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モビリティ・ライフ 世界のりもの周遊記 第3回 リスボン 丘の街で活躍するレトロでかわいい力もち

写真:ケーブルカー,ビッカ線。車両を降りて振り返ると,眼下に広がる街並みの向こうにタホ川が望める。2002年に国定記念物として登録された乗り物にふさわしい絶景だ

ケーブルカー,ビッカ線。車両を降りて振り返ると,眼下に広がる街並みの向こうにタホ川が望める。2002年に国定記念物として登録された乗り物にふさわしい絶景だ

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馬車鉄道として運行開始

7つの丘の街と呼ばれるポルトガルの首都リスボン。大西洋に注ぐタホ川の河口近くに広がるこの都市には,高い場所では200mを超えるような小高い丘が連なる。それらを縫うように平地が広がる複雑な地形が特徴だ。

ここにはローマ時代以前から人々が住んでいたと言われており,数あるヨーロッパの都市の中でも長い歴史を持つ。それを示すように,数世紀前に構築された街並みが,いまなお現役として人々の生活を支えている。一方,旧市街の外側には,この街が人口300万人を超え,ヨーロッパを代表する大都市のひとつであることを示す,集合住宅が林立する新市街が広がっている。

図版:地図

多くの人が暮らし働く国の首都だけあって,都市交通は充実している。地下鉄は1959年に最初の路線が開業しており,現在は4路線を擁する。しかしリスボンを訪れたことのある人なら,この都市の交通と聞いてまず思い出すのは,小さな車両が曲がりくねった坂道を上り下りするトラムだろう。

ちなみにリスボンの場合,地下鉄は公営だが,トラムとバスそして後で紹介するケーブルカーは,カリスという企業が運行を担当している。馬車鉄道として事業を開始したのが1873年というから,ヨーロッパの都市交通の中でも有数のキャリアの持ち主だ。

1901年には電化され,1959年には27系統を擁するまでに拡張されたトラム網は,その後地下鉄の開通などに伴い廃止されたが,現在も12,15,18,25,28の5系統が運行している。

なかでも観光客に人気なのが28系統だ。旧市街の西部の丘の上に広がるバイロ・アルト地区から,繁華街となっている平地のバイシャ地区を経由し,昔の街並みが残る東側の丘,アルファマ地区へと向かう。機能的なビルの間を抜け,家並みを見下ろす丘の上へ。刻々と変化する車窓の景色に魅了されているようだ。

写真:古い街並みが続くアルファマ地区はレストランも多い

古い街並みが続くアルファマ地区はレストランも多い

写真:バイロ・アルト地区のカモンイス広場を抜け東進する28系統トラム

バイロ・アルト地区のカモンイス広場を抜け東進する28系統トラム

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現在も地元住民の移動手段として機能

バイシャ地区にある停留所にやってきた28系統は,白と黄色に塗り分けられた短い車両が繁華街でもひときわ目を引く。車内に足を踏み入れると,天井から窓枠,床に至るまですべて木で作られており,ノスタルジックな雰囲気を醸し出す。

ただし旧い車両ながら走行音は意外に静かだ。木の窓枠がきしむ音が気になるほどである。

写真:丘に挟まれた低地,バイシャ地区を行く28系統トラム

丘に挟まれた低地,バイシャ地区を行く28系統トラム

写真:木枠と白熱灯が懐かしさを感じさせる28系統トラムの旧型車両の車内

木枠と白熱灯が懐かしさを感じさせる28系統トラムの旧型車両の車内

じつはこの車両,製造当時は台車に直接モーターを取り付けた,釣り掛け式といわれる昔のメカニズムを用いていたが,現在は最新の電車と同じように,ジョイントを用いてモーターの力を台車に伝えるカルダン式という方式に切り替えられているのである。

28系統は,しばらく石畳の平らな道路の上を走るが,アルファマ地区に入り,リスボン大聖堂を望むあたりから道は上り坂になり,急カーブが目立つようになる。トラムという言葉から連想するシーンとはまったく異なる光景が展開する。登山電車を思い出してしまうほどだ。建物の軒先をかすめ,駐車車両をギリギリでかわしながら,坂を上り下りし,急カーブを曲がっていく。なぜリスボンのトラムが旧い小型車両を使い続けているか,狭隘な街中を縫って走る28系統に乗ればすぐに理由が分かるはずだ。

