがある。私たちにとってトイレは切実に必要なものであり,なくすことはできない。しかし,公共トイレはなかなか一筋縄ではいかない,矛盾を抱え込んだものでもある。公共トイレは必要なときにすぐに用を足すべく,目につきやすく分かりやすい場所にあってほしい。しかし,トイレの行為はとてもプライベートなものであり,周囲からは厳重に遮蔽され防備される必要がある。また,公共トイレはどんな人でも隔てなく使えるように,行きやすく使いやすい施設であることが望ましいが,できれば自宅のそばにあってほしくないものだ。多くの人が利用するものであればなおさらである。身近にあって欲しいが疎ましい。

言うまでもなくトイレは排泄する場所である。生物としての私たちは食物を通して栄養を摂取し,不要物を排出して生きている。それは自然なことだが,私たちは排泄物を不潔で汚いものと見なし,すぐに消し去るように工夫している。人の排泄物に対するこのような感覚は,決して古いものではない。かつて農村では,便所の中身は溜められて肥料として農地に投入された。都市でも,江戸時代には便所の中身は「下肥」と呼ばれ,田畑に撒くために農家が買い取っていたことが知られている。農地を介して人々の食と排泄は循環する物質系の中にあった。しかし,都市が巨大化するとともにこの関係の維持は難しくなり,汚水を介した伝染病の流行などの災害が発生するようになった。また,化学肥料が普及することで下肥の価値もなくなった。現在,ほとんどの都市では下水道が整備され,汚水は処理場で集中的に処理される。私たちの排泄物は水に流され,地下の下水道といういわば都市の裏側に追いやられる。トイレは,都市の裏側に向けて開けられた穴である。

好ましい公共トイレへの挑戦

この矛盾への挑戦としては,公共トイレを好ましい様子にデザインするという方法が考えられる。日本財団による「THE TOKYO TOILET」プロジェクトは,そのような趣旨の事業である。2020年から2023年にかけて,渋谷区内に17ヵ所の公共トイレが建設された。それぞれのトイレは著名な建築家やデザイナーによるデザインが施され,「暗い,汚い,臭い,怖い」というイメージを払拭した「誰もが快適に使用できる公共トイレ」が目指された。

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渋谷区,「西参道公衆トイレ」
(藤本壮介氏)

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渋谷区,「幡ヶ谷公衆トイレ」
(マイルス・ペニントン氏,東京大学DLXデザインラボ)

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渋谷区,「七号通り公園トイレ」
(佐藤カズー氏)

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渋谷区,「代々木八幡公衆トイレ」
(伊東豊雄氏)

半数以上のトイレは公園内にある。この事業は単に建設するだけでなく,清掃などの維持管理が組み込まれ,常にきれいな状態が保たれていることにも特徴がある。多くのトイレが白色か,それに近い明るい色に塗られているのが印象的である。清潔感が増すからだろうか。白い色はトイレの衛生陶器を思わせる。新しく快適なトイレの建物は,高性能化するトイレ機器の延長のようにも見える。それぞれのトイレに造形や意匠の工夫が見られて興味深い。渋谷の公園を歩きながらトイレ巡りをするのも面白いのではないだろうか。

昨年,建築物としてのトイレを美しく機能的にデザインすることでトイレを変えるという方法とは少し異なるアプローチで設計された公園があらわれた。2022年4月に開園した大阪府池田市の満寿美公園だ。建築家・京都大学助教の岩瀬諒子氏と日建設計によるデザインで,市営住宅の跡地に整備された街区公園である。緩い土盛りが公園を囲むように造形され,構造物による障壁をなくしながら緩やかな領域をつくっていて,トイレはその起伏に埋められている。個室はコンクリートの空間だが,天窓が煙突のように伸びていて,内部は天井が高く,明るい洞窟にでも居るような趣きだ。トイレの他にもベンチやパーゴラ,オムツ替えなどのための子育て支援施設が分散して配置され,公園全体をひとつの施設にしている。地元では人気の公園で,いつも親子連れで賑わう。土の起伏を利用したスライド以外には遊具がまったくないのだが,子供たちは地形を駆け上ったり滑り降りたりしてよく遊んでいる。満寿美公園の芝生の山はおそらく,最も楽しまれているトイレだろう。遊具のあり方も含めて,公園における公共トイレにはまだ様々な可能性があるなと思わずにはいられない。

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満寿美公園。左奥に見える土盛りの下にトイレがある。右にはオムツ替えなどができる「ベビー・キッズルーム」

参考文献:
The Tokyo Toilet (https://tokyotoilet.jp
湯澤規子『ウンコはどこから来て,どこへ行くのか—人糞地理学ことはじめ』(筑摩書房,2020年)

取材協力:岩瀬諒子

いしかわ・はじめ

ランドスケープアーキテクト/慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部教授。
1964年生,鹿島建設建築設計本部,米国HOKプランニンググループ,ランドスケープデザイン設計部を経て,2015年より現職。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。著書に『ランドスケール・ブック—地上へのまなざし』(LIXIL出版,2012年),『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い』(LIXIL出版,2018年)ほか。

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