ホーム > KAJIMAダイジェスト > March 2012:SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

KAJIMAダイジェスト

SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

連載を終えて 支援と復興のソーシャルデザイン 文= 山崎 亮

災害復興や生活支援の活動に持ち込まれるようになった,世界の“ソーシャルデザイン”を14回に渡って紹介してきた。
最終回は,これまでのラインナップを振り返りながらこの流れを整理してみたい。

持続可能なコミュニティづくり

筆者はコミュニティデザインを専門としている。地域に住む人たちが自らの力で,地域の課題を乗り越える。それを支援する活動がコミュニティデザインである。特徴は,課題の解決策を直接与えるのではなく,コミュニティが課題を解決するプロセスを支援するという点だ。つまり,「お腹を空かせた人たちに魚を与える」のではなく,「魚の獲り方を教える」という態度に似ている。あるいは「魚の獲り方を,話し合って発明するための手助けをする」というほうが正確かもしれない。

世界に散らばる社会的な課題は,偉大な専門家が解決策を提示すれば万事うまくいくという類のものではすでになくなっている。ある課題を専門家が解決しても,すぐまた別の課題が生まれてくる。コミュニティ自身が課題解決能力を身に付けなければ,地域の持続的な安定は難しいのが現代である。だからこそ,筆者らは課題の解決策を地域に持ち込むのではなく,地域に住む人や活動する人たちとともに解決策を探し,できることから順番に実現しつつ,コミュニティの力が十分についたらその土地から去るようにしている。

これまでに紹介した世界のソーシャルデザインにも共通する点がある。単に地域の課題を解決するためのプロダクトを提供するだけではなく,それを使って勉強するための時間を生み出したり,それをつくることでほかに応用する技術を身に付けたりすることによって,将来発生するであろう課題を乗り越える力を付ける。こうした方法は,筆者らが日本で取り組むコミュニティデザインの手法にとても近いものである。

プロジェクトの進め方にも共通点が多い。まず最初に取り組むのは徹底したヒアリングである。地域に住む人たちから課題を聞き出し,地域資源を教えてもらい,キーパーソンを紹介してもらう。多くの人たちから情報を収集した後,次に取り組むのはワークショップだ。重要人物を含む多くの人たちに参加してもらうワークショップでは,各人が持っている問題意識や地域の将来像を語ってもらい,参加者全員でそれを共有する。すぐにできそうなことから将来実現したいことまで,話し合いの結果をビジュアルにまとめ,取り組めることから着手するための準備を始める。

改ページ

その際に重視しているのがチームビルディングである。特定の課題に取り組むコミュニティをつくるために,人びとの信頼関係を高めたり役割分担を明確にしたりする。チームがいくつか生み出せたら,それらの初動期の活動を後押しする。必要な知識や事例,技術などをコミュニティの構成員に伝えて活動がスムーズに進むようサポートする。

こうした一連の流れは,ソーシャルデザインに取り組む世界のデザイナーたちも同じで,ヒアリングなどのリサーチ,ワークショップ,チームビルディング,コミュニティアクションという4段階pic.1 を通じて,コミュニティが地域の課題を乗り越えられるようにサポートしていることが多い。

写真:pic.1 コミュニティが課題を乗り越えるためのサポートを4つの段階で考える

pic.1 コミュニティが課題を乗り越えるためのサポートを4つの段階で考える

拡がる“ソーシャルデザイン”

筆者らは,こうした手法を応用して企業のメンバーとともにソーシャルデザインを考えるプロジェクトを進めている。2008年からはじめた「issue + design」プロジェクトは毎年社会的な課題(issue)を選び出し,若手のデザイナーやデザインを学ぶ学生たちと一緒にそのデザイン的な解決策を探る研修プログラムである。初年度は「震災+design」pic.2 をテーマとし,避難所となる体育館で発生する課題を解決するデザインについて検討した。このとき生まれたアイデアは,「できますゼッケン」pic.3,4 として3年後に起きた東日本大震災の現場で使われることになった。2年目は「放課後+design」。子どもの放課後が様々な課題を持つことに着目し,デザイン的な解決策を提案した。この中から「新しい母子手帳」が誕生し,すでに多くの自治体で採用されている。3年目は課題を多様化させ,「耐震+design」「食+design」「自転車+design」という3種類の課題に取り組んだ。そして4年目になる去年は「震災復興+design」pic.5 をテーマに,東北の未来に関するデザインについて検討した。そのほか,少子化の課題に取り組む「結婚+design」や新しい離島振興法について考える「離島+design」なども進めている。