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写真:リスボン大聖堂の脇の坂を上る28系統トラム

リスボン大聖堂の脇の坂を上る28系統トラム

一方同じトラムでも,タホ川沿いの平地を走る15系統は,急カーブが少ないこともあり,新世代の車両が導入されている。他のヨーロッパの都市でよく見かける,モダンなデザインの連接車で,黄色を基調とした車体色をのぞけば,同じリスボンのトラム車両とは思えないほど洗練されている。

またこの15系統では,一部の停留場にバスが乗り入れており,乗換えの利便性を高めている。こちらも他のヨーロッパの都市で一般的な方式である。

リスボンのトラムが古き良き雰囲気で,観光客のノスタルジーを満たすとともに,地元の住民の移動手段として機能していることが分かる。

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写真:28系統トラムは建物の軒先をかすめ,歩行者をぎりぎりでかわして進む

28系統トラムは建物の軒先をかすめ,歩行者をぎりぎりでかわして進む

写真:15系統トラムの軌道と停留場は一部をバスと共用

15系統トラムの軌道と停留場は一部をバスと共用

写真:平地を走る15系統に導入された新世代車両の連接トラム

平地を走る15系統に導入された新世代車両の連接トラム

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絶景へ導くケーブルカー

前述したように,丘の多いリスボンにはこのほか,ケーブルカーも存在している。現在はラブラ,グロリア,ビッカの3路線が運行している。

開通はラブラ線が1884年,グロリア線が1885年,ビッカ線が1892年と,トラムに並ぶ歴史をもつ。ラブラ線とグロリア線の車両は,トラムの車両の下に傾斜した台車を組み合わせた成り立ちで,床が平らなのに対し,ビッカ線だけは日本の多くのケーブルカーと同じように車体そのものが傾いており,床は階段状になっている。

ここで紹介するのは,バイロ・アルト地区を走るビッカ線だ。

この地区の南側のサンパウロ通りにある駅は建物の中にあり,付近の商店やアパートと軒を連ね一見変わらない。古い建物の扉を開けると,トラムに似た白と黄色の小さな車両が待っている。発車するとすぐに建物の外へ出て,両側を建物に囲まれた石畳の坂道を上っていく。線路の両側は階段になっており,しばしば人とすれ違う。欧州の大都市とは思えない,のどかな光景がそこにある。

写真:建物の中にある駅を出て坂を上るビッカ線車両

建物の中にある駅を出て坂を上るビッカ線車両

丘の上の終着点まで乗車時間は2〜3分ほど。車両を降りて振り返ると,街並みは眼下に広がり,その向こうにタホ川が望める。このケーブルカーは2002年に国定記念物として登録された。その栄誉にふさわしい絶景だ。

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車の運転ものんびりのラテン都市

15〜17世紀の大航海時代に栄華を極めたポルトガルは今,ヨーロッパの中でもとりわけ穏やかな空気感が支配する国のひとつとなっている。首都リスボンも例外ではなく,情熱的というイメージのあるラテン民族としては,予想以上に穏やかで控えめな人々が多い。

日本人がローマやバルセロナで自動車を運転していると,現地のドライバーからクラクションを鳴らされ,急かされることがあるのに対し,リスボンでは逆に地元住民がのんびり走っているので,こちらがクラクションを鳴らしたくなる衝動に駆られるほどである。

私たちが見ると驚くほどスローテンポに感じられるリスボンのトラムやケーブルカーは,現地の人々にとってはちょうどいい移動体なのかもしれない。

図版:今回めぐったエリア。かつてリスボンの街を網羅していたトラムは,5系統が現存。路線番号が通番ではないのは往時のなごり

今回めぐったエリア。かつてリスボンの街を網羅していたトラムは,5系統が現存。路線番号が通番ではないのは往時のなごり

森口将之(もりぐち・まさゆき)
モビリティ・ジャーナリスト,モーター・ジャーナリスト。1962年東京都出身。早稲田大学卒業後,1993年まで自動車雑誌編集部に勤務。フランス車を専門としていたが,パリ市が環境政策を打ち出したのをきっかけに,2000年前後から交通,環境,地域社会,デザインを中心に評論活動を展開。現在は世界の各都市をめぐりながら,公共交通のかたちについて取材に取り組んでいる。著書に『パリ流 環境社会への挑戦』(鹿島出版会,2009年)など。

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