写真:pic.2 「震災+design」プロジェクト(博報堂とともに実施)には,全国から22組44名の学生が参加。「避難所」をテーマに,震災時に体育館で生じる様々な「課題」を考え,デザインによる解決策を模索した © issue+design project

pic.2 「震災+design」プロジェクト(博報堂とともに実施)には,全国から22組44名の学生が参加。「避難所」をテーマに,震災時に体育館で生じる様々な「課題」を考え,デザインによる解決策を模索した
© issue+design project

改ページ

写真:pic.3 「 震災+design」の成果のひとつが「できますゼッケン」。スキルの種類で分類された4色のゼッケンに,名前と「自分にできること」を書き込み,ガムテープで背中に貼って使う © issue+design project

pic.3 「 震災+design」の成果のひとつが「できますゼッケン」。スキルの種類で分類された4色のゼッケンに,名前と「自分にできること」を書き込み,ガムテープで背中に貼って使う
© issue+design project

先進諸国では,社会的な課題に取り組むデザイナーの活躍が目ざましい。アメリカを例に取ると,古くからソーシャルデザインに取り組んできたデザイン事務所「ルーラル・スタジオ」pic.6 を筆頭に,ソーシャルデザインに関する教育プログラム「ベーシック・イニシアティブ」pic.7 ,世界中のデザイナーとのネットワークを活かしながらソーシャルデザインプロジェクトを推進するNPO「アーキテクチュア・フォー・ヒューマニティ」など,ベテランから若手までがこの分野で活躍している。

ニューヨークの近代美術館(MoMA)で展覧会「Small Scale, Big Change」pic.8 が開催されるなど,ソーシャルデザインが社会的な注目を集めている。日本ではまだこの種の情報が多くは紹介されていないが,今回の連載を機にこうした情報を積極的に紹介したいと考えている。以下に,連載で紹介できなかったプロジェクトも含めて,ソーシャルデザインの活動フィールドをいくつかに整理しておきたい。

写真:pic.4 「できますゼッケン」は東日本大震災の被災地では,ボランティアや被災者のコミュニケーションを円滑にし,助け合う気持ちを生み出すツールになった

pic.4 「できますゼッケン」は東日本大震災の被災地では,ボランティアや被災者のコミュニケーションを円滑にし,助け合う気持ちを生み出すツールになった
© issue+design project

写真:pic.5 白・黄・黒の3色で,水の状態(飲料水,生活用水,排水)を判別する「トリアージタグ」。トリアージは,災害時などでの負傷の程度による治療優先順位の区分け(Triage)に由来する

pic.5 白・黄・黒の3色で,水の状態(飲料水,生活用水,排水)を判別する「トリアージタグ」。トリアージは,災害時などでの負傷の程度による治療優先順位の区分け(Triage)に由来する
© issue+design project

写真:pic.6 25年近く閉鎖された公園を,地域の人びととともに再整備を行ったルーラル・スタジオのプロジェクト(2012年1月号より) © Rural Studio, Auburn University

pic.6 25年近く閉鎖された公園を,地域の人びととともに再整備を行ったルーラル・スタジオのプロジェクト(2012年1月号より)
© Rural Studio, Auburn University

写真:pic.7 ハリケーン「カトリーナ」の被災地ではじまった,「ベーシック・イニシアティブ」による家具製作プロジェクト。廃材利用の家具づくりを通じて被災者が家屋再建のための技術を身につける(2011年6月号より) © BaSiC Initiative

pic.7 ハリケーン「カトリーナ」の被災地ではじまった,「ベーシック・イニシアティブ」による家具製作プロジェクト。廃材利用の家具づくりを通じて被災者が家屋再建のための技術を身につける(2011年6月号より)
© BaSiC Initiative

写真:pic.8 2010年にMoMAで開催されたソーシャルデザインの展覧会「Small Scale, Big Change」は美術関係者にも話題を呼んだ © studio-L

pic.8 2010年にMoMAで開催されたソーシャルデザインの展覧会「Small Scale, Big Change」は美術関係者にも話題を呼んだ © studio-L

改ページ

〈住居〉

社会的な課題として真っ先に取り組むべきものは住まいだろう。世界中には十分な住居を持たない人がたくさんいる。この連載で紹介した「土のうでつくる涼しい仮設住宅(イラン)」[2011.01]や入居者が「みんなで増築する公営住宅(チリ)」[2011.08]のほかにも,閉鎖したホテルを改造したホームレスのための住宅「First Step Housing」や,人びとから寄付された物品を組み合わせてつくるシェルター「MAD HOUSERS HUT」pic.9,10 など,様々な取組みがある。

写真:pic.9 寄付された材料でホームレスの小屋を製作する「MAD HOUSERS HUT」プロジェクト© Clay Davis

pic.9 寄付された材料でホームレスの小屋を製作する「MAD HOUSERS HUT」プロジェクト © Clay Davis

写真:pic.10 恒久的な住居としてではなく,自助のための手立てを見つけるための一時的なシェルターとして計画されている© Royce Bosselman

pic.10 恒久的な住居としてではなく,自助のための手立てを見つけるための一時的なシェルターとして計画されている
© Royce Bosselman

〈コミュニティ〉

人のつながりが希薄化したことによる弊害は世界各地で顕在化している。相互の無関心によって孤独を感じたり,都市空間が荒れたりすることも多い。仲間とつながるきっかけを生み出す「がん患者を受け止める家(イギリス)」[2011.07]や,地域の協力が光る「コミュニティのつながりによって甦った公園(アメリカ)」[2012.01]のほかにも,人が寄り付かない橋脚下の空間にコミュニティスペースをつくった「Marsupial Bridge &Media Garden」などが同様の取組みとして評価されている。

〈災害〉

日本では,東日本大震災後に建築家たちが自分たちの力を活かして復興に寄与しようとする「アーキエイド」などの取組みが注目されている。同様に,世界各地で災害に対するソーシャルデザインの取組みが拡がっている。水害の多い地域で「住民が修理できる石と竹の橋(中国)」[2011.02]やハリケーンカトリーナの「台風廃材のリサイクル家具(アメリカ)」[2011.06]のほかにも,クライストチャーチの震災復興のための,コンテナを使ったショッピングモール「Re:START」が誕生するなど,デザイナーのアイデアが社会に活かされている。

改ページ

〈インフラ・移動〉

水道や道路など,生活のための基盤整備が進まない地域に対するデザインも大切である。「水くみが楽しくなる遊具(南アフリカ)」[2011.03]や丘上の「まちを明るくするロープウェイ(ベネズエラ)」[2011.05]のほかにも,ドーナツ型の容器に紐を通して水を運ぶ「Q Drum」や,まちの段差などを乗り越えて移動できる車椅子「WhirlwindRoughRider」pic.11 など,プロダクトデザインからインフラや移動を支援する動きもある。

〈エコ〉

低炭素型住宅など,日本でも今後本格的に取り組まねばならないエコの問題は,先進国に限ったものではない。途上国も先進国と同じ轍を踏むのではなく,いち早く次世代のエコロジカルな住宅を実現させる必要がある。伝統的な「地域の工法と材料から生まれた手づくり学校(バングラデシュ)」[2011.10]やネイティブアメリカン方式の「コミュニティを結束させる麦わら住宅(アメリカ)」[2012.02]のほかにも,廃材を利用した住宅「Supershed and Pod」やリサイクル紙と水とコンクリートを混ぜてつくる台湾の住宅「Papercrete」など,環境に配慮した様々な取組みが見られる。

〈普及・啓蒙〉

地域の課題解決を進めるためには,まず課題を分かりやすく整理し,それを広く伝えることが大切である。「地産レンガでつくる学校(ブルキナファソ)」[2011.04],「『食べられる校庭』の教育革命(アメリカ)」[2011.09],「社会問題を伝えたくなる景観広告(アメリカ)」[2011.11],課題を乗り越えるための力をつける「コミュニティとともに成長する職業訓練センター(カンボジア)」[2011.12]などのほかに,スラムに共用のエコキッチンをつくる「School Solar Kitchen」や,使わなくなった電話ボックスを地域の小規模図書館として活用する「Phone booth library」pic.12,13 などユニークな取組みが多い。

写真:pic.11 サンフランシスコ州立大学の教授,ラルフ・ホチキス氏とその学生たちが考案した新しい車椅子のデザイン。舗装の破損や高低差など道路の様々な状態に対応することができる© Whirlwind Wheelchair International

pic.11 サンフランシスコ州立大学の教授,ラルフ・ホチキス氏とその学生たちが考案した新しい車椅子のデザイン。舗装の破損や高低差など道路の様々な状態に対応することができる
© Whirlwind Wheelchair International

写真:pic.12 不要となった電話機を撤去し,本棚をしつらえた最小限の図書館 © Bob Dolby

pic.12 不要となった電話機を撤去し,本棚をしつらえた最小限の図書館
© Bob Dolby

写真:pic.13 ストックできる本の数はごくわずか。地域には多くの利用者がいる © Bob Dolby

pic.13 ストックできる本の数はごくわずか。地域には多くの利用者がいる
© Bob Dolby

ソーシャルデザインとしての土木・建築

これまでの日本は人口が増加し,とくに都市部に人口が集中した。したがって,「つくることが社会貢献」となり得た。道路をつくり,橋梁をつくり,住宅をつくり,オフィスをつくることこそが,増え続ける人口に対応する社会課題の解決だったといえよう。その意味では,20世紀の日本で行われてきた建築や土木の仕事は少なからずソーシャルデザインの性質を持っていた。ところが21世紀になり,総人口が減り,世帯数も減りはじめようとする現在,「つくること」だけで社会の課題に貢献するのは難しくなっている。しかし,人口増加だけが社会の課題ではない。しっかりと社会を見つめなおせば,人口増加以外にも日本や世界において解決すべき課題はたくさん存在する。こうした課題を建築や土木の力でひとつずつ解決していくことが,世界に貢献するソーシャルデザインとしての土木・建築のひとつの道筋とも言えるだろう。すでに私たちはそのための素地を持っている。あとはその力をどの方向へ活かすべきなのかを見極めるだけだ。

「働く(はたらく)」という言葉は,「はた」で困っている人を「らく」にするという意味だと言われる。私たちはこれからも「人びとが困っていることを解決して対価を得る」という至極まっとうな働き方を続ければいいのである。

写真:著者近影(左から2人目)。コミュニティの“救世主”として全国を飛び回る日々 © studio-L

著者近影(左から2人目)。コミュニティの“救世主”として全国を飛び回る日々
© studio-L

山崎 亮 やまざき・りょう
ランドスケープ・デザイナー。studio-L代表。京都造形芸術大学教授。1973年生まれ。
Architecture for Humanity Tokyo / Kyoto設立準備会に参画し,復興のデザインの研究を行う。
著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社),『震災のためにデザインは何が可能か』(NTT出版)など。
Architecture for Humanityはサンフランシスコを拠点に世界各地で復興や自立支援の建設活動を主導する非営利団体。

ホーム > KAJIMAダイジェスト > March 2012:SAFE+SAVE 支援と復興の土木・建築

ページのトップへ戻る

ページの先頭へ